第102話 女子会
その後の話は本当にスムーズだった。
難しい話ではない。
互いに名乗った立場をそのまま使い、それ以外の立場を持ち出さない。
本当に、ただそれだけのことだ。
リアナは約束通りレッドフォルテ伯爵としての立場で会談に臨んだ。
その上で、約束を一度なかったことにすることを提案した。
それに対して、流石にまっさらとすることには苦言を呈され、せめて前向きにお願いしますとミルシャさんは願望を伝えていた。
「悪い話ではない。
一度机の上を片付けたほうがすっきりと仕事を再開できると思わないか?」
「仰る通りです。
ですが、片付けるときに、またテーブルに戻す時の手間も考えるほうがもっと良いと思いませんか?
この書類はどの書類なのか分別しておけば、直ぐに再開できますよ。」
「それは付箋をつけるという当たり前のことすらできないものに対する心配というものだ。」
心外だなと多少芝居がかった態度でミルシャさんに反論する。
が、ミルシャさんは意地悪しないでくださいといった風に余裕を持った苦笑で返す。
「もちろん、メルフィス様に心配はしておりません。
ですが、私は夫や代表という立場の者がその当たり前をどうも疎かにする節があるのを間近で見ております。
なので、仕事に慣れすぎると、当然を疎かにするものが出てくるものですよ。」
「男は記憶できると過信しがちで困るな、夫人。」
そんな感じでたまにミルシャさんを困らせるような言葉を織り交ぜつつも、2人は和やかな雰囲気で話を進めていっていた。
唯一、エフィだけはずっとむすっとした表情ではあった。
とはいえ和解後は、直ぐにそれまでの無礼をお許しくださいと申し出てきたミルシャさんに対して何も言わなかった。
エフィはああ見えて思考は柔軟で任務に忠実な騎士だ。
……そう思えないところもままあるけどね?
常識はわきまえているんだよ。
国とリアナに忠を尽くすのはエフィにとって当然のことだと理解するように、他国の外交官が忠を尽くすのはその所属する国であるという常識は理解している。
だからこそ、ミルシャさんが自分の命運をテーブルに乗せて堂々とリアナと渡り合ったことに対しては、素直に敬意を示しているのだろう。
それでも不満そうなのは、随分とその他国の外交官に対してすっかり気に入ったように接する我が国の王に対してだろうね。
ミルシャさんとリアナに当たることができない以上、彼女の不満のはけ口の向き先は……。
まあ、うん。
それくらいは僕がやってあげようかな。
「現状の農地開墾の状況はどうだ?アレは役に立っているか?」
リアナはくいっと親指で後ろに立つ僕を指さし、怪訝そうな表情でミルシャさんに聞いている。
なんだよ、年上に向かって失礼な子だなぁ。
僕がムッとした顔つきになったので、ミルシャさんはクスリと笑ってから弁明する。
「こちらに赴任して早々、どうして我が国に水が足りないかを分析いただきました。
現在、周辺の土地を調べて鍾乳洞をいくつか見つけております。
そのうち一つには地底湖の存在を確認しています。」
「ああ、そういえば報告にあったな。
トゥガナトの血が表面に流れていないって。」
「ええ。
到着してすぐに識者や地元漁師の話を聞いて、ご本人も現地に赴いて……。
本当に頼りになりました。」
ミルシャさんの絶賛に、僕はどうだ見たかと誇らしげな視線を送るが、リアナの表情は胡乱げなままだ。
なんだよ、何か文句あるの?
「夫人よ。
これがそこまで迅速に動いたってことは、おそらく赴任前からそういった予測を立てていたんだ。
で、実際に赴いて調査したらその通りの状況だったから誇らしげにしているんだぞこいつは。
なんだかいろいろもったいぶった話し方したり、まだ調査の途中だからって曖昧にして情報共有を怠っていなかったか?
酷いんだぞ、こいつ。
自分だけがある程度答えにたどり着いているときに、そこはまだ確信してないとか証拠が出てないからって言って一人で調べて。
後追いしてその事実に辿りつつあるものに対して、良くその答えにたどり着いたね?みたいに上から目線で褒めるようなことして腹が立つんだ。
目的地にたどり着いているなら情報をさっさと展開しろって話じゃないか。」
「ここぞとばかりに、僕に対する愚痴を他所の国の外交官にぶちまける必要はないよねぇ!?
絶対ないよねぇ!?」
あんまりな言葉に、僕は思わず声を荒げた。
ミルシャさんは若干思い当たる節があるせいか、少し困った笑顔になる。
エフィは無言で力強くうなずく。
「心中お察しします。
私もまだ確信がないからって、しばらく内緒にされておりまして、信頼されてないんだなって落ち込みましたもの。」
うわ、ばらされた!
なんだかんだ根に持ってたんだね、ミルシャさん!?
リアナはその答えに、これ見よがしにため息をついた。
「アルトゥス殿。
協調性という言葉をもっと大事にして欲しいものだな。
ある程度見通しが立った時点で、調査の方向性などについて絞ってくれていれば、もっと効率的に人員を割けるだろう?
お前、いつもそうやって自分の中で解答の目途が立つと自分の眼で確かめたいと思うのか、違っていた時に迷惑になるとか余計なことを考えるじゃない。
でも、こっちからみると、私は見当違いのところに調査の人員を割いていることになるんだけど。
もちろん、結果的にだけどね?
不安になるから確かめたい気持ちは理解するわ。
でも、あなたがそう思うならすぐに採用してあげるから。
自分の心の内に秘めるのはやめてちょうだい。」
こちらへの愚痴がヒートアップしてきて、途中からリアナの口調がいつもの感じになってしまっていた。
エフィは流石にまずいだろうと、ひとつ咳払いをしてリアナをじとっと見る。
「……む、すまん。言葉が乱れたな。」
リアナもまたコホンとひとつ咳払いして、ミルシャさんに聞かなかったことにして欲しそうにした。
ミルシャさんも一瞬言葉に詰まっていた。
……ように見えて、多分笑い堪えてるなこれ。
「……いえいえ、リヴェリナにおいて賢者様がどれだけ身近な存在であるのかということを感じることができました。
信じているからそこまで言えるし、賢者様も憮然としつつも、なんだか思うところがありそうな顔をしてらっしゃいましたし。」
そう言ってミルシャさんは少し意地悪な表情で僕の顔を覗き込んだ。
なんというか居心地が悪い。
「身近なものに信頼されないのは辛いよな。」
「こちらが信頼している場合は特に。」
意気投合されている。
うんうん、と三人で頷く。
シレっと混ざっているんじゃないよ、エフィ。
「反論いいですか?」
「できるものなら。」
リアナは完全に挑発的。
「言い分を聞けるくらい信じてますよ。」
ミルシャさんは、僕と違って、とひとつ前置いてなじるように。
「納得できるかは別としてですが。」
エフィは、先に逃げ道を防ぐように。
三者三様
僕の言い分に対してちゃんとお話を聞いてくれる寛大さを見せてくれました。
ちくしょう。
「まず、確信を持てるかどうかなんて現地で実際に見なきゃわからなくない?」
「確信を持つまで伏せておく意味は?」
「間違ってたら恥ずかしいじゃない?」
「その間、こっちは明後日の方向の調査を進めているんだが?
その方が恥ずかしくないか?」
「いや、でもちゃんとそっちの可能性だってあるわけだし。」
「そういう問題ではない。
お前は間違っていたら恥ずかしいというなら、こっちも恥ずかしいと思わなきゃいけないってことになる。
不確かなことを確かめるためにいろんな方向で調査するなら、可能性を探ることに間違っていたらなんて恥ずかしいなんて概念は存在しないだろう。
お前がよく言っているじゃないか。」
「ほ、ほら。僕のは割と当たってる場合が多いし?」
「猶更さっさと明かして効率的に現場を回せ、この馬鹿。
伏せておく理由にならんわ。」
くっそ、リアナは崩せない!
ならば、こっちだ!
「み、ミルシャさん。
僕はあの時点でアリヴィエの地理とか状況はわからなかったじゃない?」
「事前にトゥガナトと荒野の関係はご存じであったと記憶していますが?」
「書物と人づてにね?だから、予想を立てていたんだよ。」
「それなら、数日もったいぶった理由は?」
「ほら、特使として赴任してきた以上は憶測で物事を動かして信頼を損なうのはよくないじゃない。」
「はあ。」
ミルシャさんの「はあ」が、妙に重い。
こころなしか、語尾があがっているように聞こえる。
呆れの溜息のようにも聞こえる。
絶妙な生返事に、僕は思わず背筋を伸ばす。
「だからこそ、実際の土地の状況を知るためにも現地の方から直接事情を聞いたほうが効率がいいだろう?」
「そうでしょうか?」
効率がよいという言葉に、強く反論するかのようであった。
「あの時、先にトゥガナトからの雪解け水が海に直接流れ込んでいるという仮説を公開してくれていれば、地質学の研究員に対して周辺の海底洞窟の数の調査など、過去の文献を先に調べさせることができました。」
そこには、明らかに交流調整をする現場の苦悩があった。
研究者につないで
スケジュールを確認して
場所を調整して
そういった準備のための時間が無くなることに対して、そっちの方が非効率だと非難するようでもあった。
「いや、だって見当違いだったら。」
「それは伯爵様も申しておりました。
私共が見当違いの可能性を探っていたことを、賢者様は笑いますか?」
「……笑いません。」
僕の降参するさまに、リアナはため息をつく。
その表情には明確な呆れの色がある。
「はい。では私は信用できませんか?」
「……いいえ、そんなことはないです。」
「はい。じゃあ、今後はぜひ遠慮せずおっしゃってください。」
僕はエフィを見る。
「そもそも、アルトゥス様はいい恰好しいなんですよ。
幻滅されたくないとかじゃなくて、格好良い自分だけ見せたいんです。」
「喧嘩売ってる?」
エフィは淡々と言い放った。
リアナのように論理で切るわけでもなく、ミルシャさんのように柔らかく情を込めて追い詰めるわけでもない。
ただ、騎士らしく一刀両断で斬り伏せてきた。
僕はこの後も散々3人に苦言を呈され続けた。
リアナもミルシャさんも。ついでにエフィも。
なんだか共通の話題を見つけたように楽しそうな会談はしばらく続いたのであった。
名目上は二か国間による外交の会談のはずなんだけどなぁ。
途中から完全に僕の愚痴を語り合う女子会になっていた。
本人がいる中でやめてほしい。
針の筵とはこのことだよ。




