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急変

 襲撃前のこと、名無しの少年は、ベッドに備え付けられた机にいろいろな書籍を積み重ねて自分の名前を考えていた。


 仮名は用意されたり、適当だったり、所詮は使い捨てであった。


 しかし、今回は一般社会で役所の手続きと同じようなもの。つまり、一生付き合っていく名前を決めないといけない。基本的に他者から与えられるものが自分で決める特殊な状況である。


 生体認証は登録してあるので、このまま話を進めるのは可能らしいが、文明社会を生きていく上での個人名は必要である。


 組織から逃亡して、保護された上で話が通じる人物と巡り会えたのは僥倖だったといえる。流石にここを襲うことは考えづらいだろう。


 ここでの扱いはいろいろな意味で特別だった。


 組織に居たころと比べれば快適と言える。身の危険や道具のような扱いもない。少なくとも直接的な危害の恐れがない。


 ここの施設では彼に対して様々な反応があった。人殺しと敬遠する者、境遇を憐れみの目で見る人、強化人間などの事情を腫れ物のように扱うスタッフと興味のある研究対象として見るスタッフ、そして、まだあくまで子供だからと支えようしてくれる方もいた。


 強化人間の恩恵で身体機能はほぼ回復している。患者衣から餞別にもらったシャツとチノパンツに着替えていた。

 

 エレンの訪問で持て余してる時間を小説や辞典、はたまた歴史書などから名前を考える作業で費やしていた。


 携帯端末も利用しているが、アナログではあるが書籍で読むことが好みであると自分に対して新たな発見があった。それが紙の本である故の味わい深さからくるのか実際に読んだものの厚みを物理的に感じれるのかはわからないが、初めは端末を使っていたものの、途中から紙の媒体で読んでいた。


 彼を気遣う親切なスタッフの厚意で、施設にある本や私物が貸し出されていた。


 名前を考える目的も含めて、彼は有意義な時間を過ごしていた。


 しかし、突然工事現場ねような轟音が鳴り響き空気は一変する。


 何かが壁を打ち付け、ガラスが砕ける音がした。それに叫び声や悲鳴、ドタドタと慌ただしく動く音が交じりあっている。連続した発砲音、アサルトライフルが掃射されたのだろう。


 堂々と法的執行機関の関連施設を襲うことには、驚きはしたが自然に身体が動いた。ペンを数本持ち出し、姿勢を低くしついつでも身を隠せるようまわりの遮蔽物を確認しながら廊下に出る。


 この緊急事態に部屋の脱走もなにもない。警備班が応戦しようとするが、音を聞くにアサルトライフル相手に拳銃で対抗するのは部が悪い。

 

 それに狙い自分と少女だろう。ならば、この場を切り抜けるか考えるしかない。逃げるにしろ、立てこもるにしろ、彼女の元に行くしかない。


 こちらを探す音が近づいて来る。目標以外の命など無価値だとでもいうように発砲音に恐怖と悲痛な叫びが響く。


 見つかるのは時間の問題だ。この建物は医療機関として見れば研究スペースで少し大きくなった診療所レベルなので少女の治療室に向かうまでに高確率で接敵するだろう。


 しばらくして、T字路に差し掛かる。彼の視点から、直進すれば目的の治療室で、左に行けば正面玄関だ。


 左側の道から、突然こちらに向かって慌ただしく走る複数の足音がする。


 左の壁側にある曲がり角から様子を見る。中年の男性研究員らしき男が正面玄関から建物の奥であるこの場所まで逃げてきたようだった。


 犯人の武装した男の二人組が見えた。見つかる前に咄嗟に顔を引っ込める。


 迷彩服に防弾ベスト、ベルトには弾倉を収納するポーチと拳銃がおさめられたホルスターが付いている。持っているライフルはロシア製で、よく紛争地帯などにあるような長く使われている旧式ではなく、近代化された物を使っている。ヘルメットとゴーグル、フェイスマスクで顔は隠されてはいるが、装備には見覚えがある為、組織の者だとわかった。


 こちらに逃げてきた男性がT字路の分かれ道直前で撃たれて倒れ込んだ。


 曲がり角から、倒れた男の上半身が出ていた。白衣が血に染まり、血溜まりができていく。不意に頭がこちらを向き、彼と目があった。汗だくで、怯えた瞳で声を出さず、口元しか動かなかったが逃げろと言っていた。


 彼の顔には見覚えがある。名前の参考にいろいろな本を提供してくれた人だ。彼にも少年少女くらいの子供がいると語り、気にかけてくれた。確か佐藤幸一と名乗っていた。


 昨日今日の短い間に少し親切にされただけだ。


 ただ、それだけなのに動揺している自分に驚いた。


 武装した男らは佐藤に近づいて、ライフルで頭を撃った。目の前で頭が砕け、脳漿が飛び散る。


 差し迫った命の危険、目の前の光景、そして、何より少女を守らないといけないことが思考に対して、極度の緊張と圧迫感を与えていた。


 思わず物陰から飛び出した彼の目に映ったのは、スローモーションになった世界だった。


 突然のことで動揺した敵の隙をつき、アサルトライフルの銃口はまだ下を向いており、銃身のハンドガードと呼ばれているところを右手で掴んで、こちらに銃口が向くのを防いだ。


 立ち位置は目の前の敵をもう一人の敵の間に挟んだかたちにする。そうすることによって、近くの敵が遮蔽物になり、邪魔になるからだ。その状態で、相手を両手で突き飛ばすと同時に腰のホルスターからオーストリア製9ミリ拳銃を抜き奪う。


 突き飛ばされ、それにぶつかって巻き込まれて二人が怯んでいる。この拳銃は構造上、引き金にセーフティがついている。元々使用していた拳銃であるのもあり、瞬時に解除可能であることを感触で把握した。素早くコッキングし、マガジンから拳銃本体にあるチャンパーに弾を装填することで発射可能にする。


 間髪いれずに二人の額を撃ち抜く。赤い血飛沫がとぶ。騒ぎを聞きつけて仲間が集まってくる音がする。

彼はライフルと弾倉を死体から抜き取った。

 

 いつのまにか少年の様子はおかしかった。目には生気が感じられず、意識はぼんやりとしているようだった。しかし、その動きは無駄がなく機械的で素早かった。

 

 近づいて来る死の音に、恐れはないようだった。

 


 


 


 

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