2章第31話 2つ存在の狭間
静寂が支配する実験室。室内に並ぶ無機質な機器が並び、鈍く光を反射している。壁際にエマが立たされたまま、手足には銀色の拘束具が取り付けられている。その横には監視カメラを確認したときに彼女が縛り付けられていた手術台に座るルークがいた。
「さぁ、今度こそクリスタ適正に目覚めておくれ」
彼はその手に握る注射器をエマに打つ。注射器の中には怪しく光る薬剤が充填されている。明らかに人体に有害な見た目だ。それが投与される相手といえば……エマだ。
「ルーク!」
その叫びと同時に針がエマの首筋に差し込まれた。エマの身体が震え、苦しそうにうめく。
「……ホーク」
ソラを呼ぶ弱々しい声。
エマとソラの間にルークが割り込んできた。
「……君、誰? 実験の邪魔なんだが」
ルークは冷たい瞳をこちらへ向けた。その目は本当にこちらのことを覚えていないようだった。
「エマを離せ!」
ソラの鋭い叫び。彼は刀の柄を握り込んだ。
「エマ? 334のことを言っているのか……あぁ、もしやあの時の……生きているだけならまだしも動けるとは、驚いたな」
ルークはソラの腹部に視線を向けた。普通は死ぬか生きていてもしばらく動けなくレベルの負傷をした相手が目の前に立っている。そして、戦いの意志を見せているのだ、驚くのも無理はない。
「もう一度言う、エマを離せ」
ソラが低く、感情を抑え込むように言った。鯉口が切られる音が静かな部屋に響いた。
「残念だが、それは無理だ」
ルークは即座にその要求を突っぱねた。
「334は私の手によって超人となるのだからな」
ルークは余裕綽々といった様子でそう言い切る。
「エマはお前の人形じゃない!」
ソラが抜刀し、ルークに迫る。
ルークの口元に僅かな笑みが浮かぶ。
次の瞬間、横から空気を切り裂く音が耳に飛び込んできた。ソラは足を止め、体を捻り、刀で飛来した“それ”を防ぐ。金属の擦れる音と火花が散った。弾かれ、地面に落ちたのは見覚えのあるナイフ。
目の前に立ちはだかるのは頭から足まで、隙間なくぴたりと張り付いた戦闘用スーツを着た女性。顔は無機質なマスクに覆われ、脚部の外骨格が印象的だ彼女は
「『477』」
ソラとウミが同時に敵の名を呼んだ。
ルークが余裕だったのは彼女が隠れていたからなのだろう。
「さぁ、あの時の再現だな。477、奴を殺せ」
477の身体が僅かに沈む。
『来るよ』
477が地面を蹴る。脚部外骨格が光ると同時に弾丸のように身体が爆ぜた。逆手に握られたナイフが迫る。
ソラは刀を振るい、ナイフの軌道を逸らす。
477は勢いそのままに彼の背後へ抜け、流れるように反転する。脚部の起動音が耳に入る。
ソラはすぐさま刀を背中に回し、防御の姿勢を取る。直後、蹴りが放たれる。
衝撃が刀を通じて全身に響く。受け止めたはずの体が宙へと弾き飛ばされる。
ソラは地面を滑るように後退しながら、すぐに体勢を整える。しかし、477はすでに次の攻撃に移っていた。
ソラは呼吸を整え、迎撃の構えを取る。しかし、動きが鈍い。腹部の傷がずきりと痛み、体の芯から力が抜けるような感覚。
まずい、腹の傷が……
思考が完結する前に追撃への対処を迫られる。
跳躍する477、ソラは這いずるように477の下を通り抜ける。
着地する477、床が割れて破片が飛び上がる。彼女はそれをオーバヘッドキックでソラへ向けて打ち出す。
予想外の攻撃に反応が遅れたソラはそれを胸に受けてしまう。鈍い衝撃とともに破片は肉と皮を削ぎ落としていった。しかし、痛みに動きを止めることは許されない。続く、477の回し蹴りを防げず機材の山へと飛び込んでしまう。
全身に激痛が走り抜けた。機材の山を押し除けてソラが這い出る。
「……ごはっ!」
ソラの口から血が溢れ出た。腹の痛みが治らない。腹からも血が流れ始め、服が血で汚れる。
477が近付いてくる姿が見える。
「待て、477」
ルークの制止命令に477は足を止めた。
「やはり、傷が治っていた訳ではなかったのか、その治療法、気になるな。……477、そいつは殺さない程度に動けなくしろ」
477は頷き、再度こちらに迫る。ソラは勝ち筋を探すがそもそも万全な状態で1度負けた相手に負傷した状態で勝てるはずがない。
どうにかなる未来があるとすれば……
「エマ! 君は334じゃない!」
エマが自分を取り戻すことだ。2対1なら勝ちの目を拾えるはずだ。
「私は334……」
エマはぼんやりとした様子でソラの声に反応する。もしかしたらすでにルークが都合の良いように記憶を改変したのかもしれない。
「違う、君はエマだ。……君は自分で未来を選ぶ力があるはずだ!」
ソラは必死に叫ぶがエマは答えない。
477の蹴りが迫る。刀で受けるがふらふらの身体では衝撃に耐えられない。続く蹴りで刀が弾き落とされる。腹に拳を打ちこまれる。腹を抉られる感覚。ソラはよろよろと機材に体重を預ける。
「エマ、君は334なんかじゃない! アリサが必死に奪い取った自由と名前を無駄にするな!」
遠のく意識を必死に繋ぎ止める。ソラは残る力をかき集めて叫んだ。




