2章第30話 奪還開始
怪我、そして3日というタイムリミットの存在に気付いているかのようなティナの発言。ソラはその言葉に驚きの表情を抑えきれなかった。だが、彼はすぐにその顔を正して真面目な顔で
「何が?」
と尋ね返すことにした。
もしかしたら気のせいかもしれない、その淡い希望はすぐに打ち砕かれた。
「……あたしは倒れてたあんたを侵蝕区域から連れ出したのよ、負傷の具合はよく知ってるわ」
「……でもほら、僕は動けてるぞ」
ソラは腕をぐるぐる回して元気さをアピールしてみる。
「アビゲイル、アビーはあたしの友人」
アビゲイル、ソラを治療した医者の名前だ。その彼女と友達だということは、ソラに施された特別な治療法を知っていると暗に伝えているだろう。
「今日を含めて2日だ」
誤魔化しが効かないと理解したソラは観念し、正直に答えることを選んだ。
「アビーんとこに戻って手術することを考えると明日の朝までにはこれを終わらせないとね」
「イーグルには……」
「わかってる、秘密にしといてあげる」
ティナはソラが言わんとしていることを察して、欲しい言葉をかけてくれた。
「……助かるよ」
会話がひと段落したそのとき
『突破したよ、確認しよう』
とセキュリティを突破したウミが通話に戻ってきた。
各々、ウォッチアイで送られてきたデータを見ていく。
✳︎
『実験室12にエマさんを見つけたよ』
ウミが言う場所の監視カメラ映像を見ると通常より広く機材が溢れる実験室の手術台に縛られているエマの姿がそこにあった。ぐったりとしているが時折身体が動く——生きている。
「……エマ」
思わずソラの口から声が漏れる。そして、エマの傍らに立っている人物を見た瞬間、全身に冷たい怒りが駆け巡った。そこにはエマを連れ去った張本人、青髪の男の姿があった。
「ルーク」
ソラの口から怒りの混ざった声が漏れる。拳を握りしめる音が通信越しにも伝わったのか、ウミがわずかに息を呑んだ気配があった。
『……閉鎖シャッターの権限を奪ったから突入と同時にルート以外を閉鎖できるよ、これでエマさんのところまで一直線に向かおう』
「警備の足を遅らせられるわけね。悪くないじゃない」
ティナが冷静な声で確認する。ソラも画面を睨みながら、次の行動を思案する。
「その作戦で行こう」
『一旦、戻って準備をした方がいいかも。エマさんの分も考えると対侵蝕薬剤も心許ないし……2人にも補給が必要だよ』
気付けば太陽が真上に来るような時間となっていた。ハードな救出作戦になることが容易に想像できるため、その前にわずかでも休息を取るべきだろう。
だが、戻って休憩するには1つ課題がある。
「そうしたいが、セクレトにもう一度入るには……」
今回のルートは通行料が必要だ、再突入にはクレジットチップの用意が要るため手間がかかる。クレジットチップの確保に手間取ればタイムリミットが怪しくなる。
「そうなると思って最初から2回分のコインをもらってたのよ」
ティナは革ジャンのポケットから金に輝くコインを取り出した。キラリと輝くそれはカラオケで買ったそれと同じだ。
そうして、ソラとティナは一度撤退して準備を整えることにした。
✳︎
数時間後、日が沈んだ頃。
ソラとティナは再び、侵蝕区域ストレイに侵入していた。冷たい夜風が頬を撫でる中、月明かりを頼りに研究室へ接近していた。
休息の間に、彼らは可能な限りの調整を済ませていた。対侵蝕薬剤などの物資をきっちり補給、確認し、武器のメンテナンスも抜かりない。休憩し、ストレイに戻る前に耐侵蝕増強と鎮痛剤の複合薬剤を投与したおかげかで傷の痛みは和らぎ、筋肉の張りも幾分か取れていた。
短い休息ではあったが体力と集中力の回復ができたおかげで彼らの状態は格段に向上していた。
『作戦を整理するよ。突入したら、シャッターを閉じて敵の増援を封じる。その間にエマを救出し、最短ルートで脱出する。OK?』
「エマの位置は変わらず実験室12ままね」
ソラは彼女の言葉を聞いて映像を確認する。そこには変わらず縛られているエマと忌々しい青髪の男、ルークがいた。必ず助け出すという自分の意思を再確認しながら機械刀と腰を繋ぐベルトを確認した。
『シャッターが降りるとはいえ警備員の反応、配置次第でどこまで持つかは運次第だよ』
彼女の言う通りこの作戦は運による要素が大きい。シャッターでどれだけの相手を足止めできるか次第でソラとティナに降りかかる負担の量は大きく変化する。
「任せて、アドリブは得意よ」
ティナが腰の双剣を確認しながら、そう言い切る。
『それじゃあ、行動開始だよ!』
ウミの声の後押しを受けてソラとティナが動き始める。2人は床を蹴り、素早く入口へと接近する。扉には認証装置による施錠が施されているがセキュリティの内側に潜入しているウミの足枷にはならない。
「イーグル」
『任せて、ちょちょいのちょいっと』
ウミのハッキングにより、端末がかってに認証を行い、扉を開いた。
この前の研究所同様に風除室のような部屋が2人を迎える。奥には記憶処理用であろうライトが見える。
『実験室12までの扉を全開放……完了。ルート外のシャッター閉鎖も完了。止まらずに進んで』
ソラとティナは風除室を飛び出し、事前の打ち合わせ通りに実験室12を目指して走る。緊急事態を知らせる警報が鳴り響いている。赤い非常灯が壁に不規則な影を投げかけている。
廊下を曲がり、実験室12へはまっすぐ走るだけとなった。だが、後方からもシャッターを避けた警備員が数人、迫っている。
後方から襲いかかる遠距離攻撃はティナの氷の壁で遮断しながら実験室12へ向かう。
だが、仮に実験室12に入れたとして、警備員との戦闘は回避できない。それにエマは334としての記憶とエマとしての記憶が混線している状態だ。その上に縛られ、ルークが近くにいるため、救出は容易ではない。それに警備員の相手も追加されるとなかなか厳しい。
「あんたは先に行って、あたしは後ろを止めるわ」
ティナの提案。
実験室12が近い、ソラはごく短い時間で決断を迫られた。
「わかった、任せるよ」
その言葉にティナは軽く笑みを浮かべて、
「任された」
と言って足を止めた。
ソラが実験室12へ飛び込む。
その瞬間、実験室の扉が凍りついた。
『そっちが終わるまで誰も通さないから』
ティナの力強い言葉を受け、ソラはルークと対峙した。




