2章第29話 情報を求めて
侵蝕区域ストレイに入ったソラ達はウミの案内のもとで特に問題なく研究所に接近できた。相手にバレないように適当な建物に登り、少し離れた位置から観察することにした。
『ここ、前より大きいね』
ドローンを使って偵察しているウミが通信を介してそう伝える。
彼女の言う通り、以前に見たときよりも、研究所の規模は明らかに増していた。その広い建物への侵入を高いフェンスが拒んでいる。
『警備兵に、監視カメラ……なかなか厳重だね』
ウミがドローンの画像をソラとティナに共有する。死角のない完全無欠の要塞というわけではないが、侵入には骨が折れそうだ。
「これ、どうするつもり?」
ティナが目を細めながら言う。
「あの規模の施設をエマの位置がわからないまま手探りで攻略するのは無茶よ。警備やら被験体やらに囲んで叩かれてゲームオーバーね」
「そうだな、侵入してからエマを探すのでは時間がかかりすぎる……事前に情報を入手しないと」
ソラが同意の言葉を返す。
前回は移転直前で人が少なかったために簡単に奥まで辿り着けたが、今回は稼働している研究所の攻略になる。それも実働部隊は2人という少数での攻略だ、奇襲によるターゲットの救出が最善手だろうがそれを成立させるには情報が足りない。
「それに、入り口の認証装置も厄介だな」
「この前、イーグルがやったハッキングはどう? エマの位置の特定と警備システムの無効化ができれば楽じゃない?」
ティナが提案する。
『ハッキングは魔法じゃ無いよ。こういう施設の重要なシステムは内部ネットで完結させてるはずだから、外部からつけ入る隙は無いよ』
ウミは自身の経験に基づいて、ティナの案を否定した。
「でも逆にいえば内部ネットにアクセスすればハッキングできるってことでしょ」
『それができてるってことは施設の内部、それも重要システムに直接アクセスできてるってことだよ』
外部からのアクセスを遮断する内部ネットにアクセスし必要とする情報を引き出す。これができるとすれば少なくとも内部ネットに対してデータを送受信する権限を持つ端末が必要になる。その在処を見つけるのはエマを見つけるのと同じくらい骨が折れるだろう。
「確かに……何か他の方法が必要ね」
ウミの説明を受けてティナが再考し始める。
「いや、それだ。……イーグル、確認するけど重要なシステムにアクセスできればエマの位置を特定できるんだよな?」
「内部ネットにデータを送受信できる権限があればいける……はず」
「なら、侵蝕エネルギー量を管理する装置を使おう。吸排気装置の近くにあるはず」
そうソラが提案する。侵蝕エネルギーの量は施設内部から侵蝕症患者を生まないための重要なパラメータで施設内の至る所にあるセンサーで装置を管理しているはず。そして、重要なパラメータ故に、管理のために内部ネットに繋がっているはずだ。
ウミは“確認するね”と言ってドローンを飛ばした。
ソラとティナはウミを待つ間に、他のドローンの映像に目を通していく。当たり前といえば当たり前だが、ドローンからの映像を見る限り、入り口のカード読み取り機と監視カメラと以外に機器は存在しなかった。残された希望は吸排気装置とエネルギー量管理装置だ。
『吸排気装置はあったけどエネルギー量の管理装置は見つからないよ。やっぱり中にありそう』
「ダメか……」
吸排気装置を通ってリンクスを中に送ろうにもファンが邪魔になる。回転するブレードにリンクスが粉砕されるオチが避けられない。
「ちょっと待って。イーグル、ドローンで屋根を写してくれる?」
ウミはすぐにドローンの視点を屋根へ動かした。基本は平面だが一定間隔で銀色の出っ張りが見える。これは、おそらくルーフファンだろう。だが、ルイン結晶を取り除くフィルターの交換やメンテナンスにかかる手間を考えると屋根の吸排気装置は非常用だと考えられる。通常ルートが起動しているため、非常用である屋上のそれは止まっている可能性が高い。
ティナも同じように考えていたようで
「ここからこの小さい子を送り込むのはどう?」
と提案した。
『問題があるとすれば屋上までリンクスを連れて行かないといけないことかな。できそう?』
「そもそも、乗り込もうとしてるんだこれぐらいできなきゃ」
ソラがそう返す。
「そうと決まれば、早速取り掛かろう」
ソラとティナは研究所への接近を、ウミはドローンで警備の穴を探しをはじめた。
✳︎
しばらくして、ソラたちは研究所の外周にその物陰に身を潜めていた。フェンスの先には灰色の建物がそびえ立っている。ところどころに取り付けられた監視カメラがゆっくりと首を振り、規則的な軌道を描いている。フェンスの向こう側では、2人1組の警備員がくっちゃべりながらで巡回を続けていた。巡回はほとんど形だけのもので、研究所をぐるぐる歩いているだけで回避は容易と言える。監視カメラを避けて3メートルほどのフェンスを駆け上がり、屋根に飛び乗る必要がある。
「イーグル、カメラの死角はあるか?」
ソラが尋ねる。
『カメラの動きにパターンがあって、15秒ぐらいの死角ができるっぽい、行けそう?』
「十分すぎるわ。イーグルの合図で飛び出しましょう。あたしがフェンスの上に氷の道を作るわ」
2人は警備員が離れ、監視カメラの死角が生まれるタイミングを待つ。
『後、3秒』
ソラが深呼吸し、飛び出す瞬間を待つ。
『2、1』
ティナの右手に冷気が宿る。
『今!』
ウミの声を合図に2人が飛び出す。ティナから放たれた冷気がフェンスの上に氷の道を作る。魔法で作られた氷のため強度について心配する必要はない。
2人はフェンスを駆け上がり、氷の足場へ登る。その道を通ってそのまま屋根へと移動した。
屋根へ移動した勢いのまま寝転んだソラはふうと息を吐く。激しい動きをしたせいか腹にジンジンとした痛みが広がっている。動けないほど痛いわけではないが、救出作戦の前に無理に動いて傷口が開くのは避けねばならない。
「ティナ、リンクスを頼む」
そう言って、リンクスをティナに渡す。
状況を察したであろうティナは何も聞かずにそれを受け取り、吸排気装置へと歩いていった。
「予想通り、ファンが止まってるわね」
ティナが装置をライトで照らす。
「このままここに放り込むわよ」
『うん、そこから先は任せて』
指示を受けたティナは乱暴にが装置のカバーを外し、リンクスをその中に滑り込ませた。金属と金属がぶつかる音が遠ざかっていく。
『侵蝕エネルギー量管理装置発見、これから接続するよ……ビンゴ、内部ネットにアクセス権限がありそうだよ』
「プロテクト、突破できそうか?」
ソラはフラフラとティナと元へと歩きながら尋ねた。
『エネルギー管理装置と内部ネットのプロテクトを抜かないといけないし、リンクスの処理能力でそれを痕跡を残さずやるのは根気が入りそう。……ちょっと集中したいからミュートするね』
その言葉と共にウォッチアイのウミの通話欄にマイクとスピーカーがミュートされたというマークが浮かび上がった。
「わかった、頑張って」
ティナの声はウミには届かず当然ながら返答もない。彼女はウミに言葉が聞こえていないか何度か確認する素振りを見せた後、
「で、何日動けるの」
と聞いてきた。




