2章第26話 聳える鋼鉄
ヴォルフに向かう決意を固めてすぐに彼に連絡を入れ、なるはやで会う約束を取り付けた。それから半日経たないうちにグリッド121へ向かった。
彼らは夜の帷にネオンが煌めくビル群の中、一際目立つガラス張りの高層ビルの前に立っていた。その最上階に目指す先、“バー・アフターバーナー”は存在している。
アフターバーナーには何度も仕事の取引で訪れたことがあるが今回は状況が少し違う。単純な取引だけではなくエマの行方をヴォルフから引き出す必要がある。緊張のせいかソラの心拍数は自然と高まってきた。
エレベーターで最上階へ移動する。数十秒の移動時間。その間、室内は異様な沈黙に満たされていた。そして、扉が開き、薄暗い照明に照らされたエントランスとスーツを着たガードマンが3人を迎えた。ガードマンは3人の顔をまじまじと眺める。その後、扉を開き
「どうぞ、こちらへ」
と言った。
ソラ達はガードマンの案内に従って、バーの中を進む。時折、聞こえるグラスの音や笑い声、それから真剣な会話がこのバーが変わりなく栄えていることを伝えてくる。
そして、バーの奥まったところまで進む。ここはバーの喧騒から離れ、少し落ち着いた場所だ。いつもの席に山のように巨大な男、ヴォルフがいた。彼の視線がこちらに向く。
「来たか、ラプターアイと、ティナ?……ふっ、珍しい客だな」
ヴォルフの冷たい声が一瞬揺らいだのを感じた。
確かにティナはヴォルフをあまり好んでいない。おそらく、この場に来るということが珍しいのだろう。
「あたしは用心棒としてついてきただけだから気にせずどーぞ」
ティナは彼から顔を背けてぶっきらぼうにそう言った。
「そうか、まあいい。座りな」
ヴォルフが正面の席を手で示した。
ソラとウミはその案内に従ってソファに腰をかける。一方、ティナは反抗心の現れか立ったままソファにもたれかかった。
ヴォルフは彼女を一瞥した後、テーブルに並べられたボトルを手に取り、ラベルを指でなぞるようにしながらグラスに酒を注いだ。琥珀色の液体が静かに揺れ、グラスの縁で細かな波を描く。そして、軽く1口飲んだ。
「お前達も飲むか?」
その質問にソラは一瞬、視線を落とした。今夜は彼から情報を手に入れなければならない。酒を口にして思考が鈍るのは避けるべきかもしれない。
「怪我してね、今日は遠慮しておくよ」
ソラは腹の傷のある部分を指差しながら、そう返した。
「そうか、2人は?」
ヴォルフがウミとティナに視線を向ける。
「うちは運転があるから遠慮しておきます」
ウミは緊張気味にそう答える。
ティナは口を開くこともなく、手を振って拒否の意を示した。
ヴォルフはその反応にボトルとグラスを机の端に寄せ、しばらく3人を見つめた後、口を開いた。
「なら、報告を聞かせてもらおうか」
ヴォルフはソファに深々と座り直し、足を組んだ。
「あの研究所では人体実験が行われてました。目的は超人を作ることのようでした」
「ほう、超人」
ヴォルフの眉がぴくりと動く。
「でも、すでに施設は放棄されたようでした」
それを聞いたヴォルフの目に何かが映る。ウォッチアイで何かを見ているのだろう。
やはり、ヴォルフは何か情報を持っている。ソラはそう確信した。
「なるほど、調査と報告ご苦労だったな」
「僕は他の場所に研究所が移ったと思っている。……どこか心当たりはないか」
ヴォルフは、鋭い視線をソラに向け、足を組んだまま、静かに口を開いた。
「それを知ってどうする?」
ソラはその問いに一瞬黙り込んだ。どう答えるべきか考え、素直に答えることを選んだ。
「協力を仰いだエマが捕まった。彼女がいるとすれば移転先だからだ」
「なるほどな。だが、仕立て屋として生きるならラヴェジャーの喪失はよくあることだ。慣れることだな」
ヴォルフは冷たい声でそう言った。
やはり、簡単に情報はもらえない。
「これで依頼は完遂だな。少しすれば、口座が潤っているはずだ。さぁ、お話は終わりだ」
ヴォルフが帰るように促しているのを感じる。
このままでは何も得られない。どうしたものか、そう考えるソラをよそにティナが彼に噛み付いた。
「ラヴェジャーの喪失がよくあること? はっ、つまりこのバーにいる奴らはみんな使い捨てのコマだって言いたいのね。……ふざけたことぬかしてないで情報を教えなさいよ」
ティナの水晶のような瞳に怒りが満ちている。彼女もラヴェジャーであるため、切り捨てられる側だと言われたことに腹を立てたのだろう。
しかし、ヴォルフは興味なさげにグラスの酒に口をつける。その行為がティナをさらに苛立たせた。
「聞いてんの!? 何とか言いなさいよ!」
ティナの顔がみるみる赤くなり、唇が震えている。
ヴォルフはティナをちらりと見て大きなため息を吐いた。
「よく吠えるコマだな。ラプターアイ、用心棒はよく躾けておくことだな」
その言葉はティナの怒りの火に油を注いだ。彼女は怒りを抑えようとしていたが、堰を切ったように言葉が漏れ始めた。
「この*グリッドスラング*むぐっ!」
これ以上はまずいと判断したソラとウミが立ち上がり、ティナの口を塞ぐ。ここで無意味にヴォルフと対立してしまえば何も得られないどころか彼との関係を失う結果にすらなりうる。
ティナは感情に任せて口を動かすも、ウミの手に阻まれ声は出ない。
ヴォルフは、2人が立ち上がったのを確認すると、顔に冷たい笑みを浮かべながら、短くも厳かな口調で別れの挨拶を告げる。
「そのまま帰るといい」
彼はボトルを手に取り、酒を注ぎ直す。こちらにはもう興味を示していない。
どうにかしてヴォルフから情報を引き出さなければ、糸が途絶えてしまう。
ソラは思考を全力で巡らせ突破口を探した。沈黙の中、ソラは自分の立ち位置を確認する。心臓が早鐘のように鼓動する。
すでに“帰るように”と言われている身だ、思考にあまり時間はかけられない。
ヴォルフの立場、シャードとの関係、移転したであろう研究所。活路を開くべく、情報を整理する。
その中で一筋の光が見えた気がした。
ソラは深く息を吸い込み、意を決して口を開く。
「とある研究所の調査を依頼します!」
と。




