2章第25話 動き出す駒
ソラは無言のまま、暗転したホログラムを見つめていた。
「アリサ、彼女はどうなったのかしら」
ティナが口を開く。
アリサ、彼女がエマに自由を与えたのはほぼ間違いない、だが、彼女は自由になれたのか……それはわからない。
『エマが脱出できたんだし、生きてると信じよう。……それよりも、もう活動限界が近いよ。一度撤退しよう』
ウミがそう提案する。
ソラは息を吐き、わずかに手を握りしめる。彼は視線をウォッチアイの残り時間に向ける。ウミの言う通り、現在の装備では1時間ももたない。それにこの研究所から得られる手がかりもなさそうだ。
「そうだな。道案内頼む、ウミ」
ティナも頷きそれに同意する。
無駄に長いをすればそれだけ、侵蝕症のリスクが高まる。撤退を決めたのならさっさと戻ったほうがいい。
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2人はリンクスの道案内のもとでキャンピングカーまで帰ってきた。ソラは荷物を雑に床に放った後、ソファに倒れ込んだ。ソファに全身の体重を預けた。
「あぁ、疲れた」
傷のせいか身体が非常にだるい。アビゲイルから渡された薬の効果時間の限界が近い、どうにかバレずに注射しないと。
「2人ともお帰りなさい。いい時間だし、お昼ご飯買いに行こっか」
ソラとティナを迎えたウミが提案する。
そう言われるとお腹がすいた気がしてきた。
ああ、そうだ、今は栄養カプセルしか摂取出来ないんだった。
ソラは小さくため息を吐いた。
「そうね、この近くに美味しいハンバーガー屋があるわ」
ティナはウォッチアイを操作する様子をみせた。ウミに住所を共有したのだろう。
「そこにしよっか」
ウミが笑みを浮かべる。
「僕はしばらくこのカプセルで栄養補給するように言われてるから……2人で行ってきてくれ。僕はその間、休憩しとくよ」
ソラは身体を起こし、テーブルにカプセルの入ったケースを置く。その呼吸はどこか浅く、不自然だった。肩がわずかに上下し、吐息の端に微かな痛みがにじむ。
「大丈夫?」
顔色を見られたのかウミが心配そうに尋ねる。
彼女を不安にさせたくはない。
「ちょっと疲れたかも……少し休んだら良くなるはず」
ソラは何でもないように笑ってみせたが、唇の端がほんのわずかに引き攣った。
「うーん、じゃあちゃんと休んでてね」
心配を払拭し切ることは出来なかったが、それ以上は追及せず、ティナと共にキャンピングカーを出ていった。
2人が完全に視界から消えたのを確認すると、ソラは息を吐き出し、装備の中から注射器を取り出す。時間は残り10分少々、どおりで傷が痛むわけだ。注射器のカートリッジを切り替える。そしてそれを腹部に突き立てた。押し込まれる冷たい薬液。注射器のカウントがリセットされ8hと表示される。
数秒の沈黙。
長く息を吐き出す。痛みがゆっくりと薄らいでいく。痛みは消えるが、疲労感と手先の冷たさだけは残った。薬で誤魔化せてはいるが、傷は確実にソラを蝕んでいるのだろう。
「……これで、なんとかなるかな」
自嘲するように呟き、注射器を元の場所へ戻す。
ティナとウミが戻ってくるまでにはまだ少し時間がある。
ソラは栄養カプセルを口に放り込んで飲み込む。やはり、味気ない食事だ。
「少し、休むか」
ソラは再びソファに身体を倒し、目を閉じた。
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ソラはキャンピングカーの扉が開く音で目を覚まし、瞼を開いた。
「ただいまー」
ご機嫌そうなウミがまず目に入った。その手には紙袋が握られている。テイクアウトしてきたのだろう。包み込む温かい油の香りと、ジューシーな肉の香りが混じり合い、食欲を刺激する。負傷していなければ間違いなくかぶりついていただろう。傷の存在が恨めしい。
「混んでたからテイクアウトにしたんだ」
ウミが紙袋から、ジューシーなパティと、シャキシャキの野菜が見事な調和を奏でるハンバーガーを取り出した。
3人は食事をしながら、今後のことについて話し合うことにした。
「さて、次、どう動くべきか」
ティナが話を切り出す。
「うーん、あの研究所には手がかりがなさそうだよね」
ウミが目を細めてそう言う。言い終わると同時にハンバーガーを口へ運ぶ。
「……あっ、これ美味しい!」
ウミは目を輝かせてそう言った。どうやら見た目通りの絶品らしい。
……傷が治ったら絶対食べに行こう。
ソラはそう決心した。
「そうなると、別の方法でエマがどこに連れ去られたか見つけないといけないわね」
ティナが憂いの混じった声を出す。彼女も言い終わるとハンバーガーを口に運んだ。
「1つ、考えがある。ヴォルフに報告に行くついでに、情報を聞き出すのはどうだ? 彼は、あの研究所の捜索依頼を出した本人だから、何かしら情報を握っていてもおかしくない」
ソラの提案にティナは眉をひそめた。
ヴォルフはシャードの情報をかなり多く集めている、あの研究所がシャードのものなら情報を持っていないはずがない。
「正気? あいつが自分に利がない状況で情報をくれるとは思えないんだけど」
「それでも情報を手に入れるならヴォルフを使わないと」
ソラの言葉にティナはしばらく沈黙する。
どれだけ考えても他に情報を手に入れる手段は思いつかない。現状、ヴォルフを頼らざるを得ないのだ。
「“使う”……その言い方気に入った」
ティナが頷く。次の行動は決まった。
「善は急げだ。アフターバーナーへ行こう」
キャンピングカー内に流れる紙袋の温かい香りと、ハンバーガーのジューシーな余韻の中にエマを確実に助けると言う決意が確かに存在した。




