2章第23話 334とエマ
ホログラム装置によって投影された女性が語り始める。
“私はアリサ、この研究所に派遣された一介の研究員です。この記録はここで行われた研究を外部に伝えるために残したものです。私は被験体No.334のクリスタ適正を高めるための外部顧問としてこの研究所に招かれました”
確か、No.334はエマの事のはず。彼女とエマはどんな関係なんだ?
ソラは色々なことを考えながらも、黙って映像の中のアリサが話を続けるのを待つ。
“この研究所では人間の弱さを克服するための研究が行われていました。あらゆるスペックで普通の人間を圧倒する個体、私たちが超人と呼んだ存在の作成……それが、彼らの研究の究極の目標でした”
アリサの冷静な声の奥底に後悔のようなものが感じられる。彼女は時々、目を伏せながら話を続けた。
“ここでの研究は多岐にわたるものでした。遺伝子の改変、神経系の再設計、身体機構の最適化……超人に至るためならあらゆる行為が正当化された。彼らは、人間の弱点を一切排除し、肉体的にも精神的にも完璧な存在を創り出そうと試みていました。もし、成功すれば、その対象は、常識を超える存在となり、あらゆる面で普通の人間を凌駕するでしょうね。プロジェクト・アセンション、超人計画とも呼ばれたその試みは、人の限界とともに倫理をも超えた研究でした。
そして、被験体No.334……いいえ、エマは被験体の中でもトップクラスのポテンシャルを示し、私が担当したクリスタ適正の獲得さえできれば、本当に超人になることもできると考えられていた”
「この人はエマという呼び名を知っているのか?」
ソラは予想外の言葉に思わず言葉を漏らした。この研究所で見た記録には被験体No.334という名前が記されるのみで、エマというワードはこれまで見ても聞いてもいなかった。だから、No.334=エマということもあくまで状況から推測したものにすぎないかった。それがここにきて、確信に変わったのだ。彼女とエマの関係は?
ソラは真剣な眼差しで話の続きを待つ。
“私はここでの生命と倫理を軽視した研究に耐えられなかった……だから私はエマをここから逃すことにしたの。……この記録は、脱走計画の保険として残したものです。もし、この記録を見ているあなた方がエマを知っているのなら……このことは秘密にしておいてください。……それがあの子のためだから。エマにこれ以上の苦痛がもたらされていない事を祈ります”
その言葉を最後にアリサの姿は装置の中へ戻り、代わりに1つのフォルダが表示された。
残されたソラとティナの間には重たい空気が流れる。
ソラはアリサの言葉にただただ驚愕していた。
超人を作るために犠牲になったエマ彼女はアリサによって自由を手にして……僕らと出会った。そして……
「僕のせいでここに戻ってきてしまった」
ソラの口から後悔の言葉が漏れる。拳を痛いほど強く握る。
そんなソラをよそにティナが口を開く。
「イーグル、このホログラムのデータ保存できる?」
彼女はホログラム装置を指さす。
『うーん、厳しいかも。ほらここ、接続端子が埋められてる』
リンクスが机の上に飛び乗り、小さい身体を必死に動かして、接続端子を前足で指し示す。
『だから残念だけど、今のリンクスの装備じゃ厳しいよ』
ウミの代わりにリンクスが首を横に振る。
「なら、取り外そうか」
ティナが剣を僅かに引き抜く。探索にかなりの時間を費やしているので対侵蝕薬剤の残量が減っている。そのため、ホログラムの中身は後で見ようと考えたのだ。
『それも、やめといた方がいいかも。これ、わざわざ権限の有無で表示されるデータが変わるように改造されてるでしょ? つまり、内部の人間には今見たデータを隠しているんだと思うんだ。それに、端子を埋めるぐらい外部からのアクセスに対策を施している。……取り外したらデータが消える細工が施されててもおかしくないよ』
ティナの考えはウミによって否定される。
「つまり、こいつは外に持ち出せないって事?」
状況を理解した彼女は僅かに飛び出た刃を鞘の中に収め直す。
『確証はないけど、うちならそうするかも。……見られるデータはここで見といた方がいいかもね』
「だってさ、ホーク。フォルダの中身を見ましょう。……聞いている? ホーク?」
ティナが黙ったまま突っ立っているソラの顔を覗き込む。
「すまない、ちょっとぼーっとしてた」
ソラは自分がエマを救えなかった自責と悔恨で思考が占拠されていたことを誤魔化すために咄嗟に嘘をついた。
「傷のせい? 辛いなら座っててもいいからね」
ティナはソラが嘘をついていることに気付いてか気付かずか、身体を労る言葉を投げた。
「大丈夫だ。フォルダの中身だろ、見てみよう」
ソラはこれ以上心配をかけまいと気丈に振る舞い、ホログラム装置に指を伸ばした。
フォルダの中にはいくつかの映像ファイルが格納されていた。この中に何が記録されているのか、エマ救出の手がかりがあるのか、様々な思いを抱えながら装置から放たれる青白い光に視線を向けた。




