2章第20話 再起動
ソラは病室のベッドに横たわりながら、ウミとティナの話を静かに聞いていた。自分が意識を失ってからここに運ばれるまでの出来事——ティナがウミの連絡を受け、街を駆け抜け、警察を振り切り、瀕死の自分を助け出したことを。
「ティナ、君は命の恩人だよ」
「貸し1つってことにしといたげる」
ティナは少し照れくさそうにしながらそう返した。
貸し1、これは彼女なりの優しさなのだろう。
「それより、アビー。こいつ、ちょっと連れていくけどいい?」
ティナはアビゲイルの方向に向き直り、そう尋ねた。アビゲイルは特に驚いた様子も見せずに頷き、
「ええ、大丈夫よ。一応、大怪我したばかりってことは忘れないように」
と忠告を織り交ぜて許可を出した。
ソラはベッドから起き上がり、地面を踏み締める。3人はアビゲイルの病院を後にし、ソラとウミ、ラプターアイの拠点であるキャンピングカーへと場所を移した。
3人は机を囲むようにして座り、その机の上にはホログラムの投影装置が侵蝕区域セクレトの地図を映し出していた。ウミがジュースを配る。
「大方の話は聞いたわ。とにかくエマの救出作戦を立てましょう」
話の準備が整ったことを確認したティナが話を切り出した。
予想していたことだがウミは今回の依頼についてある程度ティナに開示し、その上でエマが連れ去られたことを伝えたのだろう。
「正直なところホーク、あんたは休んでて欲しいんだけど……状況がこれを許してくれない」
「わかってる。頼れる人間が限られるんだ、怪我を理由に止まってられないよ」
ここはヴォルフのナワバリの外であり同時に他のフィクサーのナワバリの中である。そんな場所でヴォルフの息がかかった人間が活動していることがバレればフィクサー間の問題に波及する。火種となったラプターアイは求める情報も手に入れられず追放されるだろう。それを回避できる選択肢はエマを諦めグリッド121へ戻るか、ラプターアイとティナでエマを救出するかの2つにひとつだ。そして、ソラには前者を選択する気は微塵もない。
「本当はイーグルに道案内して欲しいところなんだけど、模擬侵蝕区域?ってのを動かすのにあんたが必要なんだろ?」
ソラは彼女の発言に面食らったような表情で一瞬固まった。
「イーグル、あれのことを話したのか?」
ウミは少しの時間、目を伏せた後口を開き、
「ごめん! でも話さないとティナさんを止めることができなくって」
と弁明した。
「侵蝕区域のリアルタイムシミュレーター、そんなものが実現可能だとはね。通りであんたらが空間の連結も移動経路に含めていたのも納得だね」
侵蝕区域は内部の侵蝕エネルギーの密度変動によって常に姿形を変化させている。それを予測するのに必要なのは観測データとその蓄積データそして、勘である。この勘という要素こそが、仕立て屋の実力の指標であり、予測が難しい最大の原因でもある。
それをリアルタイムにシミュレーションして見せる模擬侵蝕区域はオーパーツの域に足を踏み入れている。
ただし、模擬侵蝕区域も完璧なものではなくソラという生体センサーが必要であるという欠点がある。加えて、ウミは侵蝕耐性が高くないため、エマの救出といういくら時間がかかるか読めない作戦の仕立て屋業務に単独で当たることはできない。
ウミはそれらをティナに伝え、ソラの復活を待つことにしたのだろう。
……まあ、話してしまったのは仕方のないことと受け入れよう。
「それで、こんな便利な道具あるのにどうしてあんたらはこんな危ない橋を渡っているの? 模擬侵蝕区域は仕立て屋需要を全部お金に変えられるのよ。売れば、一生どころか何世代も遊んで暮らせるお金が手に入るわ」
ティナの言うことはもっともだ。いくつかの欠点を改善し売り払えば、莫大な富が手に入るだろう。だが、これは師匠との繋がりであり、ラプターアイの目的を果たすのに必要な道具だ。
「僕らにはやりたいことがあるからね」
「そう、詳しく聞くのはまたの機会にしておくわ」
一同はホログラムの地図に視線を戻す。
「目標はセクレトのここ」
ティナが研究所のある位置にピンを立てる。
「エマを救出して、脱出だな」
ソラが続けて発言する。
ティナが頷く。
「問題は、ソラを倒した奴ね。奴が現れたらあたしが相手をするわ。ホークはエマを探し出して脱出を優先、これでいい?」
「そうだね、異論はないよ」
そうしてエマの救出作戦の会議が進んで行った。




