2章第15話 記憶の狭間
静寂の中、目を開くとそこは溶接機の青白い光で断続的に照らされた薄暗い作業場だった。焦げた金属の匂いが漂い、工具の散らばったテーブルの上には無数の部品が積み上げられている。その奥で、師匠が小さな部品に集中している姿があった。そして、その周りをサポートロボットが材料や部品を乗せて慌ただしく動いている。
彼女の黒髪は無造作にまとめられており、青いインナーカラーが光を反射してかすかに揺れる。白い作業用の手袋を嵌めた指先が、細かい動きで部品を調整していた。彼女の手元からは淡い光が漏れ、作業に没頭するその表情は鋭くも美しかった。
「……ん、ソラか」
彼女の青い瞳がソラへ向けられる。鋭いようで優しい視線。ソラは俯いて黙ったまま立っている。
「どうした? 今はハヤブサのところで訓練している時間じゃなかったか」
師匠は作業の手を止めてこちらに身体を向けた。
「うん、そうなんだけど……」
ソラは弱々しい声で答える。厳しい特訓に耐えかねて、訓練所から逃げだして気付けばここにいた。
「抜け出してきたのか」
師匠のため息が1つ。
僕は師匠を失望させてしまったのだろうか。
ソラは続く言葉に怯える。
「嫌なら、辞めたっていいんだよ」
ソラに飛んできたのは意外な言葉だった。てっきり“逃げるな”と叱られると思っていた。
「でも、ハヤブサおじさんが許してくれるかな?」
「まあ、許さないだろうね。でも、続けるにしても辞めるにしても、選ぶのは自分だ」
ソラは視線を落とす。師匠は一息空けてまた口を開く。
「でもね、ソラ。何かを選ぶにはそれ相応の実力が必要なことは覚えておくのよ」
師匠は地面に転がる部品を拾い上げて、机の上に置いた。
「学校も特訓も結局は“未来を選ぶ力”を得るためにあるの。未来という扉を開けるには、それに対応する実力という鍵を持ってないといけない」
「未来……扉……鍵」
ソラは彼女の言葉を反芻する。
「もし突然、侵蝕区域が発生したとして、今の君に自分を、大切な人を守れると思う?」
彼女のその問いはソラの心に冷たい刃を突き立てる。
今の自分は未熟者だ。クリスタも上手く扱えず、戦闘技術も高くない。そして、仕立て屋としての技術もほとんどない。そんな自分が侵蝕区域に飲み込まれれば自分1人守ることすらできないのは火を見るより明らかだ。そんなあり得るかもしれない未来を想像して浮かぶのは足手纏いの自分だけ。
“未来という扉を開けるには、それに対応する実力という鍵を持ってないといけない”、師匠の言葉が何を意味しているか分かる気がする。
記憶の片隅から焦げた香りが蘇る。自分達が師匠に拾われたあの日、叫び声の中、ただ手を取り、逃げることしかできなかった。選ぶことなんて出来なかった。あの時、力があれば……失わずに済んだのかもしれない。そして、もしも今、同じことが起こったら? 今の自分では、最善でも同じ結末を辿るだけだ。幼馴染を失う未来もあり得る。……ウミを守れる未来の扉を開きたい。……なら、自分のやるべきことは決まってる。
「……師匠。僕、戻ります」
ソラは顔を上げ、真っ直ぐに師匠を見た。
師匠は微かに目を細めると、満足そうに微笑んだ。
「なら、早く行きな」
その声に後押しされるように夕陽に照らされる工房を飛び出した。その瞬間、世界が揺らいだ。床、壁、天井に亀裂が走る。まるでこの場所そのものが崩れ落ちようとしているようだった。
ソラは足を止めて、背後を振り返る。師匠がこちらを見て立っている。その表情は柔らかく、けれどどこか悲しげだった。
「あの子の元に戻るのよ、ソラ」
その言葉が、胸の奥に響く。
戻る? どこへ?
「あなたはまだここに来るべきじゃない」
その言葉とともに、強烈な痛みが襲いかかった。
腹部が引き裂かれるように痛む。視界が暗転する。何かが、自分を現実へと引き戻そうとしていた。師匠が、懐かしい記憶が遠のき崩れていく。そこまできてソラはようやく理解したこの世界は夢で自分は意識を失っていたのだと。




