2章第14話 貫く刃
「さあ、私と共に行こう。334」
ルークがエマに手を伸ばす。このままでは、エマが連れ去られる。だが、ルークとソラとの間には5mほどの距離と447という壁がある。それを乗り越えてエマを引きずってでもこの場を離れなければ。
ソラは一旦、後退、447と大きく距離を離す。ただ、447は跳躍し、その距離を一瞬で無に帰そうとする。彼は自爆覚悟で爆発のクリスタを起動する。赤い炎が膨れ上がり、熱がソラと447を飲み込む。炸裂する光と煙が目眩しになる。ソラは機械刀の鞘の下部に仕込まれたナイフを引き抜き、最後に447が見えた位置に力の限り投擲する。ソラは姿勢を低くして煙の中に突っ込む。ソラと447がすれ違う。これがエマを助ける最大、最後のチャンスだ。
「戻ってこい、エマぁぁ!」
ソラが手を伸ばす。ルークが邪魔だが、447と比べれば脅威でもないだろう。エマに手が届くかどうかの距離まで近付いたその時、
「……っ!」
足に鋭い痛みが走った。ソラの身体が崩れ、エマに手が届かない。447はまだ後方にいるはずで、ルークはクリスタを使った気配もない。
どういうことだ?
ソラは自分の痛みの源を見る。足元の血溜まりが赤い槍を形成していた。槍が溶けて元の血溜まりに戻った。
さっき、あいつが傷口を抉った時の血を操作したのか。
そう理解した次の瞬間、もっと重大なことに気付く。447の外骨格の駆動音がしているのだ。対処しなければ、殺される。ソラは痛む足を無理矢理動かして、447の方に向き直る。敵が弾丸のように爆ぜる。ソラはその攻撃をかろうじて弾く。腕が痺れる。
447が後方に跳ねた。
傷口から流れ出る血、上がる息。対して、相手は無傷……ではなかった。脇腹に赤いシミが見えた。投擲したナイフが当たっていたのだろう。
どうあれ、長期戦はこっちが不利だ。差し違えてでも……。
ソラが先手必勝と言わんばかりに駆け出す。
振るわれる血の刃。
ソラは刀でそれをいなす。血の刃に体重を預け、足は止めずにそのまま突貫する。背後に爆発のクリスタを使い、後ろからの攻撃を不可能にする。
今度は腹部の血が槍のようにこちらに迫る。
ソラは鞘を盾にして、その攻撃をガード。刃と槍の間を全速力で駆け抜つつ、爆発のクリスタで再度後方からの攻撃を牽制する。刀を高く掲げ、斬り下ろす準備を整える。後は振り下ろすだけだ。例え、447のナイフ攻撃を受けたとしても斬撃は決まる。相打ち以上の結果が得られるは……ず。
身体が急に冷たくなり、ソラの動きが止まる。視界を下げると腹に赤黒い剣の先端が見えた。血の剣は深々と突き刺さり、身体を内側から冷たく蝕んでいく感覚だけが鮮明に伝わってくる。
この攻撃はどこから?
ソラの頭に疑問が浮かぶ。いなした血の刃と槍が後ろから襲ってこないように爆破のクリスタを使ってケアしたにも関わらず背後からの攻撃を喰らってしまった。彼は霞む視界で攻撃の源を探る。見つけた。腹部の傷から流れ出た血が地面を張って背後に回っていたのだ。それが分かってももうどうしようもない。
足に力が入らない。いや、それどころか、全身から生命が抜け落ちていくような感覚。剣が引き抜かれ、ソラは膝を折り、力なく崩れる。腹部が熱く、別の生き物が蠢くかのように勝手に血を垂れ流す。震える手を地面につき、再び立とうとする。けれど、指先は力を失い、滑り落ちた。被写界深度が浅い写真のように視界がぼやけ、音も遠ざかっていく。
「……エ……エマ」
掠れ、血の混じった喉を動かして搾り出した声は彼女には届かない。赤い液体がじわりと床に広がり、ソラの周囲に不吉な円を描いていく。ソラは右手を傷口に当てて回復のクリスタを起動する。だが、深すぎる傷に気休め程度の効果しか発揮されない。
「終わりました、ルーク様。こいつは処理室に?」
447は倒れたソラに興味がなさそうにルークの元へと歩いていく。
「うるさい! 今、私は334のことで忙しいんだ。そんなゴミは適当に外にでも捨てておけ」
ルークは空中をスワイプしてウォッチアイを操作しながら、苛立ちの混じった声を上げた。
意識が断続的に揺らぐ。
立て、立てよ!
心の中で叫び声を上げるが身体は反応しない。腹部を中心に全身を覆う激痛が、少しずつ遠のく代わりに、身体の感覚が薄れていく。
「承知しました、ルーク様」
消えゆく感覚が首元を掴まれたことを感知する。そのまま地面に引きずられる。赤い線を地面に残される。やがて、447は建物の外――冷たい風が吹き抜ける出入口に到達すると、ソラの身体を無造作に放り投げた。447は彼を一瞥した後、研究所の中に消えた。
『ソラ! 返事して! ソラ!』
遠くの方で本名を呼ぶウミの声がする。しかし、今のソラにそれに答える元気はない。それどころか微かに保たれている意識が徐々に揺らいでいく。回復のクリスタの光は指先を去り、生命の灯火も風前の灯のように弱々しい。落ちてくる瞼に抗いきれず、ソラの意識は真っ暗闇の中へと落ちていった。




