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終末の境界線  作者: 5ion
2章 過去の軌跡
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2章第13話 歪む存在

 ルークは447とソラの戦いを冷静に眺めていた。彼は腕を組みながら447の動きを見定めている。


「全く、雑魚1人片付けられんとは」


 ルークは少し苛立ちのような感情を表に出した。447は敵を終始圧倒してはいる、いるのだがとどめには至ってない。

 447は指先で血が固まりつつある右手の傷口を抉り、再度出血を引き起こす。地面に小さな赤い水溜りを作った。


 その様子はルークにとって満足できるものではない。あんな弱そうな男1人にこれほどの時間を掛けている事実が、自分の実験が上手くいってないことを示しているからだ。


「全く、334ならなぁ」


 ルークは忌々しげに呟く。誰に向けたわけでもないその言葉は予想外の人物に届いた。


「違う! 私は334じゃない!」


 端っこでうずくまるもう1人の侵入者が

叫び声を上げたのだ。

 ルークはその侵入者である女を睨みつけた。


「当たり前だ、お前なんかが334のわけ……いや、待て」


 最初はただの侵入者としか思っていなかったエマに、何か既視感のようなものを感じたのか、ルークは眉をひそめる。彼は駆け足で彼女に近寄り、顎を持ち上げ顔をまじまじと見つめた。エマは怯えた目でルークを見つめ返す。


「その顔立ち、灰色の髪と薄紫の瞳。……まさか、こんなことがあり得るのか」


 ルークの顔に、狂気じみた笑みが広がる。彼にはエマが334であるという確信があった。その表情はまるで大切な失せ物を偶然見つけたかのような狂喜に満ちていた。


「よく、戻ってきたな、334」


 その呼び名に、エマは顔を歪め、頭を抱えた。


「私は、エマ……のはず、334じゃない」


 か細い声でルークを拒絶する。だが、頭の中を駆け巡る知らない記憶が自分は334だと訴える。視界がぐるぐると回り、世界そのものが崩れていくような感覚に襲われる。


 ———それは目を開く。全身がひどく痛む。まるで体が千々に引き裂かれ、骨の一本一本に刃が突き刺さるような感覚だ。皮膚は焼けるように熱く、それなのに冷たい金属が食い込むような圧迫感がある。呼吸のたび、肋骨の奥がじんじんと痛む。体のあらゆる部位に鈍い痛み、鋭い痛み、多種多様な痛みが走る。どれが本物の痛みでどれが幻覚なのかも分からない。自分の体が痛みを感じているのか、感覚が麻痺しているのかも判断できない。 

 視界は赤みを帯び、耳が鳴りがする。

 手足を縛る拘束が解除され、身体が地面にぐったりと倒れ込む。

 ガラス越しに同じ境遇の人がたくさん見える。苦しそうなうめき声がガラスを超えてかすかに聞こえる。

 性別、年齢、体格、多種多様な人間がいるが1つだけ共通していることがある。それは首の後ろに焼印のように刻まれたSTAGEの文字だ。


「次は認知テストだ、334。ほら座れ」


 白衣を着た男に首根っこを掴まれた。身体が浮かび上がり、シャツの襟で首が閉まる。無理矢理に椅子に座らされると机の上のホログラム装置が光った。

 幾何学模様や数列、様々なパターンの映像が現れ、それらを特定の手順で解くように指示が出される。例えば、点滅する数字や形を順番に追うもの、視覚パターンの欠けた部分を補うような問題が次々に出題される。

 ホログラムに映る図形の動きを目で追いながら、耳に微かに入ってくる研究員たちの会話にも意識を向ける。


「334の負荷テスト結果は良好、クリスタ適正の問題さえ解決すればSTAGEⅡも視野に入るレベルです」


 先ほど自分を椅子に座らせた男の声が聞こえる。断片的にしか聞き取れないが自分が観察され、評価されていることが嫌でもわかる。


「334には我が研究所の評価を上げるためにもSTAGEⅡに上がってもらわねば」


「侵蝕耐性は高いんですけど……いかんせんクリスタ適正を得なければ」


「その解決のためにプロフェッショナルを呼んだ」


「例の研究員ですか……ですが、よろしいのですか? 334を任せてしまって」


「どのみちクリスタ適正が得られなければ、STAGEⅠにすら成れないんだ」


 そうこうしている内に認知テストの最後の図形が消える。ホログラムも停止し、光を失った。だが、次のテストが始まる様子はない。不審に思った334は辺りに耳を澄ませる。


「……研究所から参りました、アリサです」


 聞いたことのない声、女性の声が耳に入った。


「よく来てくれた。君には334のクリスタ適正を目覚めさせてもらう」


「はい、一任していただける認識で間違い無いでしょうか」


「ああ、君に任せるよ。設備も理由とともに申請してくれれば許可を出そう。私も君も成果が必要なことは忘れないように」


「わかっています。まずは、被検体に合わせてもらえる?」


「こちらです」


 しばらくして、目の前の重々しい鉄の扉が開き、声の主が現れる。彼女からの視線に334は睨みを返す。


「あなたが334ね、今日から私があなたの担当よ」———


 知らないようで鮮明な記憶は止めどなく押し寄せてくる。見覚えのない景色。痛み。絶望。そして、どこかから響く命令の声。


「やめて、これは私の記憶じゃない!」


 エマは必死に首を振り、記憶を追い出そうとする。だが、次々と流れ込んでくる記憶が、彼女の中にある「エマ」という存在を侵蝕していくようだった。自分が自分でなくなる恐怖。エマとしての記憶が、334という何かに置き換えられていく。


「私はエマ、私はエマだ!」


 だが、その言葉さえも虚ろに響く。だが、脳裏に浮かぶのは自分ではない「誰か(334)」として振る舞う姿。研究室の冷たい光の下、実験台の上で、自分の身体が命令に従って動かされるイメージ。

 自分がエマであるという確証が薄れていく。エマ(334)の頬を大粒の涙が伝う。


 ソラは今直ぐにでも彼女に駆け寄り、「君はエマだ」と伝えたいが、そのためには447が邪魔だった。

 そして、その言葉の代わりにルークが最悪の言葉をエマにかけた。


「間違いない、君は334だ。おかえり、私の最高傑作」


「黙れ! 彼女はエマだ、334なんかじゃない!」


 我慢の限界に達したソラが叫ぶ。しかし、その隙を見逃さなかった447の血の刃を肩に受けた。皮と肉が裂け、熱い血が溢れ出る。ソラは今すぐにでもルークとエマを引き離す必要があると確信した。


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