2章第12話 血に刻まれた番号
金属が床を叩く音。視界の端で影が爆ぜる。影の手が画面の光を反射する。ソラはすぐにそれが刃物だと理解した。振るわれる一閃。ソラは即座に抜刀、刃を弾き返す。敵は一旦距離を置いた。目の前には全身を黒いスーツに覆われた人間がいた。顔全体はマスクに覆われている。体つきから推測するに相手は女性だろう。女性の装備で特に目を引くのは脚部の外骨格だ。女性が一歩踏み込み、ナイフを振るう。ソラは刀でそれを受け流す。女性の姿勢が崩れたのを確認し、刀を振り上げる。女性の脚が光り、駆動音を響かせる。こいつはやばいと直感が訴える。ソラは踏み出した足で床を蹴り、無理矢理後方に退がる。次の瞬間、到底人間から繰り出されたものとは思えない速度の回し蹴りがソラの鼻を掠めた。ソラは思わず数歩後退したが、うずくまったまま動けないエマよりも後ろに下がらないために敵との間合いを戻す。ナイフの中に蹴りを織り交ぜた連続攻撃を刀と鞘をフル稼働させて防ぐ。床を踏み鳴らす轟音が室内に反響するたび、強烈な蹴りが繰り出される。刀や鞘でそれを受けるたびに視界は揺らぎ、疲労がじわじわと全身を蝕んでいく。どうにか攻撃の隙を探るも、防戦一方から脱せない。外骨格の駆動音と共に放たれる鋭い蹴り。ソラは一歩引いてそれを避ける。突如、足先が展開、刃が飛び出した。それはソラの服と胸の皮を引き裂いていった。
まだ、敵の攻撃は止まらない、横薙ぎに振り抜かれた足が戻ってくる。普通ではあり得ない速度で迫る踵、対処に使える時間は長くない。ソラは回避のために後退を選択する。ただ、これ以上退くとエマの背後に立つことになってしまう。つまり、背水の陣だ。
敵の足が目の前を通り過ぎていく。
今度は足の刃に当たらないようにしっかり距離を確保したから、大丈夫……なはず。
「……っ!」
確かに展開された刃には当たらなかった。しかし、問題だったのは、ブレードが通り過ぎようとした次の瞬間に起こった。敵の脚部からナイフが射出され、まるで弾丸のように放たれたのだ。至近距離で射出されたそれは反応が遅れたソラの胸部を引き裂いていった。傷は浅いが血が流れ出す。続けざまに放たれた敵の突進でソラは弾き飛ばされた。視界に丸まっているエマが映る。今、敵の狙いが彼女に動けば守りきれない。
「エマ、逃げろ!」
せめて、彼女が正気を取り戻せば……。そんな願いも虚しくエマはうずくまったままだった。
敵の視線がエマに向いてしまう。
「くそっ!」
ソラは痛みに歯を食いしばりながら立ち上がる。そのまま、エマやデータ端末を巻き込むリスクを承知で爆発の魔法を準備する。クリスタを放とうとしたその時、
「447」
低い男の声が部屋に響いた。447と呼ばれた敵はすぐに動きを止め、声の主の方へと跳躍した。
447? ……あいつも被験体なのか?
ソラは警戒しつつ、エマよりも前に立ち、声の方を睨んだ。そこに立つのは白衣に身を包んだ青い髪の男だった。
「まったく、侵入者の排除にどれだけの時間を掛けるんだ。また、調整が必要だな」
「申し訳ありません、ルーク様。直ぐに排除いたしますので」
447は何かに怯えるように白衣の男、ルークに縋りついた。
ルークはそれを振り解き
「君の意見は聞いていない」
と冷たく言い放った。その後、マスクを目掛けて注射器のような何かを突き立てた447の身体が痙攣し、赤黒い蒸気を放ち始める。
「何をしている!?」
明らかに普通ではない状況に思わず声が漏れる。ルークはこちらを見て
「ちょっと道具に調整をね」
と言い、冷たく不気味な笑みを浮かべた。
447は突如としてナイフを自らの右手に持っていくと、迷いなく手のひらを切り裂いた。血が迸り、それが空中で浮遊し始める。血は離れて集まり、1つの鋭利な刃を形成する。
血を操る魔法?
ソラは警戒を強め、刀を握り直す。
「ふふっ、いいぞ、447、お前の価値を示せ」
447は静かに顔をあげ、辛そうにゆらゆらと動き出した。右手が振り抜かれる。鞭のようにしなりながらソラに迫った。刀で軌道が逸らされた血の刃は背後の壁に突き刺さった。どうやら、あの攻撃は見た目以上に危険だ。
447が接近しながら、血の刃で攻撃してくる。赤い鞭を刀でいなす。攻撃自体は外骨格から繰り出される蹴りよりは軽いため受けることに対する負担は少ない。ただ、問題は、血の刃を捌くだけでなく接近されたら蹴りにも対処を迫られることだ。ソラはなすすべなく後ろへと退がらされる。刀を盾のように構え、447の猛攻を耐え続ける。しかし、耐えるだけでは状況が好転するはずもなく、じりじりとエマよりも背後へと押し込まれていく。
エマはずっと見えない何かに苦しめられたまま、動けない。
「くそっ!」
ソラは徐々に追い込まれる自分に苛立っていた。




