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終末の境界線  作者: 5ion
2章 過去の軌跡
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2章第9話 小さな先駆者

 キャンピングカーは低い振動音を立てながら停車した。周囲は閑静な住宅街が建ち並んでいる。整えられた街路樹、綺麗に舗装された道路、そして規則正しく並んだ家々。表面上は何の変哲もない光景、その奥に覗く銀のベールに包まれた侵蝕区域が平和と危険の不気味なコントラストをなしている。

 安定しているとはいえ近くに侵蝕区域がある。オフィスは施設を失うと損が大きい企業は寄り付ない。ただ、土地は安いので、リスクを飲み込んで侵蝕区域の周りに家を建てる人も割といる。ここはそういった人が集まってできた住宅街なのだろう。特にセクレトのようなコアルインズすらいないような侵蝕区域は急激な拡張リスクも少ないので穴場のような扱いを受けているという話もある。

 ソラとエマは装備をカバンの中に入れたままキャンピングカーを降りる。


「あっ、ソラ(ホーク)ちょっと待って!」


 ウミに呼び止められてソラは振り返る。彼女の手には小さい工具箱のようなものが握られている。


「これ持っていって」


 ウミはその箱を手渡してくる。


「これは?」


「説明は侵蝕区域(なか)でするから」


 ソラは押し切られる形でその箱をドローンの入ったカバンに入れた。

 2人はウミに見送られながら侵蝕区域の目の前に立つ。バリケードテープがソラとエマを拒んでいる。

 彼らは対侵蝕薬剤を注射し、侵蝕区域の境界を跨いだ。


「中は思ったより普通だな」


 ソラがすぐに景色を見てつぶやいた。研究所が隠されているような場所だどれだけ認知の歪みが出ているのかと考えていたが待ち受けていたのは至って外と変わらない住宅街だった。ソラはカバンからドローンを解き放つ。しばらくして


『模擬侵蝕区域から取得した予測データをウォッチアイに修正データ送信したよ』


とウミからの報告が入った。ソラはざっと送られてきたデータに目を通す。侵蝕区域にしては驚くほど空間の連結が少ない。


「随分安定してるな」


 ソラが呟く。

 セクレトはワープも少なければ、怪物(ルインズ)が現れるような侵蝕エネルギーの濃いエリアもない。まさに見られたくないものを隠すにはうってつけの場所だ。


『そうだね、ここからワープなしですぐに着けそう』


 ウミが地図上のソラ達の場所から赤い点へ一筋の線を引く。


「この箱はどうする?」


 カバンの中に残る箱を見てソラが尋ねる。荷物を減らすためにカバンはここに放棄していくつもりだからこそ、この箱の扱いに困っている。


『それは研究所入る前に説明するから持ってって』


 ソラは箱を取り出し、小脇に抱えた。そして、人が一切いないことを除けば普通の街を進む。


「着いた」


 足を止めて、巨大な白亜の建築物に目を向ける。その建物は建ち並ぶ住宅のど真ん中に鎮座している。その周囲には、破壊された住宅の残骸や破片が散乱している。倒壊した家屋の一部は黒焦げになり、他は崩れた瓦礫と化している。まるで、この研究所だけが突然現れ、その場所にあった建物を押し潰したかのようだった。


「これって認知の歪みかな?」


 明らかに異質なそれにエマが尋ねる。侵蝕区域は異常な出来事のバーゲンセールだこういった景色が生まれることがあり得ると考える気持ちもわかる。だが、答えは


「いや、これは実際に存在している建物のはずだ」


ということになる。


「さすが、仕立て屋(シュナイダー)だね。判別がつくんだ」


「うん、侵蝕区域は人の強い認知が現実になる空間なんだよ。研究所を想像で作るにしてもわざわざ周りの瓦礫までイメージしないだろうからね」


「なるほど。侵蝕区域はまだまだ知らないことが多い」


 エマが勉強になったと1人頷く。基本こういったことを考えるのは仕立て屋(シュナイダー)の仕事なので傭兵(ラヴェジャー)のエマが知らないのも無理はないだろう。


「さて、考察はそこそこにして中に入ろうか」


 ソラは腰の機械刀の固定を確認しながらエマに提案する。エマが頷く。


「中にドローンを先行させる訳にはいかないから、ウミ(イーグル)の支援は限定的になるけどまあ、これだけ安定している侵蝕区域なら大丈夫だろ」


『あっ、それなんだけど箱持ってきたでしょ?開けてみて』


 ソラの言葉にウミが思い出したかのように言葉を投げた。なんだか楽しそうな声調だ。


「ああ、今聞こうと思ってたんだよ、これ」


 ソラは箱を地面に置いて、ロックを外す。中には手のひらより少し大きめのロボットが入っていた。外装は黒、白、灰色が直線的に配置された都市迷彩が施されている。前方には瞳のような光学レンズが複数取り付けられているのが確認できる。頭頂部からは猫耳のような形のセンサーが生えており、機械でありながらすこし可愛らしさが同時に存在している。そして、四肢に当たる部位には脚とホイールがあり、横と縦の両方の移動に対応している。

 ぱっと見で地上用のロボットであることが分かる。


「すごいな、いつの間に」


 ウミとはほとんどの時間を共有しているがこのロボットを作っている気配はなかった。ソラはしげしげとロボットと見つめる。そこには鳥のマークが見えた。この印はソラの機械刀にも刻まれているものと同じだ。


『予備の刀貰いに行く時に依頼しておいたんだ。設計はうちで作成はハヤブサおじさんだよ』


とウミは得意げに言った。ハヤブサ、師匠の友人でラヴェジャーでありながら、師匠と共にソラの機械刀を作ったメカニックでもある凄い人だ。


『じゃあ、リンクス起動』


 ウミはロボットの名前を呼ぶ。ソラは動き出したリンクスを地面に置き、研究所に向かって送り出す。

 キャンピングカーのPC前に座るウミが操作を始める。リンクスは耳を澄まさないと聞こえないレベルの駆動音で研究所の中へ進んでいく。カメラとセンサーで取得した情報を模擬侵蝕区域に適用していく。


「どうだ?」


『侵蝕エネルギーも低いところで安定してるし、入り口付近に警備の目はないわ。そっちも調査を始めていいかも』


 ソラ達も警戒しながら研究所に入っていった。

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