2章第6話 非日常の幕引き
カーテンの隙間から朝日が顔に降り注ぐ。ソラはゆっくりと目を覚ます。見た夢のせいか、脱水からか少し気持ちが悪い。彼は身体を起こして、冷蔵庫へ向かう。水を取り出して喉を潤す。冷たい水が心地よく、不快感が軽減される。
「おはよう〜」
ウミが洗面所から顔を出す。口元には歯ブラシが見える。
「おはよう、ウミ。昨日は変な夢を見たよ」
「ふーん、なんでもいいから早く支度してよ。朝ごはんの時間、終わっちゃう」
ウミはソラの言葉に驚くほど興味を持っていなかった。彼女は洗面台の前に移動して口をゆすぐ。そして、少しはねた茶色の髪を整え始める。
「もうちょい話聞いてくれてもいいんじゃないか?」
「じゃあ聞くけどどんな夢だったの?」
ウミは仕方ないなと言いたげな表情をしている。
ソラは頭の中をさらうも肝心の内容がぼんやりとしていて言葉にできないことに気づく。変な夢を見たという感覚だけがあって、具体的な映像や言葉はまったく思い出せない。
「あー、あれ? 思い出せない」
ソラは視線を上に向けて、必死に記憶を漁る。だが、詳細な夢の内容は霧がかかっている。
ウミは予想通りといった顔で、少し呆れたように肩をすくめる。
「そんなことだろうと思った。夢なんてすぐに忘れるものなんだから気にしないで早く準備してよ」
ウミは鏡の前に向き直り、メイクを始める。
ソラは急かされるままに服を着替え始める。寝癖を手櫛で整えて、玄関へ移動する。
「準備できたよ」
「うん、今行く〜」
ウミが鏡越しに小さく頷きながら、最後の仕上げにリップを軽く塗る。そして準備が整ったことを示すように、ウミはしっかりと背筋を伸ばし、ソラに向かって歩み寄ってきた。
2人は部屋を出て、朝食会場へ向かった。
朝食は洗練されたビュッフェでシェフが目の前で焼いてくれるオムレツやパンケーキにウミは目を輝かせていた。他にも焼きたてのトーストにふっくらとしたクロワッサン、色とりどりのフルーツが並べられている。その隣にはコーヒーや紅茶、フルーツジュースなどが用意されている。
ソラはパンに野菜とベーコンを器に盛り付け、席に座る。彼はコーヒーを飲みながらウミが帰ってくるのを待った。ウミはオムレツにパンケーキを山盛り持ってきた。その傍には鮮やかな色のフルーツとフルーツジュースが添えられている。
「そんなに食べ切れるのか」
ソラは何層にも重なったふわふわの黄金色の円盤を見て尋ねた。
「もちろん」
ウミは笑顔で言葉を返しながらフォークでパンケーキを指し示す。
「ここからここまでをメープルシロップで食べるでしょ、こっちははちみつ、こっちはバターで食べるの」
と自信たっぷりに計画を紹介した。ウミはそのままメープルシロップをパンケーキにたっぷりとかけ始めた。パンケーキに染み込んでいく甘い黄金色のシロップが、朝のテーブルに小さな幸せを広げていくようだった。
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朝食を終えた二人は、部屋へ戻るとさっそく荷物をまとめ始めた。
ソラは手早くバッグに服や小物を詰め込みながら、ふと窓の外を見た。高層階からの眺めは相変わらず素晴らしく、遠くに広がる街並みが朝陽を浴びて輝いている。外に目を向けると高層ビルや曲線的なデザインの施設、塔やカラフルな看板などいろいろなものが見える。そして、その奥に銀色の巨大なドームが目に入った。そのドームには赤黒いノイズが走っているため、一目でそれは建物ではないと分かる。これは侵蝕だ。異様な存在であるはずの侵蝕はさも当たり前のように風景に溶け込み、街ゆく人も誰もその存在を気にしていなかったため、昨日はその存在に気付かなかった。
「何見てるの?」
ウミは窓の外を見たまま固まっているソラに声をかけた。
「ここ、割と侵蝕区域が近いんだなって思って」
その言葉を聞いたウミはソラの横に立ち、外を見る。
「本当だ、ちょっと調べてみよっと」
ウミがウォッチアイを使って検索する。
「あった、ほら見て」
ウミが共有してきたデータに目を通す。
あの侵蝕区域は隣のグリッドであるグリッド130の端に発生しているもので侵蝕区域名はセクレト、コアルインズはすでに討伐済みらしい。侵蝕区域は完全にA.E.Rの制御下に置かれている。つまり、危険性は一切ないということだ。
「通りで誰も気にしてないわけか」
ソラはセクレトの内容を見て合点がいった様子で頷く。
「そーみたいだね。はぁ、この景色も見納めか」
ウミが名残惜しそうに呟く。朝日が彼女の顔を照らす。
「きっとまた来れるさ」
ソラはバックのチャックを閉じ、カバンを肩にかけた。
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ロビーへ降りたソラとウミは、ティナ、エマの2人と合流して、チェックアウトの手続きを済ませた。ウミの提案で近くを観光して巡ることになった。高層タワーや噴水に巨大な博物館など様々なランドマークが周囲にてんこ盛りにある。さすがは人工的に作られた観光都市といったところか。街中に蜘蛛の巣のように張り巡らされた観光モノレールの1日乗車券を買っていろいろと見て回った。
そうして時間は進み、気付けば太陽が傾き始めていた。
「もー、こんな時間。そろそろ帰らないと」
ウミが巨大な時計台を見てそう言う。ここからグリッド121に戻るとそこそこ時間が必要になるため、出発をこれ以上遅らせるとたどり着くのが深夜になってしまう。
ということで4人は駐車場に戻り、キャンピングカーの前まで移動した。夕日でキャンピングカーが真っ赤に照らされている。ティナはトランクから自分の荷物を取り出した。ソラは怪訝な顔で彼女を見つめる。
「じゃあ、あたしはここでお別れね」
ティナはそう言って、荷物を肩にかけた。
「どういうこと?」
ウミが首を傾げる。
「こっちで用事があるのよ。あたしはそれ終わらせてから1人で帰るつもりよ」
「せめて送ろうか?」
ウミの申し出にティナは首を横に振った。
「ううん、大丈夫。それよりイーグルも運転気を付けてね。疲れたらホークと変わるのよ」
まるで子供を送り出す母親のような口調でウミに話しかける。
「うん、分かってる」
「それじゃ、また」
ティナは軽く手を振って夕日刺す街に消えていった。




