2章第5話 夢の軌跡
それは目を開く。全身がひどく痛む。まるで体が千々に引き裂かれ、骨の一本一本に刃が突き刺さるような感覚だ。皮膚は焼けるように熱く、それなのに冷たい金属が食い込むような圧迫感がある。呼吸のたび、肋骨の奥がじんじんと痛む。体のあらゆる部位に鈍い痛み、鋭い痛み、多種多様な痛みが走る。どれが本物の痛みでどれが幻覚なのかも分からない。自分の体が痛みを感じているのか、感覚が麻痺しているのかも判断できない。
視界は赤みを帯び、耳が鳴りがする。
手足を縛る拘束が解除され、身体が地面にぐったりと倒れ込む。
ガラス越しに同じ境遇の人がたくさん見える。苦しそうなうめき声がガラスを超えてかすかに聞こえる。
性別、年齢、体格、多種多様な人間がいるが1つだけ共通していることがある。それは首の後ろに焼印のように刻まれたSTAGEの文字だ。
「次は認知テストだ、○○○。ほら座れ」
白衣を着た男に首根っこを掴まれた。身体が浮かび上がり、シャツの襟で首が閉まる。無理矢理に椅子に座らされると机の上のホログラム装置が光った。
幾何学模様や数列、様々なパターンの映像が現れ、それらを特定の手順で解くように指示が出される。例えば、点滅する数字や形を順番に追うもの、視覚パターンの欠けた部分を補うような問題が次々に出題される。
ホログラムに映る図形の動きを目で追いながら、耳に微かに入ってくる研究員たちの会話にも意識を向ける。
「○○○の負荷テスト結果は良好、◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎の問題さえ解決すればSTAGEⅡも視野に入るレベルです」
先ほど自分を椅子に座らせた男の声が聞こえる。断片的にしか聞き取れないが自分が観察され、評価されていることが嫌でもわかる。
「○○○には我が研究所の評価を上げるためにもSTAGEⅡに上がってもらわねば」
「○○○○は高いんですけど……いかんせん◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎を得なければ」
「その解決のためにプロフェッショナルを呼んだ」
「例の研究員ですか……ですが、よろしいのですか? ○○○を任せてしまって」
「どのみち◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎が得られなければ、STAGEⅠにすら成れないんだ」
そうこうしている内に認知テストの最後の図形が消える。ホログラムも停止し、光を失った。だが、次のテストが始まる様子はない。不審に思った○○○は辺りに耳を澄ませる。
「……研究所から参りました、アリサです」
聞いたことのない声、女性の声が耳に入った。
「よく来てくれた。君には○○○の◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎を目覚めさせてもらう」
「はい、一任していただける認識で間違い無いでしょうか」
「ああ、君に任せるよ。設備も理由とともに申請してくれれば許可を出そう。私も君も成果が必要なことは忘れないように」
「わかっています。まずは、被検体に合わせてもらえる?」
「こちらです」
しばらくして、目の前の重々しい鉄の扉が開き、声の主が現れる。彼女からの視線に○○○は睨みを返す。
「あなたが○○○ね、今日から私があなたの担当よ」
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アリサが担当になってから数週間が経過した。
○○○の予想に反して、実験による負荷は担当になる前よりも低下していた。と、言っても毎日のように熱された鉄棒を身体に埋め込まれたような痛みを受け続けているのであくまで比較的に負担が減ったというだけだが。
今日も○○○はケーブルに繋がれ、真っ白なベッドに横たわる。無機質な機械があちこちで動作音を立てている。
「はぁ、どうして……なのかしら」
アリサは頭を抱えたまま○○○の側に座る。○○○は視線だけを彼女に向ける。どうやら研究は思い通りに進んでいないらしい。
「○○○、あなたは外に出たいと思ったことはある?」
疲れ切ったアリサの声。
○○○はその言葉の意味を理解できずにキョトンとする。○○○にとって外の世界とは想像もできない未知のものだ。
「外ってどんなところなの?」
○○○の答えは、まるで何もない空虚な響きのようだ。○○○には、そもそも「外の世界」という選択肢が存在していないのだ。○○○の世界は、この冷たい研究所の壁に囲まれた限られた空間だけで成り立っている。
「ごめん、変なこと聞いたわね」
アリサはじっと○○○を見つめる。
○○○は精神は未熟なのにも関わらず被検体として過酷な実験を受けている。アリサの実験が成功して彼女の手を離れても、被検体として生きる未来は変わらない。
✳︎
さらに何ヶ月かが経過した。数週間ごとに実験の内容が変わり、その都度身体にかかる負荷も変化していた。
最近は、よく分からない光を発する装置による実験が幾度となく行われている。
光を見ると幻覚が引き起こされたり、記憶を曖昧させられたりする。苦痛は少ないが不快感が大きい。
また、装置が淡い光を放つ。意識が光の中に取り込まれる。視界が溶け、再構成される。目の前は一面の黒。その中にいくつもの光が星のように輝いている。
次の瞬間、その星たちが流星となって○○○の元に降り注ぎ始めた。流星は空を切り裂き、光の帯となって○○○目掛けて降り注ぐ。無数の流星が轟音と共に○○○を貫いた……と知覚した瞬間、光がふっと消え、意識が現実に引き戻された。




