2章第1話 1つの招待状
ヴォルフとの初仕事から1ヶ月と少しの時が経った。この間、ソラとウミ即ちラプターアイは次々と仕事をこなしていった。侵蝕区域での物資の受け渡しをしたり、侵蝕区域に家族の形見を探しにいったり、侵蝕区域内で怪しい機械の実地試験を見届けたり様々な依頼をこなしていった。エマやティナに協力を仰ぐ依頼もあれば、ヴォルフから紹介された他のラヴェジャーと協力する依頼もあった。どの場面でもラプターアイは完璧に仕事をこなして依頼を無事に達成してきた。
そんなある日、ウミがくるくると踊りながらソラの目の前に現れた。何があったかは知らないが上機嫌であることが表情から読み取れる。
「ねえねえ、ソラ。ラプターアイのDM見た?」
ウミは顔を覗き込むようにしてこちらを見る。整った目鼻立ち、綺麗な緑の瞳、まるで天使に見つめられているかのようだ。しかし、ソラはそんな状況を意にも返さずに
「いや、見てないけど」
と眠たげに返した。どうやらこの答えは正解だったらしく、海の表情がさらに明るくなる。
「この前、助けたセレナ・ソルティスさん覚えている?」
ソラはぼんやりとした頭で記憶の引き出しを開けていく。
どこか聞き覚えがあったような……。セレナ・ソルティス……セレナ……
「ああ、ウミが聞いたことあるって言ってた奴か」
「思い出すのそっちなんだ」
誘拐され、それを助けた話を思い出すと考えていた彼女は予想外の答えに思わず呆れてしまった。何はともあれ、セレナ・ソルティスは先日助けた女性の名前だ。あの依頼のおかげで懐がそこそこ暖まったことははっきり覚えている。
「まあ、そのセレナさんがあのソルティス社のお嬢様だったの!」
ソルティス社はグリッドでも指折りの大企業で多角的な経営を行っている。通りで金払いが良かった訳だと1人納得するソラ。だが、それがどうしたのだろう、報酬金は既に受け取っている。
ソラの疑問の答えはすぐに返ってきた。
「それでね、助けたお礼にうちらをソルティスリゾートに招待したいんだって!」
ソルティスリゾートといえば、豪華絢爛を体現したかのような高級ホテルで、ここに泊まれば、欲しいものはなんでも揃うとまで言われている。1泊するのに安くても一般人の1年分の生活費が必要になるとまで言われている。そのため、ソラはソルティスリゾートには観光客が泊まる場所というよりは金持ちが羽を休める場所という印象を持っていた。
「でも、報酬は既に貰っているのにこれ以上お礼なんてちょっと過剰じゃない?」
「報酬金を払ったのはセレナさんの父親で、今回はのはセレナさん本人からお礼がしたいってことみたい」
金持ちの考えることは分からんとソラは思った。
「ティナさんとエマさんも誘って行こうよ!」
「まあ、ウミが行きたいならいいよ」
「やった、電話しよーっと」
そう言って、ウミはこの前の依頼の時に作った通話グループを開いた。まず最初に通話に入ってきたのはティナだった。
『もしもし、どうしたの? 仕事の話?』
「あ、ティナさん。今度、ソルティスリゾートに行かない?」
「あんたら、電話したら唐突に話を振らないと気が済まないわけ?」
ティナは初めてソラから電話が来た日を思い出した。
「ごめんごめん、説明不足だったね。ええと、この前、助けた人がソルティス社の人でお礼にリゾートに招待してくれたの。一緒に行かない?」
「へぇ、ラッキーじゃない。せっかくだからお邪魔しちゃおうかしら」
ティナはウミの提案を受け入れた。ソラはその会話を聞きながら、最初のつんけんとした態度からは考えられないほど柔らかい反応だなと密かに考える。
「やった! 決まりだね。後で日程を送るよ!」
「分かったわ、それじゃあまたね」
ティナはそう言って通話を抜けた。通話に参加しているのが2人になってからすぐにもう1人が電話を手に取った。
「ごめん、出るの遅れた」
「むしろベストタイミングだよ。この前、助けた拉致されてた女の人覚えてる?」
ウミはいきなり本題に入らないように会話を始めた。
「うん、覚えてるよ」
「その人からのお礼でね、リゾートに招待されてるの、一緒に行こうよ」
エマは少し驚いたような息遣いの後黙り込んだ。言葉が返ってくるまでかかる時間で彼女が迷っていることが伝わってくる。
「……リゾート」
ようやくエマが呟きを漏らした。その言葉にはいつもの淡々とした様子はなく、どこか躊躇いが感じられる。彼女の中で無数の考えが浮かんでは消えている、そんな気配を感じる。
「ダメかな?」
ウミが優しく問いかける。
「ごめん、行きたくない訳じゃないんだけど……私、そういったところに出掛ける経験がないから、不安で」
ウミはその言葉を聞いてエマの葛藤を理解した。誰しも初めてのことは不安を感じるものだ。それを否定することはできない。
「じゃあさ、うちらと準備しようよ! いつもみたいにサポートするから!」
その言葉にエマは少し考える様子を見せる。やがて彼女は決心したように
「うん、分かった」
と返した。その瞬間、ウミの顔が笑顔に満ちた。無意識に手で小さく拳を握る仕草を見せた。
「やったー! じゃあまた日程合わせて3人でお買い物行こうね!」
ソラは嬉しそうな彼女を眺めていたが先ほどの発言にふと違和感を覚えた。
3人でお買い物……ん? 3人?
“3人”と言う言葉が意味するところは準備をするメンバーに自分が含まれるということだろう。
エマが通話を抜けたことを確認してから
「僕も買い物についていくのか?」
と聞いた。ウミはキョトンとした顔で
「当たり前でしょ、ソラだって準備するものはあるんだから」
と答える。ソラは肩をすくめる。
「そうかな……そうかも」
なんとなく荷物持ちになっている未来が見えないでもない。しかし、ソラは自分を無理矢理言い聞かせて納得した。




