幕間I 灯る火
ヴォルフの最初の依頼完遂から数日後、ラプターアイの2人はバー・アフターバーナーに呼び出されていた。街の中央、巨大なガラス張りのビルへと迷いなく足を踏み入れた。エレベーターに乗り込んで、カードをかざしてアフターバーナーへの道を開く。上へと昇っていくエレベーターから微かな振動を感じる。
「なんか緊張してきた」
ウミが呟く。狭い空間の中、徐々にヴォルフの威圧感が心の中に蘇り、胸の奥に緊張が積もっていくのを感じる。彼女はこの前のヴォルフとの出会いの日を思い返しているのだろう。
「大丈夫だよ、僕たちは依頼を完璧にこなしたんだから」
ソラが優しく言葉をかける。
「そうだね……でも、あの人と話すのはソラに任せるよ」
「うん、任せて」
そう返事した瞬間、エレベーターが静かに停止し、扉が音もなく開いた。目の前には薄暗い照明の中に浮かび上がる“AfterBurner”のネオン文字が、無機質な電飾に彩られていた。そこには屈強なガードマンが2人、冷たい目で二人を見つめている。ソラは“AfterBurner”と刻まれたカードをガードマンに渡す。ガードマンはカードを見て、無言で二人に鋭い視線を送った。やがて低い声で
「ラプターアイ様、ヴォルフ様がお待ちです」
と告げた。そして重厚な扉を開き、店内への道を示す。開かれた扉の向こうには、金属製の壁や天井に照明が反射し、冷たい輝きが広がる。
ソラとウミはガードマンに導かれて、店内に足を踏み入れる。バーの生き生きとした雰囲気が一気に広がる。ネオンが照らし出すカウンターには、様々な人々が集い、笑い声や酒を酌み交わす音が絶えず響いている。グラスが軽やかにぶつかり合い、カクテルの色とりどりの光が金属製の棚に反射して、まるで夜の街を凝縮したかのような景色を作り出していた。アルコール、タバコの匂いが鼻をくすぐるが不思議と不快感はない。
テーブル席では、小さな集団が深い話に没頭し、ソファに腰を沈めた人物は煙草の煙をゆっくりと吐き出しながら、どこか虚ろな目で天井を見上げている。カウンターの奥では、バーテンダーが熟練の手つきでボトルを扱い、絶妙なバランスでカクテルをシェイクしてはグラスに注ぐ様子が垣間見えた。周囲の喧騒と共に流れる音楽は、店の雰囲気に調和し、心地よいリズムを刻んでいる。
2人が進むにつれて店内の賑やかな喧騒が徐々に遠のき、そこは少し離れた落ち着いた空間だった。一際目を引くテーブル席が目の前に現れる。テーブルの周囲には威圧感のあるガードマンが立ち、人々の出入りを厳重に制限している。
「来たか、ラプターアイ」
2人の姿を見たヴォルフの口角が上がる。ヴォルフに促されるままに2人は席に着く。すぐにテーブルの上に氷の入った空のコップが2つと1杯のモクテルが運ばれてきた。ヴォルフは静かに目を細めながら、手元に置かれていたボトルを持ち上げる。黒曜石のように深く、重厚な色をしたオブシディアンノワールつまりヴォルフのお気に入りがコップに注がれていく。液体と氷が光を反射して宝石のように輝く。1杯はヴォルフの前、もう1杯がソラの前に置かれた。
「君たちの勝利に」
ヴォルフが杯を掲げる。ソラとウミもその流れに従い、グラスを手に取る。グラスが軽くぶつかり小さな音が響いた。ゆっくりとグラスを口元に運ぶ。オブシディアンノワールの深い香りが鼻をくすぐり、冷たい液体が喉を滑り落ちていく。
「しかし、君たちはコアルインズに縁があるな。……撤退を選んでも誰も責められないところで前進し、結果を残した」
ヴォルフは今回の依頼の全貌を既に知っているのだろう。そのことに驚きを感じることは無かった。相手はトップクラスのフィクサーだ、この程度の情報を手に入れていないはずがない。
「君たちはこの依頼で自分たちがただの仕立て屋でないことを証明した。俺はラプターアイをビジネスパートナーとして認めた、今後もその力を俺に貸してくれ」
「もちろんです」
ソラはヴォルフに認められたことに喜びを感じながらそう返した。ウミも同様に安堵と喜びを感じながら頭を下げた。
「今後はよっぽどのことがなければ、依頼はインターピアから回すから覚えておいてくれ。後、俺と仕事する上で知っておくことは……」
そうして、ヴォルフの影響力が強い範囲の情勢や依頼の傾向などを聞いた。やはりと言うべきか最近はシャード絡みの仕事が多いらしい。依頼は物資の受け渡しから侵蝕区域に飲み込まれたエリアの調査など多岐にわたる。ソラは未来の依頼に想いを馳せながらヴォルフの話を聞き続けた。
しばらく話を聞いたところでガードマンがヴォルフに1つ耳打ちをした。その言葉を聞いたヴォルフは静かに口を開く。
「おっと、もうそんな時間か。今日はここまでにしておこう。2人とも、これからの活躍に期待している」
ソラが立ち上がり、
「はい、ラプターアイは失望させません」
と返す。ウミも席から立ち、うんうんと頷く。彼女は相変わらずヴォルフと話すのは苦手なようで今日もほとんど口を開いていなかった。ソラとウミが席を後にするのをヴォルフは横目でしばらく見ていた。続いて入れ替わるようにスーツに身を包んだ男がヴォルフに1つ耳打ちをする。
「ボス、例のシャードの動きですが……」
ヴォルフの夜はまだ更けない。




