1章第20話 溶ける氷
吹雪の収縮は止まらない。激しく巻き上がっていた雪と氷が吸い込まれるようにティナへ集まる。徐々に視界が開けていく。足元や棚に積もった雪が熱で溶け始め、水たまりが生まれつつあった。彼女を守っていた氷の膜はその存在を失い、吹雪の痕跡は徐々にその姿を失っていく。吹雪はもう彼女を守る盾ではない。
敵の姿が鮮明に見えるようになる。人数を削ったおかげで絶望的な戦力差と言うわけではない。ただ、クリスタなしでどこまで凌げるか。エマが仕事を果たすのに後どれだけ時間が必要なんだろう。
「ミッチー! スコープ!」
アインが吹雪の中で倒れた男を見て叫ぶ。どうやら倒したのはどちらもアインの仲間だったらしい。
アインが怒りに満ちた目でティナを睨む。
「よくもやったな」
アインの手に雷の槍が生成される。それは投げ飛ばされて勢いよくティナを襲った。ティナは剣でその一撃を逸らした。彼の手に再び槍が作り出される。それが放たれる直前、アインを遮るようにノコギリの刃が現れる。
「そこまで。この娘とは少しお話ししなきゃいけないんでね」
エイデンが不敵に笑う。アインは納得できない様子だ。
「こいつは俺の仲間をやったんだぞ。俺が始末する」
アインは引き下がらず噛みつく。だが、アインはあくまで仕立て屋、ティナの相手ではない。それはこの場にいる他の全員が理解している。
「シャードに入りたいなら、今僕の機嫌を損ねない方がいい」
エイデンは少し不機嫌そうにアインに視線を向ける。アインはこれ以上の反抗はまずいの察したのか押し黙ってしまう。
「君、もう1人の仲間はどうした?」
エイデンはティナに問う。
「それはあんたんとこの侍に聞いた方が早いんじゃない? あいつのせいでこっちは1人なんだから」
今はとにかく時間を稼ぐ、かつ奇襲の可能性を考慮させない必要がある。ここは正直に言うことでティナ1人と思わせる必要があった。
「ほう、サラちゃんが?」
エイデンは意外といった表情を浮かべる。そして何かを考えるように顎に手を当てる。
「お前ら、そいつの動きを見てろ」
そう言ってエイデンは耳に指を当てた。おそらくサラに連絡を取ったのだろう。計画通りとティナは口角が上がらないように頬の肉を噛む。シャードの下っ端はこちらの動きを睨むだけでこちらに手を出す様子はない。よく訓練された飼い犬だ。動かないのはティナにとって、ありがたい状況だ。
「サラちゃん、今何してる?」
エイデンは作られた愛想の良い声で尋ねた。
「さっさと終わらせてこっちに合流してくれ」
そう言ってエイデンは通信を終えた。
「なるほど、嘘はついていないか。……どうして本当のことを伝えたんだ? まるで1人と信じて欲しいかのようだなぁ」
エイデンは気味の悪い笑みでティナを見る。
作戦が見透かされた?
ティナは必死にポーカーフェイスを維持し、口をつぐむ。YESとNO、どんな反応も彼になんらかの判断材料を与えかねない。
「まあ、いい。アイン、お前は後ろを見張ってろ」
「な、いや、分かった」
アインは一瞬反論しそうになった口を押し留めて素直に従う。挟み撃ちに支障が出そうだが、目の前のエイデンが邪魔だ。そこはエマに頑張ってもらうしかない。
「お前ら、あいつを仕留めるぞ」
3人がティナにジリジリとにじり寄る。ティはどの敵から襲われてもいいように双剣を構えながら後退、間合いを保とうとする。
エイデンが一気に間合いを詰める。その勢いのままにノコギリをティナに向かって叩き込む。ティナは双剣でそれを受ける。金属の軋む音。受け止めた一撃は重く、ティナの身体は僅かに後退した。嫌な予感、視線を下げるとエイデンの影が濃くなっていた。影が実体化し、まとまり、槍となる。危機を察知したティナはノコギリを受けた側の剣を放棄して後ろに大きく退がる。放棄した剣が音を立てて地面に落ちる。次の瞬間、彼女の目の前を黒い槍が通り抜けた。そのうちの1つがティナの右耳を掠った。槍が天井を貫く姿を見る時間はなく展開していたシャードの下っ端が左右から飛び込んでくる。今さっき剣を落としたせいで2方向からの攻撃に対応できない。
あたしが防御できないって思っているんでしょ!とティナは心の中で叫ぶ。彼女の空いている手に氷の剣が生成される。すぐに戦闘にならなかったおかげで僅かではあるが、クリスタを実行できる分のエネルギーが回復していた。両側から攻撃を受ける。氷の剣が衝撃を受けて砕ける。だが、攻撃を受け流して回避するだけなら十分な時間稼ぎになった。続くエイデンの追撃、ノコギリを受け止めれば影の槍に襲われる。そう考えたティナはその一撃を回避する。しかし、回避を予測してか、下っ端が避けた先で待っていた。
「くそっ!」
ティナは思わず悪態を吐く。氷の剣を生成を試みるが間に合わず肩に一撃受けてしまった。彼女は苦痛で顔を歪める暇もなく追撃への対処を求められる。ティナは氷の弾丸を生成、射出する。3発の弾丸は3人各々に向かって進む。3人とも防御のために一瞬動きを止めた。その隙に1歩、後退する。それがティナにできる精一杯の防衛策だった。彼女はチェーンアクセサリーについたクリスタ用のルイン結晶を見る。それはかすかな輝きが内側に蓄えられた侵蝕エネルギーの残量が僅かであることを伝えてきている。
「剣を落とした上に結晶のエネルギーも限界だろ? 降伏すれば楽に殺してあげるよ」
エイデンが勝利を確信した笑みを浮かべる。
ティナは先ほど受けた傷を確認する為に耳に手を触れる。指に少量の血が付く。
ティナは1つ息を吐いて、
「そうね、そうするわ」
と全てを諦めたかのように呟いた。
「諦めがいいんだな」
ティナは耳の血を止血する為に手のひらで傷を押さえる。
「そんなわけないでしょ!」
ティナは残りの侵蝕エネルギーを振り絞り、氷の弾丸を放った。




