1章第19話 吹雪のカーテン
時はサラとの決着の少し前に戻る。
ティナとエマは目的地の倉庫へ向かって走っていた。
『そこを曲がったらワープポイントがあるよ。そこでエマさんだけワープして』
ウミの指示。
こう言ったルートの指示は仕立て屋にしかできない、道案内は彼女らの仕事だ。そしてティナは戦うことが仕事のはずだったのに足止めをソラに任せてしまった。しかも相手は少し相手しただけで分かる手練れだ。それを戦いが本分でない彼に任せてしまった。その事実がティナを苛立たせる。
自分が最初の奇襲を成功させていれば、ファルターの襲撃に対して大人しく退いていれば、こんなこと考える必要がなかったかもしれない。そんなふうに考えるとまたイライラしてくる。
そんな様子を見かねてかエマが口を開いた。
「ティナ、今は目の前のことだけ考えるんだ。余計な思考は判断を鈍らせるぞ」
ティナは頭をブンブンと振って雑念を振り払おうとする。
「分かってる……つもり、さっさと終わらせて帰るわよ」
「そうだな、ではまた後で」
エマはワープポイントをくぐり倉庫の背中へと空間移動した。ティナはその背中を目で見送り、視線を正面に戻す。目的の倉庫はすぐそこだ。
ティナは倉庫までゆっくり近付く。唯一の出入り口である大きな扉が口を開けている。外で警戒している人間はいないが、この出入り口が警戒されていることは考えるまでもない。
『ティナ、聞こえるか?』
エマからの通信が耳に入る。
「聞こえているわよ」
『今から、ダクトに入るんだけど、想定より狭くて音を鳴らさず移動するのが難しそうだ。……揚動は任せるぞ』
エマが端的に状況を伝える。
ティナは無意識に腹部をさすった。鱗から受けた傷はもう痛まず、出血もない。万全とはいかいないまでも十分戦える。
「まかせて、誰1人あんたの侵入に気付かせないから」
ティナの言葉に覚悟が宿る。ティナは倉庫から見られない限界ギリギリまで接近して中の様子を伺う。出入り口に未張りの人間が立っている。それよりも奥は放棄された棚や貨物でイマイチよく見えない。敵の人数は奇襲の時から変化なしとして10人程度、配置と負傷者の人数がわからないが出来るだけ分断しつつ注意を集めなくてはならない。
あたしは、あたしの仕事を果たす。
『うちからも1つ。落とされるわけには行かないから、倉庫にドローンは入れられない。内部に入ってからのうちの支援は限定的になっちゃうかも』
ウミが申し訳なさそうに言う。
「元々、戦闘はラヴェジャーの仕事よ、そのあたりは気にしなくていいわ」
ティナは気にしてないといった様子で言葉を返した。
『分かった、2人とも頑張って』
ティナはウミからの言葉を聞きながら、魔法を使って氷の塊を作る。それを入り口に目掛けて投げ込んだ。
「なんだ!?」
突如として転がってきた氷に見張りの男は視線を奪われる。一瞬の隙、投げ込んだ犯人を探すべく視線を上げた彼に待っていたのは眼前に迫る、ティナの足だった。黒いスカートをはためかせて放たれたその一撃は彼を吹き飛ばし、棚へぶつけさせた。
「ぐぅ」
男は情けない声と共に地面に倒れ込んだ。
「なんだ!?」
「何が起こった!?」
中にいる連中はまだ状況を飲み込みきれていないらしい。侵入したことに気付かれていてても位置までは気付かれていないはずだ。
ティナは棚の影を進み、気付かれぬように相手の配置を確認する。アインたちとシャードは別々のグループを作っており各々の負傷者の手当てや入り口の異常に警戒している様子を見せていた。敵は近くも遠くもない絶妙な距離関係におり、見られずに攻撃を仕掛けるのは難しそうだ。そして、戦闘に参加できそうなのは多めに見積もって6人程度だ。状況はましな方だが動ける人間にはシャードの一団を取りまとめるエイデンがいる。彼も、おそらく実力者で、人数差もあって無策で挑めば間違いなく叩き潰される。
「はぁ、奇襲の時きっちり仕留めておくべきだったわ」
ティナは苦虫を噛み潰したかのような表情で後悔する。あの時は素早く敵を無力化することを重視したせいで動ける人間が多く残る結果となってしまった。
そして、彼女の役目はあくまで揚動、目立つことだ。隠れて悠長に作戦を吟味する時間はない。すぐに思いつく作戦とアドリブで動く必要がある。
「やってやろうじゃない」
ティナは小さく呟いてから吹雪をイメージした。チェーンアクセサリーに取り付けられた赤い宝石が輝きを放つ。彼女の革ジャンとスカートがはためき始める。スカートの隙間からスパッツが見え隠れするほどの強烈な冷風が吹き荒れる。彼女の身体から解き放たれた冷気は瞬く間に倉庫全体に広がる。やがて倉庫に吹雪が吹き始め、気温が低下し、視界を白く染め始めた。
「奴だ! 奴が来たんだ!」
アインが叫び声を上げる。
「はぁ、君の足止め策は外れたみたいだね」
エイデンが不満そうに息を漏らす。強烈な吹雪は倉庫内の人間の視界を真っ白に染める、雪が吹き付ける音は足音を消し去る。視覚と聴覚を封じたこの状況下ならエマの侵入にも気付きづらくなっているはずだ。
吹雪の中で冷静さを保っているのはティナとエイデンだけのようで他の連中は状況を飲み込めずにオロオロしていた。
吹雪の中、視界がほぼゼロなのはティナも変わらない。だが、ティナは迷うことなく敵に迫っていく。吹雪を起こす直前の敵の配置を覚えているのだ。そして、姿を見られていないティナを捉えることができるはずがない。
敵の姿が霧のように揺れる白い壁の中にぼんやりと浮かび上がった。彼は何が起こっているのか分からず、寒さに震えながら周囲を見回していた。ティナはその背後に音もなく近づき、双剣の片方を抜いた。直後、真っ白なキャンパスに一筋の赤が現れた。その赤は一瞬にして吹き飛ばされ一面の白に戻る。
ティナは素早く次の敵の位置に近づく。
「な、何が起こっているんだ! 誰か答えてくれ!」
その男は完全にパニックに陥っており、助けを求めて叫び続けている。だが、その声は吹雪の音にかき消されて仲間には届かない。ティナは近付いて剣で攻撃しようとする。しかし、男は
「誰かいるのか!?」
と叫び腕を振り回す。どうやらティナの気配に気付いたらしい。彼女は一旦、わずかに距離を離して腕に当たらないようにする。すぐさま姿勢を低くして再接近する。足を切り裂く一閃。いちご味のかき氷シロップのように白の上に赤の水溜りが生まれる。男はその上に倒れ込む。
「よし、次」
ティナ口から小さく白い息を吐き出す。
「よっこいしょぉ!」
ティナの目の前に何かが叩きつけられる。吹雪でよく見えないがそれは大きなノコギリのようだ。
「あらら、当たらなかったか」
吹雪の中でかろうじて聞こえるエイデンの声。ティナは間違っても視界に映らないように声の方向から静かに離れようとする。
「この規模の吹雪、そろそろ維持できないんじゃないか?」
エイデンが悟空に尋ねる。その言葉はティナの状況を見透かしていた。クリスタは確かに強力だが使い続ければ燃料切れを起こす。そのクリスタが大規模であれば大規模であるほど燃費が悪い。今の倉庫を支配する吹雪は消費が早い。ティナのチェーンアクセサリーに取り付けられたルイン結晶がチカチカと点滅を始める。
もう少し、もう少しだけ。
ティナが心の中で呟く。その願いは虚しく倉庫を覆うほどの雪嵐は徐々にその範囲を狭めていく。これ以上の吹雪の維持は不可能、その事実が彼女の胸に重くのしかかる。
まもなく雪と氷のカーテンが開く。
「エマ、まだなの?」
ティナは焦りの言葉をつぶやいた。




