9 ラブコメを開始する!
メチャかわヴァンパイア
お付き合いして
イチャイチャ生活
始めたかったぜ
戸昼タカシ 辞世の句
先程の出来事である。
「あっ、今日、会議だったわ。代わりに行ってきて頂戴」
そんなフレアの一言で、魔法によりどこかの部屋へ飛ばされてしまった。
ツヤのある茶色の椅子、お金持ちの家にある立派な椅子を更にグレードアップさせた椅子に座ったケンイチは、知らない人に囲まれ居心地が悪い。
石造りのテーブルには、ケンイチの他に3人座っている。
部屋は薄暗く、天井が高く、とにかく広い。この場には4人しかいないのに、会議室くらいの広さがある。冷暖房が効きにくいだろうなと、ケンイチは思った。
メガネをくいっとさせている、細身の男。黒いしっぽが見える。悪魔だ。ケンイチは悪い本を読みすぎて、しっぽは、おしりに突っ込むものだと思っている。
めんどくさそうに腰掛けている、魔法使いの女。耳が尖っている、ケンイチの乏しいファンタジー知識から考えると、エルフだろう。
落ち着いた様子で出席者の様子を眺めている、老人。身体のところどころに、ウロコが見える。ドラゴン関係者か?
全員、強キャラのオーラが漂っている。
これ、四天王会議か?
「ほう。貴殿がフレアの名代か?あまり強そうには、見えぬな。それに人間とは」老人は言った。
「いいじゃない、サンダー。フレアちゃんったら、ここ30年無断欠席よ。代理を派遣してきただけいいじゃない」エルフの魔法使いが言った。
「ククク……彼女が最後に出席したのは、幹部会議にむりやり自分の誕生日パーティーをねじ込んだ時。お友達がいないというのは……フフッ。これは失礼」メガネ悪魔は、メガネをクイッとして言った。
(不憫なフレア……)ケンイチは思った。
だが、フレアの心配をしている場合ではない。
興味の対象となっているケンイチは、緊張で胃に穴があきそうだ。
圧倒的強者に、囲まれている。言動を一歩間違えれば、死ぬ。
「へえ、そうなんですねえ。ボクは、ケンイチっていいます。みなさん、よろしくおねがいします」ケンイチは言った。
「フレア嬢が部下を、それも人間を雇うとは。どういう風のふきまわしだ」サンダーという老人が言った。
「いやあ、それが部下じゃないんですよね。ボクとフレアは、お付き合いすることになりまして。
あいつが、彼氏をみんなに自慢したいから、幹部会議に出席しろって言ってきたんですよ。ボクみたいな雑魚は、こんな場には、不似合いで。すいません」ケンイチは、ヘコヘコしながら言った。
場の雰囲気が、突如、殺気を帯びる。
ケンイチの全身に鳥肌が立つ。恐怖にひざの震えが止まらない。膝の皿われたかも。
「お主?人間ごときが、フレア嬢になにをした?」サンダー老人は言った。
「怪しいわよねえ。人間どもに都合の良いタイミングで、フレアちゃんに人間の彼氏ができるなんて。
それに、アタシよりも先に、彼氏ができるのは許せないし」エルフは言った。
それは私怨だろぅ!
ケンイチは助けを求めて、悪魔を見るけれど、面白そうにこちらを観察している。
「ちょっと、おトイレにいかせてください」ケンイチは言った。
こんなの逃げるしかない。
(そりゃあ、俺だって、いきなり職場の女の子が、代理で彼氏を出勤させてきたら、戸惑うけどさ)
別に、トイレに行くのは嘘ではない。威圧感にあてられて、ちょっとちびってしまったのだ。
ケンイチは立ち上がり、扉に向けて歩きだす。
このまま、こっそり帰るしかない。帰り方とかわからないけど、そのうちフレアが迎えに来てくれるだろう。
「きみぃ、どこへ行こうというのかね?」悪魔が言った。
ダンディな悪魔が、ケンイチに向けて、眼を動かす。
ケンイチは、一刻もはやく退室すべく、早歩きになる。
ところが床から生えてきた手に靴をつかまれて、ケンイチは転んだ。
ケンイチは必死だ。
靴を脱ぎ捨てると、もはやなりふりかまわず、出口に向けてダッシュする。
「あら?そんなに急ぐほど、お花摘みが近いのかしら?アタシが手伝ってあげるよ」
魔女は、ワンドを一振りする。
すると、ケンイチの身体が空中に浮かぶ。そして、弾丸のように飛び出した。
(人をこんな玩具みたいに……これが魔法っ、関心してる場合じゃないぞ)
ケンイチは壁に叩きつけられた。視界がチカチカする。
まるで、バトル漫画の世界だ。
「お主。どういう目的で、フレアに近づいた?」
サンダーは、高速移動かワープなのか分からないけれど、気配も感じさせず、ケンイチの鼻先まで近づく。
ケンイチは、魔法の効いたまま、プレスされるように壁に張り付いている。
「まずは、一発じゃの」
サンダーは、そのウロコのついた無骨な手で、ケンイチのみぞおちにパンチした。
ビリっとしびれる。
ケンイチは、オエッともどす。
痛い。身体のなかが、内臓が燃えるように熱い。打撃の痛みだけでなく、なにかで身体の内側をかきまわされた。
壁に張り付いているケンイチの口の端から、血が垂れる。鉄臭い液体が、嘔吐感を伴って、
胃からあがってくる。
このままでは死んでしまう。
媚び売りスキルに頼るしかない。媚び売りスキルに媚びる羽目になるとは、くそったれだな、とケンイチは思う。三流冒険者のケンイチには、他に手段はない。
「お願いだ!<媚び売り>スキルよ、発動してくれえええ!!!ごほっ、ほごっ」ケンイチは、血を吐きながら叫んだ。
「ふっ、人間よ。何を企もうと無駄じゃ」
サンダーは、ケンイチに向けて手をかざした。
テスラコイルのようにバチバチと火花が飛び、手のひらに光の玉が生まれる。
彼は、手のひらから雷撃を放つ。
あとには、黒焦げになってケンイチが残るはずだった。
(雷撃を避けたか。フレアが寄越すだけはある)
雷撃を避けたケンイチは、サンダーへ向けて突撃する。
人間にしては素早い方だが、ただそれだけだと、サンダーは思った。
彼は拳を握りなおして、迎撃態勢をとる。
ケンイチとサンダーが交差する。
サンダーの拳が、ケンイチへ向かって放たれる。ゴーレムすら一発の拳で沈める、竜人族の長であるサンダーのパンチだ。威力、技術ともに申し分ない。
目で捉えることすら、困難なこのパンチを、ケンイチは避けた。あらかじめ来る場所がわかっていたように、必要最低限の動きで避けた。
防御は間に合わない。
けれど、サンダーは落ち着いていた。彼にとっては、人間、それも素手である、からダメージをもらうとは思っていない。
強者としての余裕から、攻撃は避けずに受け止める。
ケンイチの手が伸びる。
(顔面への一発、発想は普通。拳のコントロールは及第点、威力は論外だな。ふっ、期待はずれか)
サンダーは失望する。久々に楽しめる相手かもしれないと思ったのに、期待はずれだ。
さっさと殺してしまおうと思った。
フレアのお気に入りかもしれんが、それならば、このような弱き者を、この会議に派遣したフレアの落ち度だ。
ケンイチの拳は、サンダーの頬を打つけれど、サンダーは身動きひとつしない。
「人間よ?これで終わりか……っ!!!なんだこれは!」サンダーは言った。
口のなかに、ざらついた、だが食欲をそそる塩気のある味が広がる。噛んでみると、カリッとした感触。
ザクッザクッと噛めば噛むほど広がる、塩気のある甘み。
「高級せんべい詰め合わせセット、税別28,000円だ。
じいさん、驚くことはない。貧乏人の俺にとっても未知の味だ。
……よかったら、一枚欲しい」
ケンイチは、サンダーの前に立つと、銀色の缶に入った詰め合わせせんべいを、差し出す。
サンダーはためらい、顔をうーんとしかめる。
死の恐怖にさらされたケンイチは、<媚び売り>スキルと<カタログギフト>の組み合わせを思いつき、それは成功した。
<カタログギフト>は、普段はただのカタログであるが、<媚び売り>スキル発動中に、心の底からの媚び売りの気持ちがあれば、注文できたのだ。
むろん有料であり、ケンイチは財布が軽くなるのが分かった。注文した分、お金が消えている。
200万ゴルドの貯金しかないケンイチにとって、せんべいに28,000ゴルド使うのは痛い。
「お茶もつける。特級茶葉(税別6,800円)だ」
ケンイチは茶葉の入った缶を取り出した。
更に、財布が軽くなる。フレアにもらったお小遣いがどんどんなくなっていく。
「うむ。竜神族の代表として、このサンダーは、ケンイチとやらの参加を認めよう」
サンダーは、せんべいと茶葉の缶を、自分のバックに入れた。ケンイチに一枚あげることはなかった。
「サンダー元帥ともあろうお方が、買収されるとは嘆かわしいですねえ。
くくっ、この私は、ケンイチ氏の参加は認めませんよ。スパイの疑い濃厚ですからねえ」
インテリ風の丸メガネをかけた悪魔、アヴァーロが言った。インテリ風の顔をしているが、来ているのは、破れた革ジャンに、鎖を巻きつけた衣装である。顔と服装がマッチしていない。
「このスーツという衣装はどうでしょう?
アヴァーロさん、肩幅広いので似合うと思いますよ?」
ケンイチは、ワインレッド色のダブルボタンのスーツを取り出す。
<媚び売り>スキルのおかげだ。真の媚び売りは、相手への思いやりである。相手の望む物品の傾向を読み取ることができるのだ。
「ククッ……そんなモノで私が、いや、なかなか良いセンスをしていますねえ。
私、悪魔族の正装が似合わないなあと、密かに悩んでいたのですよ。ちょっと試着してみましょう」
スーツを着たアヴァーロは、ネクタイをしめる。やり手の腹黒いサラリーマンがそこにはいた。
「私の欲望をここまで読み取るとは。……ククッ、おもしろいですねえ。悪魔より悪魔らしい人間。
悪魔族代表として、ケンイチ氏の参加を認めましょう」
アヴァーロは言った。よほどスーツを気に入ったようで、鏡の前に立って、鼻歌を歌いながら服装チェックをしている。
「おいおい、あんたらそれでも四天王かよ?ぽっとでの童貞くせえ人間に、いいようにされてさあ」
大魔法使いであるエルフのシェフィは言った。
一言、誹謗中傷が混じってたぞ。
「シェフィさん、これはどうで……うおっ!」
火球が飛んできて、カタログブックに命中する。魔法でできた本は、物理攻撃無効のはずであるが、燃えている。
ケンイチは、慌てて本を投げ捨てる。燃え尽きたが、もう一度念じると、再びカタログブックが出現した。
「あら?今、アンタにぶつけたのは、封印禁術よ。あの火球にあたった魔術書は、召喚できなくなるはず。無効化するとは、なかなか良い術式で組んでいるのね。ちなみに肉体に当たるとアンタ程度なら死ぬわ」
「なんてもん撃つんだ!」
いきなり異世界チート?生活終了になるところだった。やっと使いみちの見つかった宴会芸魔法を消されそうになった。
頼むぞ、媚び売りスキル。このアグレッシブな魔法使いを満足させる物を教えてくれ!
「見えた!これをプレゼントするっ!」
「ふっ、アタシは大魔法使いだよ。欲しいものは手に入れてきた。いまさら、たかが人間が手に入れられるもので欲しい物など無いね」
「うおおおお!<お家で育てよう!海のアクアリウムセット 税抜14,800ゴルド>だ!」
「くっ、海の生き物を、それも家で育てられるだと!?……そそる」
「俺の参加を認めれば……」
「アタシの負けだ。参加を認めるよ」
シェフィは、ケンイチからアクアリムセットをサッと奪い取った。こころなしか、そわそわして、今にも帰りたさそうになっている。すでにアクアリムセットを開封して、付属品を確認している。帰ったら、すぐにでも使う気だろう。




