8 みんながチカラを合わせれば、絶対無敵なんだから!
そこには、ガガムの勝利を確信し、片頬をニヤッとあげた顔がある。
カーペットの上に、死んだのに気がついてない、ガガムの生首があるのだ。
「無理だよ。あんなん見たことねえ。勝てっこねえよ」
剣を下ろした剣士は、そのまま後ろを向いて逃げる。
「あら、どこへ行くの?まだ、お茶すら飲んでないじゃない」
いつの間にか、フレアは、剣士の進路を塞いでいた。
その長く伸びた爪が、シュッと横に振るわれる。すると、剣士の首は、静かに床に落ちた。
「落ち着いて!みんあ、手持ちの聖水を被るの、そうすれば相手は手が出せない」
ガガムパーティー所属のヒロインポジション魔術師が、代行リーダーポジションに収まり、指示を出す。崩れかかっていた討伐隊が統制を取り戻していく。
彼女は、魔法を唱えた。
「みんなに、『銀属性付与』の魔法をかけたわ。これでヴァンパイアに対抗できる。勝負はここからよ」
思わぬ抵抗を受け、討伐隊の面々は慌てふためいていたが、彼女の指示で眼に光を取り戻していく。
「さあ、みんなで、心を一つにすれば、できないことなんてないんだから!」
広い室内には、二人だけが残っていた。
先程まで指揮を採っていた魔術師の可愛らしい顔はミイラのように干からびた生首になって、カーペットに転がっている。
生存者の二人は、ケンイチと顔見知りの冒険者だ。討伐隊でも最弱の彼らは、部屋の隅でうずくまっていたのだ。
「久しぶりの食事。おいしかったわ。英気に満ち溢れた旬の人間ばかりで、とっても良かった」
実力者たちの生首を一つずつ、ジュースを飲むように、吸っていったフレアは、食事を終え、ケンイチたちの方を向いた。
「あなたたちで最後?もう食事が終わってしまうの。残念」
フレアは微笑んだ。圧倒的強者特有の、捕食者としての慈愛オーラを醸し出している。いくら優しくされようと、殺される側としては、たまったものではない。
彼女はゆっくりと、こちらへ歩いてくる。
「こんなクエスト、引き受けるんじゃなかったぜ。なあ、姉ちゃん、許してくれよ。そうだ、部下になるからさ、いや、奴隷でもいい。いやっ、奴隷にしてください!」
顔見知りは、彼女の足下に這いつくばって、懇願した。
「いや、いらないけど」
フレアは、彼の頭を踏んだ。すると、腐った果実でも踏み潰すように、彼の頭は砕け散った。
飛び散った血が、ケンイチの頬にこびりつく。
(こいつ、チートかよ。絶対に死にたくねえ。俺は、せっかく転生したんだぞ。こんな甲斐もなく、むなしく死んでたまるかよお)
ケンイチは、一秒でも長生きしようと、立ち上がろうとするが、膝はプルプルと震えて力が入らない。
「お願いだ!靴もなめる!なんでもする!命だけは助けてくれ!いや、ちょっと言い過ぎた。命以外もちょっとは配慮してもらえると……」ケンイチは叫ぶ。
(うわさの異世界転移をしたが、本当にしょうもない人生だった。
マンガの主人公みたいに、最後くらいは、かっこよく啖呵をきれるのかと思ったが、なりふりかまない命乞いか。俺らしいな)
その時、突如、脳裏に、バカの考えたフィーバー画面とでも表現したら良いのか、カラフルに激しく点滅する光が見え、大音量のファンファーレが聞こえてくる。
死に直面して、頭がおかしくなったのかと、ケンイチは思った。
そのバカバカしい演出が終わると、
<「解放条件:腹の底からの媚び売り」を達成しました>
<「☆5 媚び売り」が解放されます>
というアナウンスが聞こえた。
「あら、どうしたの?生きるのをあきらめたのかしら?それも良い選択ね」
焦点の合わない目で、ぼーっと、座っているケンイチを見てフレアは言った。
かと思えば、ケンイチは、突然立ち上がった。
「めんどくさいわね、死になさい」
フレアは、その長い爪の手を振るった。先が鋭く伸びた、刃物よりも切れ味の良い長い爪だ。
ケンイチは死んだと思った。彼女の攻撃を避ける実力はない。ぐっと目をつぶった。せめて死ぬときは、痛くないのがよい。
ケンイチは再び目を開けた。身体のどこも痛くはない。怪我もない。
「へえ、見直したわよ。あれをかわすとは、人間にしては大したものね。
けど、これはどうかしら?」
フレアは、人差し指を伸ばすと、指揮者のように、ふいっと動かす。
すると、あたりに散らばる死体から、垂れていた血が、水滴状になって、浮かぶ。水滴は、尖った先端に円柱がくっついている、いわゆる弾丸のかたちへと変わった。
壁際に立っているケンイチを囲むように、規則だって、半円状に弾丸は浮かんでいる。
「私の血の弾丸、ご賞味あれ」
フレアは、人差し指を軽快に振り下ろした。
これでこの人間も終わりだ。
勝手に屋敷に入ってきたのはとてつもなく不愉快であったけれど、久々に大量の血を吸えたのは良かった、とフレアは思った。
眠気がやってきた。フレアは、口を押さえて、あくびをする。
「あなたが死んだら、二度寝でもすることにしましょう」
フレアは言った。
ケンイチは、自分のズボンが濡れているのが分かった。
3メートルほど離れた場所で、自分を囲むように、血の弾丸が、空中に静止しているのだ。これでは死刑宣告と同じだ。
こんなの避けられっこない。ケンイチは恐怖で、ひざの震えがますます止まらない。震えすぎて、左右のひざがごっつんこしている。
頼む、お願いだ、許してくれ、という後悔で、頭のなかがいっぱいになる。
「異世界に来たのに、相変わらずみじめな人生だな。女に振られて、ヤケになって。そして、土壇場では、勇気を出すこともできずに震えている。立っているだけで精一杯だ」ケンイチはつぶやいた。
目の前の吸血鬼は、スッと指先を動かした。
血の弾丸が、動くのが分かる。グルッとまわりを囲む弾丸の先端が、一斉に動き出した。
「お願いだあああああ!!!!俺は死にたくない!!!発動☆5スキル<媚び売り>」ケンイチは叫んだ。
この絶体絶命の状況を切り抜けるためには、生半可な力じゃだめだ、そう☆5のようなチートスキルの力がいる。
身体に力が、湧いてくる。身体が軽い。中年特有の身体全体をつつむ倦怠感が消えた。老眼気味の眼も、はっきりと見えるようになった。なんだこのヘルスケア?!
「見えるぞっ!弾丸の動きが!」ケンイチは叫んだ。
自然に剣を抜いて、自分の進行方向の弾丸を、受け流す。ケンイチの低い身体能力のなかで、できる最適解だ。
自分の背中にぴったりと凄腕のインストラクターがついている感覚で、身体の動作を半分オートでおこなってくれている。
「これが☆5スキルの力。……勝てる!まだ俺はやり直せるのか?!」
第一波の弾丸を受け流したケンイチは、第二波の弾丸が来るや、その極限まで強化されたの体は、弾幕の上までジャンプすると、血の銃弾を足場のかわりに利用し空を駆け上る。空中を歩いているようだ。
「俺のチート生活はここからだ」
ケンイチは、重力とは正反対に、天井に足をつけると、そこから一気にバネのように飛び出した。そこから地面にいるフレアに向けて急降下し、突き出した剣で、フレアを突き刺すつもりだ。
「へえ……血の弾丸雨を抜けたのは、褒めてつかわします。けれど、彼我の力量差がわからないの?」
フレアは、余興は終わりとばかりに、魔法で血色のランスを作り出して、ケンイチへ向けて投擲する。
ケンイチは、剣を突き出して、弾丸のように急降下する。
剣とランスがぶつかる。
「えっ……」
フレアは、それまで仮面のように薄っすらと笑みをうかべていた表情を初めて崩し、口元を歪めた。
ランスは、ケンイチの構える剣に、砕かれたのだ。剣の丈夫さには一家言あるタカシの剣と☆5スキルのミリ単位の精巧な剣技のなさせる技だ。
「しまっ、防御が間に合わない」
予想外の展開に、フレアは一瞬動作が遅れる。
チートスキルが発動している今のケンイチは、その瞬間を見逃さない。
「もらったああああ!!!!ううおおおおお!!!」
ケンイチは、無防備なフレアの胸元へと刺突する。
「「へっ??」」
間抜けな声が、同時にあがった。
フレアは、どう反応してよいのか、困っていた。
目の前にいる人間は、腰を90度にお辞儀しているのだ。
ケンイチも困っていた。
というか顔に冷や汗がダラダラと垂れる。
どうして自分が、敵に首を差し出しているのか。
もう少しで敵の胸元に、剣を突き刺すことができたのだ。
けれどその直前でケンイチの両手から力が抜けて、剣が床に落ちた。
フレアの目の前で、減速して着地する。ケンイチは、キチリと両足のかかとを揃えて、両手をピンと伸ばす。そして、勝手に身体が動いて、深々とお辞儀をした。
(<媚び売り>スキル使えねえええ!)
ケンイチの身体はなお、自動的に動いていく。
左右のふとももにくっついていた両手が、両腕で頭をはさむようにして、伸びる。お辞儀をしつつ、両手はフレアに差し出すかたちになった。
(死んだな……)ケンイチは思った。
彼女の長いツメで首すじを、スパッと斬られて終わりだ。痛くしないで欲しい。
ところが、まだケンイチの頭と胴体はくっついたままだ。
ようやく媚び売りスキルが解除され、身体を自由に動かせる。
ケンイチは、上目遣いで、おそるおそる顔をあげた。
「っほ、ほんとに私でいいの?吸血鬼よ?」
フレアが、顔を真赤にして、もじもじと身体をひねっている。
ケンイチは、差し出すように伸ばした両手の手のひらに、指輪ケースがあるのに気がついた。
(指輪を差し出してお辞儀する俺、これプロポーズだああ!!!!)
あらためてまじまじとフレアを見つめると、めっちゃくちゃかわいい。なんかいい匂いするし。
先程までの、余裕ある大人のレディーはどこに行ったのか。「どっどうしよう?初めて、男の人に告白されちゃった……」なんて小声で呟いている。頬はますます紅くなり、蒸気を吹き出している。
やっちゃれ!俺。
さっきまで、人をスパスパと殺していたのも、なんか「猫ちゃん、ちょっと今日、機嫌悪いね~」っていう感じだ。
転生する前も、してからも、こんな可愛い女の子と仲良くなったことはない。
酒場のネイアちゃん……あれはノーカンである。
フレアは完全に茹で上がって、フリーズしてしまっている。かわいい。
後ひと押し。やはり、ビクトリーロードへの切符は、自分で勝ち取るものなのだ。
「好きです、フレアさん。付き合ってください!」
ケンイチは、言った。大きな声で、はっきりと。




