20 悩める長官。胃薬いかが?
条約締結前、植民地行政区は15万人からなる常備軍を持ち、広大な開拓地を守り、拡大する役目を追っていた。
人類の期待の星であった。
今、その面影はない。庁舎のある首都アンビシオン周辺のみの領有を認められ、本土からの支援は打ち切りとなった。
植民地軍どころか、植民地行政区自体が、大幅な縮小を余儀なくされた。
行政区長官マクレーンは、以前と変わらず、職務に取り組む。
以前にも増して熱心に、取り組むことで目の前の現実を直視しないようにしている。
「コーヒを淹れてきてくれ……」マクレーンは秘書を務めるナザリーに言った。
返事に一瞬間があったが、秘書は部屋を出ていく。
(彼女も疲れているのだろうか……休暇をとるように言おう)
マクレーンは、その後姿を見て思った。
戻ってきたナザリーは、マクレーンにコーヒカップを差し出す。
「ありがとう。……んっ」
予想とは全く違う風味が舌の上を占領する。わずかにコーヒーの風味がするだけで、薄くて苦みだけが強い。
「なんだねこれは?私はコーヒーを頼んだのだよ?」
「すみません!ですが、その……それがコーヒーなのです」ナザリーは、マクレーンと目を合わせずにうつむいて言った。
何度も使ったドリップコーヒーから、ひねり出したようなこの味が、いま出せるコーヒーか。
「……ちょっと質問するが、お給料はもらっているのかね?」
「はい。小麦粉や砂糖での現物支給ですが」
「それはもらってないと言うのだよ。長官とその秘書の間に、政治的配慮は不要だ」
マクレーンはコーヒカップを置いて、立ち上がり、窓辺に立つ。
執務室は、行政区庁舎の5階にあり、アンビシオンの街が一望できる。野望に満ちた計画都市は、夢半ばで打ち捨てられた。
街のひと気は少ない。郊外に見える建設途中だった要塞も、骨組みだけの建物が放置され、資材置き場は草が生い茂っているのが見えた。
「条約が締結され、各国から派遣されていた連中は引き上げた。本土のエリートたちは、我々からニングスタ王国を名乗る造反者どもに乗り換えたらしい。
君も、本国へ帰ったらどうだ。帰りの旅費くらいは支給しよう。長官権限でな」マクレーンは外を見ながら言った。
「いえ、自分はアンビシオンに残ります」
「どうしてだ。君ほど優秀な秘書は、そういない。すぐに仕事も見つかるだろう。なんなら、推薦書を書いてやってもいい」
「他に行くアテがないのです。なにせ自分、浮気した彼氏を刺殺、それも大貴族のご子息を。本土では国際手配されてますから」
まだ乙女の面影を残す秘書は、はにかみながら言った。
朴訥ゆえに信頼していた秘書の告白に、マクレーンはあっけにとられ、笑う。
「ふふっ、君のような真面目女性が、意外だな。
そうだな、今、ここに残っている連中だ。本土にも、ニングスタにも逃げ出せない、ろくでなしたちだろう。植民都市にすがった連中だ……私を含めてな」
マクレーンは、カップに残ったコーヒーを飲み干した。
「心のこもった手紙を書くなど、初恋以来だ。柄にもなく、緊張するよ」
マクレーンは机を開いて便箋を取り出し、ペンを握って、言った。




