19 ひとりで大丈夫?
フレアが姿を消して、2週間経つ。
2,3日ほど用事で姿を消すことは、たまにあったけれどこんな長期間は初めてだ。
フレアの代理兼チャーハン大魔王として、防衛拠点の構築に励むケンイチは、フレアが帰ってくるのを信じて陣地構築を行う。
もちろん、フレアについての情報を収集しているけれど、まったく手がかりがつかめない。
それに、植民地軍第3軍団の動向も奇妙だ。
飛竜の巣を拠点にしているのは、聞いているが、動きがまったくない。
赤バラの館にある使われていない一室を、ケンイチは執務室として使っていた。
おそらく文化財レベルの調度品を部屋の隅によせて、長机の長辺同士をくっつくように並べた、即席のオフィスデスクの机上には、資料が散らばっている。
そんな部屋で、ケンイチは天井を眺めながら考えていた。
フレアはお出かけしているだけなのか、彼女の強さからすると考えにくいが、彼女の身になにかあったのか。
木製のドアから、ノックの音が聞こえる。
「ケンイチ様、これを!」
デュラハンであり、実質、ケンイチの副官ポジションに落ち着いたユバは、新聞を持ってやってきた。
<『ニングスタ王国 復活』>という見出しが、一面に掲載されている。
<【植民地行政区支局】3年前に消滅した旧ニングスタ王国のヨリヒデ・ニングスタ元王子は、先日、植民地軍第3軍団が奪取した飛竜の巣において、戴冠式を挙げ、自身の王への就任、王国の復活を宣言した。なお、第3軍団の前身は、旧ニングスタ王国軍であり、ヨリヒデ氏に同調すると、専門家は予想している。
植民地政府高官のコメント『ヨリヒデ氏および第3軍団の行為は、植民地行政区における深刻な造反行為であり、宣言は到底容認できるものではない。本土の諸国家との相談のうえ、厳正に対処したい』>
「人間どうしの内輪もめか、結構なことじゃないか」
記事を読み終えたケンイチは言った。
「いえいえ、ケンイチさんにも大いに関係あることですよ、これは」
慇懃無礼な声色が聞こえてくる。すると、開き放しのドアの向こうには、スーツを着た悪魔がいた。
「……アヴァーロさん、お久しぶりですね。噂では、近頃、羽振りがよくなったそうで」
アヴァーロの率いるデモニク商会は、悪徳商会であるが、悪魔であるためか、ルールはきっちり守る。国際的な取り決めにしたがって、取引情報をある程度公開しているのだ。
それを読むと、今期の業績はV字回復を決めている。
「ええ、人間たちの間で、魔物ブームがおこっていましてね。裕福な人々が、魔物をペットとして欲しがっているようで。
珍しい魔物は、魔族領に多いものですから、自然と私の商会との取引が増えました」
「デモニク商会は、人間の市場から締め出されたのでは?」
「いやいや、人間の商会が、ウチを協力者として雇って魔物を捕まえているだけですよ。もちろん、市場に出るときは人間の商会名義の魔物になります。
そりゃあ、ウチは善良な商会ですからね。自由競争をさまたげる悪法も法です。ルール違反はしていませんよ?ただ、涙ばかりの手数料は頂いていますが。
いや、人間たちの締付けには困ったものです。ハハハ」
アヴァーロは、メガネをクイっと押し上げて言った。
涙ばりの手数料で、V字回復するわけ無いだろう。
デモニク商会と取引するとケツの毛までむしられそうなので、極力やめておこうと、ケンイチは引きつった笑みを浮かべながら思った。
「それでお話とは?」ケンイチは言った。
「いや、人間の商会から、噂で聞いたのですがね、軍事力では、ニングスタ王国、いわば旧植民地軍第3軍団を圧倒している植民地政府が、ニングスタ王国討伐におよび腰なのはどうしてだと思います?植民地政府には、あと5つも軍団があるのですよ」
「いや、王国軍は飛竜の巣という要害を本拠地としているうえ、精鋭ですからね。あのサンダーさんを討ち取ったほどに」
「……まあ、それも理由の一つでしょう。表向きのね。
あくまで噂ですが、どうもニングスタ王国は、吸血鬼を捕まえて、そのコントロールに成功したらしいですよ。それも国一つ滅ぼせるほどの吸血鬼」
「ふっ、フレアのことか!?」ケンイチは叫んだ。
「さあ?そこまでは知りません。ただ、新生ニングスタ王国と敵対してそんな吸血鬼を首都に放たれてはたまらないと、いわゆる本土の高官たちは、怯えきっているそうです」
「なぜ、俺に教えてくれるんです?」
「魔物ブームが終わった後の稼ぎ口を考えなければなりませんからねえ。例えば、混沌の森での商売を大きくするとか。そのためには、有力者の口利きがいりますからねぇ。
どこかにそんな人いないかなあ……と。
商売は、ああ大変だ、大変だ」
そう言いながら、アバヴァーロは、立ち去っていた。
植民地行政府庁舎3階大会議室。
向かい合うように長机が、並べられ、集められた代表者たちが座っている。
一方に座る植民地行政区指導委員会の出席者は、スーツをきていたり、所属機関の制服を着ていたりと、バラバラの服装だ。
向かい合った、もう一方には、ニングスタ王国の出席者が座っている。旧ニングスタ王国軍の正装を継承したモスグリーンの制服で統一され、上座の一人だけが赤色の布地に金モールのついた軍服を着ている。
「このたびは、ヨリヒデ・ニングスタ国王様と話し合いの場を持てたことに感謝しています。
私は、共和国の外務大臣および植民地行政区指導委員会全権大使を務めております、カルキンです」
中肉中背のメガネをかけた中年男性が、立ち上がって自己紹介を終えると、そのまま場を進めていく。
彼の仕事ぶりは無味無臭と評されることで有名であり、害もないが、益もない男だ。
おそらく今回の全権大使も、各国にとっての安全パイとして任命されたのだろう。
植民地行政区指導委員会とは、諸国家の連合機関であり、植民地行政府の上位組織だ。その全権大使ということは、この会議の委員会側では彼がトップとなる。
「カルキン殿と意見交換ができるとは、こちらとしても喜ばしいことだ。
なにせ、本土および植民地行政府と我々の間には、誤解が生じているようだからな」
赤い軍服を着た国王ヨリヒデ・ニングスタは言った。出席者のなかでも一番若い、25歳の青年である。
反乱騒ぎを起こしておいて、誤解もないだろうと、委員会側の出席者たちは思う。が、誰も口には出さない。それどころか、ニコニコと微笑を保ったままだ。
(タヌキどもめ。いずれは処分してやるが、まあよい、今は待つ時だ)ヨリヒデも内心思うところがあるが、そんなことは表情には出さない。
「我々、ニングスタ王国は、人類の永遠の発展と安定のため、委員会に提案を行いたい。
1つ目、ニングスタ王国の承認および、飛竜の巣およびその周辺地域における我々の統治の承認。
2つ目、植民地行政区の中央区を除く、東部・西部・南部地区の王国への編入。
3つ目、対魔族討伐戦争における王国への全面的委任。
以上だ。大局的な視野からぜひ、賛同していただきたい」
ヨリヒデは、そう言うと、羊皮紙に書かれた提案文章をカルキンへ手渡す。
カルキンの笑みは、営業スマイルを浮かべたまま硬直しており、そのまま提案文書を他の委員に回覧する。
「調子に乗りおって!たかが、ろくに人口もいない開拓地一つ奪って、独立した山賊まがいの連中ぞ?
それが、魔族討伐戦争の全面的委任?我々が植民地から得られる利益をすべて放棄しろだと?」
タカ派で知られる委員の一人が、顔を真赤にして叫んだ。
「最初にふっかける手です。落ち着いてください。こんな条件飲めませんよ。これを結んで本土へ帰ったなら、私たちの首は物理的にとんでしまいます」
カルキンは、タカ派の委員にささやく。
カルキンは、場数を踏んでいる。こういった手口には慣れっこだ。
それにしても、あまりにも条件がひどすぎる。ふっかけるにしても、もう少し巧妙にできないのか、外交のできる人材が王国にはいないのか?と思う。
交渉を重ねて、追い込んでいき、王国の自然消滅を狙うのもありかもしれないとカルキンは思った。
「1つ目の条件は、細部は詰める必要がありますが、委員会としても受け入れ可能です。しかし、ほかの2つは認められませんな」カルキンは言った。
「そうか……ヤマオカ将軍、例のモノをお見せしてあげなさい」
ヨリヒデは、パンパンと手を叩く。
ヤマオカが合図すると、下座に座っていた団員の一人が立ち上がり、オーバーを脱いだ。
フリルの多用された黒色のドレスを着た乙女がそこにいた。
「ランスを出せ」ヤマオカは言った。
乙女の周りに、紅色の霧が現れたと思うと、その右手に集まり、ランスの形になる。
委員会が用意した護衛の魔術師たちが、慌てて防御魔法を展開するが、遅い。
「投げろ」ヤマオカは壁を指差した。
乙女は、迷いなく、無表情で、右手を振る。
ヒュッと音がすると、壁に丸い穴が空いた。そして、遅れて室内を突風が襲う。書類が舞った。
「紅色の槍を扱いし吸血鬼、これは”厄災”……ハッタリではなかったのか?」
カルキンは言った。
「ひっ、や、厄災っ!ワシは帰る!カルキン殿、失礼するぞ」
タカ派の男は、口をあんぐりと開けていたかと思うと、次の瞬間には目に涙を浮かべていった。
引き止める他の委員を振り切って、荷物もそのままに、会議室から出ていく。
「一人、退席されたか……ハハッ、余興の刺激が強すぎたのかもしれぬな。これはすまぬことをした」ヨリヒデは言った。
「会場の皆様に説明いたしますと、ニングスタ王国では、厄災の吸血鬼を飼いならすことに成功しております。
対魔族討伐戦争では、敵の本拠地に、厄災を放つことで、敵を瞬時に殲滅する計画を立てております」ヤマオカは言った。
敵とは、魔族のことか、それとも本土諸国家のことか、どちらを指すのか、それともどちらともを指すのか。カルキンたちは互いに目配せする。
「……分かりました、陛下。先程の私たちの発言も余興です、冗談が過ぎました。3つの提案を、委員会としても承諾いたします」カルキンは言った。
「おお、それは重畳。さあ、羊皮紙にサインを。詳細については、後日、事務方で詰めればよかろう。はは、誠に喜ばしい日だ」
ヨリヒデはヤマオカに合図すると、フレアはランスを解除した。
フレアが座ったのを見て、委員会側に安堵の雰囲気が漂う。
カルキンも、ふうと、軽いため息をつくと、羽ペンを握る。
「お待ち下さい!委員長っ!絶対、サインはしてはいけません!」
委員会側の末席から、声があがる。
植民地行政区長官マクレーンだ。
「マクレーン君、慎みたまえ。君に発言は許可されていない」カルキンは言った。
「ニングスタ王国は、すべての人類が結集した統一国家を目指しています!そんな連中の独立を正式に認めるなどっ、力を蓄えた暁には、耐え難い独裁国家が生まれます!」
「黙れっ、小役人がっ!利権に溺れ堕落した植民地行政区長官に、我らの理想の何が分かる!
まったく……金儲けは結構ですが、部下のしつけくらいはしておいて欲しいものだ。それとも、このわきまえなさは共和制ゆえの欠陥か?」ヨリヒデは言った。
「言葉もありません。マクレーンには、指導しておきますので。ここは陛下のご寛恕を」
カルキンはサインした羊皮紙2枚のうち、1枚をヨリヒデにわたす。
「はは、結構。結構。喜ばしい日に、小言を言ってしまうなど、王らしくなかった。
さあ、小事のことなど忘れよう」
こうして、会議は終わった。




