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18 恐怖!殺人吸血鬼!

混沌の森の東側には、森と他の土地を分けるようにラインを引いたような岩石地帯がある。

白みがかった巨石や大小の小石ばかりの土地である。

土壌の質の問題か、それとも気候の問題か、岩石地帯を境にして、森と平地が分けられている。

その岩石地帯の中央部には、標高300メートルほどの山があり、山頂部には街が1つすっぽり入るほどの平地がある。

たどり着くまではけわしい道のりが続くが、空を飛べるワイバーンには関係がなく、そこに本拠地を構えた。

通称、飛竜の巣である。

先日、植民地軍の攻撃を受け、陥落した。


ワイバーン族が消えた飛竜の巣には、植民地軍第3軍団が駐屯している。

後続の補給部隊が到着し、道端には食料や武器が詰め込まれたコンテナが積み上がる。


中央の広場では、祝杯があがり、歓声とともに、酒や食料が配給される。

兵士たちは互いに肩を抱いて、よっぱらい、威勢のよいことを喚く。


酔っ払ったある兵士が、ふと広場の片隅を見た。

1人の美女が立っていた。

「おい、ねーちゃん……」ちょっかいをかけようとした兵士の声は次第に小さくなった。

飛竜の巣までの、道のりは厳しい。訓練された兵士たちの補給部隊がやっと到着したのだ。素人の集まりである商人隊は、まだ到着していない。

兵士と遊んでくれるお姉さんがいるはずない。

よく見れば、貴族が着るような立派なドレスを着ているではないか。


「ねえ、お兄さん?ここで一番偉い人って、どこにいるのかしら?」


美女は微笑む。

杭のように尖り、官能的な魅力を放つ美術品のような白い歯が、唇からこぼれていた。


兵士の握っていた酒瓶が、べっとりした手汗から剥がれるように手を離れ、石畳の地面に落ちて、割れる。

その音に気がつき、視線をやった兵士たちは、皆、固まる。頬をぴくりとさせて、瞬きもせず、彼女を見つめていた。


戦勝ムードにつつまれていたキャンプは、突如、お通夜の雰囲気に変わった。

風に吹かれて小石が、カラカラと石畳の地面を転がる音すら、よく聞こえる。


「おとなしくしておくって言ったけど……サプライズプレゼントしちゃおうかしら?

ダーリンを悩ませていた、この羽虫どもを消せば、熱い夜が待っているに違いないわ!

やっぱり天才ね、私!」


美女は、よしやるぞと準備体操を始めた。おいっちに、おいっちにと屈伸して、手首足首をほぐしている。


兵士たちは、皆、恐怖で動けない。

本能的に分かる。最初に動いた者が殺される。

今の広場には、少なくとも1000人近い兵士がいる。相手はたった1人だ。

数では圧倒している。だが、像の前にアリが何匹もいるというだけだ。


ワイバーン族を、ハンティングゲームのように撃ち殺した頼もしい機関銃さえ、彼女の威圧感の前では、おもちゃにしか感じられない。


「わああっ!」



1人の魔術師が、緊張に耐えられず、機関銃に駆け寄る。かけ声か悲鳴か、分からない声をあげて、魔力を手に集中させ、引き金を引いた。


タッタッッタッッタ……

一流の魔術師が込めた魔力にも関わらず、銃弾は、彼女の服に触れただけでかき消された。


「おもちゃ以下ね……多少は期待したのに、残念ですわ。私たちに喧嘩を売るには早すぎます。人類には、もう一度おしおきが必要なのかしら?」


フレアは、ブラッド・ブレッド・シャワーを、あたりに撒き散らした。

血でできた銃弾の雨は、兵士たちの鎧をあっさりと貫く。


「ぐっ……血、血がとまらないっ!!!!!」


肩を怪我しただけの兵士の傷口から、血が止まらない。シャワーのように吹き出す。

おかしい。普通の出血ではない。


「俺の手が乾いてっ、いや体中がミイラにになるっ!」


活力が失われ、シワだらけになっていく自分の手を見ながら、ある兵士は叫んだ。


小さな傷口から噴水のように吹き出す兵士たちの血がフレアへと集まっていき、紅色の鎧とランスになる。

血を吸い取られた兵士たちは、しわくちゃになって、地面に転がる。身体が干からびた分、ダボダボになった鎧が、地面にぶつかり、カランと音を立てる。


「ダーリン、乙女系装備が好きそうですし、このロングスカートタイプの鎧、喜んでくれるかしら?」


フレアは、三日三晩考えて発明した、多層構造によるロングスカート鎧の形状を調整していると、斬撃が飛んできた。

フレアはバックステップで、なんなくさける。スカートがふわりと浮いた。


「邪魔しないでくださいまし!勝負服の調整中ですのよ?デリカシーのないこと」


刀を手に持った中年の男が、石畳にカツリカツリと、ブーツの足音を鳴らしながら、やってくる。


「化け物め。一瞬で、大隊が壊滅とはな。これでもかと準備はしてきたが、想定以上だ。厄災の吸血鬼伝説は、おとぎ話じゃなかった。

お前たち下がってろ。数では勝てぬ相手だ」


ヤマオカは手をあげて合図をした。


「将軍、ご無事で!」

「ニングスタ王国、万歳!」


兵士たちは口々に将軍へエールを送って、広場から逃げ去っていく。



ヤマオカは刀を構えた。


「あら?あなたは少々おやりになるようね」


フレアは、自らの威圧感を受けて、動じないヤマオカを見て、感心する。これまでフレアと正対した人間は、みな震えていたからだ。


「まあ、関係ないわね」


フレアは、ランスを投擲する。

腕を軽く振っただけであるにもかかわらず、はやい。


「閣下!私が押さえます」


地面から石壁が現れ、投槍を防ぐ。ランスは石壁に衝突して砕け、あたり一面は霧を吹いたように、血の色に染まる。


「キタカタ、すまん!」


キタカタはベテラン魔術師である。その彼の顔が、一撃を防いだだけで、苦痛に歪み、鼻からは血が垂れている。

石壁を維持するのに、よほど無理をしたのだ。


ヤマオカは、キタカタを一瞥すると、部下とともに、石壁の間を進んでいく。




ヤマオカたちの奮闘とは対照的に、フレアは冷めきっていた。


「飽きた。用事を済ませて、そろそろ帰ろうかしら」


フレアは左手でランスを生成しては投げつつ、右手であくびを押さえた。

人間を襲うのは、ワンサイドゲームでつまらない。襲うとしてもよほどイライラした時か、お腹が空いている時くらいだ。

多少、人間にしては歯ごたえのある相手だけれど、大したレベルではなく、がっかりだ。自力でランスの回避すらできないのだから。


「やってきたわね。こちらから動く手間が省けました」


石壁の影から、兵士たちが現れた。

フレアは、気配を感じるまでもなく、ムワッとした男くさい汗のにおいに気がついた。それが、ますますフレアのやる気を削ぐ。ケンイチ以外の男のにおいなど嗅ぎたくはない。


「化け物がっ」


兵士たちは、吸血鬼対策の銀メッキをコーティングした剣を握りしめ、突撃する。ひとつまみ程度の希望を胸にして。


「ワンパターンね」


フレアはブレッドシャワーを散弾のように放つ。

兵士たちは、血の弾丸が体を貫くと、数歩すすんで、剣を握ったまま、前のめりに倒れていく。

だが、その表情は瞳孔が開いた憎しみに満ちた顔ではなく、妙に充実感のある顔だ。なかには、地面に倒れても、笑いながら死にゆく兵士すらいる。

彼らは剣を掲げ、「うおおお」と獣じみた声を発して、前進する。倒れた兵士を踏み、前進し、彼らも倒れ、後続の兵士たちが、踏んでいく。


「……気味が悪いわね。ああ、ヤダヤダ。

ダーリンとの愛を深める時間がなくなっちゃいますわ」


フレアは機械的にブレッドシャワーを、放っていく。流れ作業だ。


「ああ、もうめんどくさい!一気にキメてやるわよ!」


フレアは魔法陣を展開する。ブレッドシャワーの弾幕が一瞬やんだ。

範囲攻撃の魔法に切り替えるつもりだ。


その一瞬の空白を見逃さない人間がいた。


「すまん、お前たちの死は無駄にせんぞ!」


死体の山にまぎれて潜んでいた、全身血まみれになっている男は、フレアに向けて飛びかかる。

ヤマオカだ。


「あら?さっきの指揮官さん?ご苦労さま、でも死んでね」


フレアは、飛びかかるヤマオカに気がつくと、魔法陣の構成作業をしながら、空いている片手に血を集めていく。




ヤマオカは、左手にチョーカーを握りしめている。

チョーカーは、血を何重にも染めぬいており、赤黒くなったベルトには禍々しい魔法陣が描かれている。

小型の機械がベルトに固定されており、魔法陣と連結するかたちでコードが伸びている。

もともと重量感のあるベルトに、岸壁にこびつく牡蠣殻のようにびっしりと機械がついた、そのチョーカーは、人間が身につければ、首の骨が折れてしまうような重さだ。


フレアは、ヤマオカに気がつくと、興味なく、血の弾丸を放つ。

標準に狂いはなく、正確にヤマオカの心臓を狙っていた。

ヤマオカは、使い捨ての防御魔法陣を展開し、攻撃を受け流す。術者でなくても使える簡易的な魔法だ。

もし、フレアが魔法陣作成の10分の1でも注意を向けていなら、簡易魔法陣など意味をなさず血の弾丸は防御魔法を貫いていた。


ヤマオカは、第一の賭けに勝った。


彼は、チョーカーをフレアに向けて投げる。フレアはヤマオカを見ていない、雑魚は眼中にないのが裏目に出た。


第二の賭けに勝った。


熟練の戦士の技量と、チョーカーに備わった半自動装着装置のおかげで、チョーカーはフレアの首に巻き付いて固定される。

ベルトに刻まれた魔法陣が紫色の妖しい光を放ち、機械のランプが点灯する。


ここにきて、フレアも異変を察知する。


「なっ、なによ。これ!?」


フレアはしばらくチョーカーを引きちぎろうと暴れたけれど、次第に、発する声が言語ではなくなっていき、動物のうなり声になる。

妖しく光っていた瞳からも輝きが失われた。

暴れるのもやめて、全身から力の抜けた状態で、立ちすくんでいる。


それを見たヤマオカは、額に流れる汗を拭くと、ふう、と安堵の息を吐く。

緊張のあまり気が付かなかったが、全身打撲しているし、出血している箇所も多い。立っているのがやっとだ。


「軍団長、ご無事で!」


副官のキタカタが、ワンドを杖代わりにしてふらふらとやってくる。顎からジャケットにかけて、大きな血のシミがついている。限界を超えて魔法を発動した代償だ。


ヤマオカは、キタカタに手を挙げて返答し、ゆっくりと口を開く。


「すべての準備は整った……」




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