11 なんだってえっ!
お開きしようとしていた会議の雰囲気が、突如、怒気を含んだものに変わる。
「ワシらが死んでしまうだと、小僧?」サンダーが言った。眉間にシワを寄せ、不快だと示している。
「見ろ、この資料を。上位層の魔法使いに変わった点はないが、下位層の魔法使いの死亡率が以上に高い。それも、魔族だけに限定されている」
ケンイチは、シェフィの配布資料を見て言った。
「それがどうした。今は戦いの世、弱きものが淘汰されるのは魔族の宿命であろう」
サンダーは、ふんと鼻を鳴らす。
「サンダー殿、あんたさっき、みかじめ料をとってある種族間で、争いは生じていないといったよな。
なら、どうして、魔族の魔法使いの死傷者が急増しているんだ」ケンイチは言った。
「ぬっ、それは分からん」
「あんたらの勢力圏に属してない、魔族がダメージを受けているんじゃないのか?
俺はフレアとお付き合いするまで冒険者として働いていた。すでに混沌の森周辺部の魔族は討伐されている。
魔族のいなくなった土地には、人間たちが住み着いている」
「それが、竜人族に関係あるのかね?ワシらの配下にいない魔族のことなど面倒みきれんよ」
サンダーは興味もないと吐き捨てた。
ケンイチは、アヴァーロからもらった書類をめくる。
そして、あるページを開いた。
「このページを見てみろ。ワイバーン族とデモニク商会の取引記録だ」
デモニク商会とは悪魔族最大手の商会であり、アヴァーロが会長をしている。悪魔族は領地経営よりも、商業的活動をメインとしている。
「ワイバーン族というと、竜人族第一の忠臣であるな」
身内の名前を聞いて、サンダーはやっと興味を示す。
「人間が、混沌の森への勢力拡大に乗り出した時期を境に、急速に取引規模が縮小している。最近は、モノを買うどころか、借金を始めている。利息の支払いも滞りがちになっているな。
俺の見立てだと、ワイバーン族は混沌の森周辺部の勢力から、みかじめ料をとっていたのだろう。その諸勢力が滅びて、経済的基盤を失った。
竜人族の配下には死傷者はいないが、配下の配下、いわば孫請けはひどい有様のようだ」
ケンイチは、書類に目を向けながら、事務的に言った。
「アヴァーロ!なぜ、ワイバーンが貴様から金を借りていることを教えない!ワイバーン族を裏から乗っ取るつもりか!」
サンダーは顔を真赤にして、アヴァーロを睨みつけた。
「はて?こちらの書類で情報はお渡ししていますよ。そのプライドの高さからくる傲慢さで書類を読みもしない、そちらが悪いのでは?
公正公平な取引です。竜人族に首を突っ込まれる筋合いはありません」
アヴァーロは顔色変えずに言った。
「アヴァーロさん、あなたの商会の保有資金も減ってるではありませんか。人間相手の商売では、悪魔族は締め出されているようですし。
やはり、騙す相手である魔族が消える困るのでは?」
ケンイチは書類をめくりながら言った。
デモニク商会、意外と、情報公開はしっかりとしている。
法令ギリギリのあくどいことをするが、けっして違法行為はしない、一番タチの悪い企業だ。
「ご存知かと思いますが、人間は混沌の森への侵攻作戦を計画しています。混沌の森で人間の勢力が拡大すると、竜人族も悪魔族も困るのでは?
竜人族の手足であるワイバーン族が衰退すると、本体である竜人族の影響力も落ちる。
顧客を失うデモニク商会は、さらに経営が苦しくなる」
「ワイバーン族が、悪魔どものカモにされるのは心苦しい。不本意ながら、支援しようケンイチ殿。
ただ、くれぐれも横にいる悪魔には気をつけることだな」
サンダーは横目でアヴァーロを睨みつけながら、言った。
「クククッ、ケンイチ殿、ただの媚び売り上手かと思えば、サンダー殿を引き入れるとはなかなかやり手で。フレア殿なら、赤バラの館周辺が無事なら他はどうでもいいと言っていたと思いますが、あなたとなら建設的な取引ができそうです」
アヴァーロはそう言って手を伸ばしてきた。つくり笑顔がうさんくさい。
ケンイチも手を伸ばして、握手する。
「アタシは関係ないね。そろそろ帰らせてもらうよ」
シェフィは席を立つ。
「この前、フレアとお散歩デートしてたら、少し不思議な場所を見つけましてね。森の北の外れに、妙に整備された湖があるんですよ。
フレアに聞いたら、貴重な精霊がいっぱい住み着いているなと言ってましたけど。
人間に教えたら、飛んで喜ぶかもしれませんねえ。フレアが気まぐれで、隠蔽魔法を壊して見つけたんですけど。今なら、人間でも見つけられますしねぇ」
ケンイチは独りごちた。
シェフィは、振り返り、ケンイチを睨みつける。目を大きく開いて、こめかみには青筋が立っている。
「死にたいのか?あれはアタシのモノだ」
「他人のシマに、自分の研究施設を作っておいて、自分のモノだと主張するんですか。フレアが聞いたら、暴れるかもしれませんよ」
殺気に当てられて、ケンイチのパンツはぐっしょり濡れている。ひざの震えがとまらない。膝の皿も割れるどころか粉末になっていそうだ。
だが、ここで引くわけにはいかない。
フレアは確かに強い。A級やB級冒険者を瞬殺したことからして、圧倒的な個人的武力を誇る。
だが、ケンイチは1年間冒険者として過ごして感じていることがある。
人間側は急速に技術力を向上させている。
かつて、猛獣にかなわなかった人間は武器を発明して、猛獣たちを狩れるようになった。
それと同じ現象が、現在進行中であるのだ。
人生初彼女(大好き)のフレアを死なせるわけにはいけない。フレアの心配をする前に、ケンイチが死にそうではあるけれど。
「アタシを脅すつもりか?決めた。お前を殺す」
シェフィは、手をかざしたかと思ったら、手のひらにエネルギー弾ができている。発動スピードが早い、魔法というより、能力バトルっぽい。
「おう!殺せ!ここで引いたら、近い未来にフレアが死んじゃうんだよ!死にたくないけど、死なせたくないんだ」
ケンイチの股間からは、ダムのようにドバドバとお小水が漏れている。口をぱくつかせながらも、はっきりと大きな声で言った。
媚び続けた異世界生活だ。どうせ死ぬのなら、最後くらいは、格好をつけさせてもおう。
(説得失敗か。脅すのは流石にやりすぎたか。せっかく可愛い彼女ができたのに、すぐ死ぬのかよ)
シェフィが手を動かす。エネルギー弾が手のひらを離れるのが見えた。
ケンイチは、目をつぶった。この威力だ。楽に死ねるだろう。
媚び売りスキルは発動してくれない。ツッパリ気分のときは、発動してくれないらしい。役に立たないスキルだ。
「誰が、近い未来に死ぬって?とんちんかんなこと言ってんじゃないわよ」
声が聞こえた。
ケンイチはゆっくりと目を開ける。
すると、ケンイチの目の前、鼻と鼻がくっついてしまいそうなほど、近い距離でフレアがいた。
「フレア、エネルギー弾をくらって大丈夫なのか?」
「んっ?ああこれ?」フレアはドレスに空いた虫食い程度の穴を見つける。かわいい。
「くっ、相変わらずの化け物吸血鬼がっ!」シェフィは言った。
「ご飯食べてないの?そんな貧相な身体をした魔法使いに負けるわけ無いでしょ」フレアは言った。
「きいいいいい!!!アタシ帰るから」
シェフィは帰還魔法を唱えるが、フレアが割り込んで魔法をキャンセルする。
「彼氏が先にできたの、悔しいんじゃないの?」フレアは勝ち誇った顔で言った。
「別に悔しくなんて無いから!アタシは魔法の研究が忙しいだけだから」
「あのレア精霊がうじゃうじゃいる湖、私とケンイチの釣り堀デートに使われて、根こそぎ精霊を取り尽くされたくなかったら協力しなさい。……協力しないなら、ケンイチに手を出したお礼をさせてもらおうかしら?」
フレアはいつの間にか、真紅のランスを手に持っている。
負けじとシェフィも魔法書を取り出すが、後ろをチラチラと見て、逃げ道を探してる。
シェフィは、出口側にさりげなく動こうとするが、進路方向の壁にランスが突き刺さった。
赤い霧が集まって、フレアの手に新たなランスが握られる。
それを見て、シェフィはため息をついた。
「分かったわよ。協力するわ。
ただ、あくまでもアンタに脅されたんじゃなくて、研究施設を森に置いているお礼として、働くだけよ。そこのところ、よく分かっておきなさい!」シェフィは、半泣きになって言った。




