《9》
俺とマナブが小さかったの頃は、デパートや商業ビルの屋上には大抵ゲームコーナーや昆虫ショップ、ガーデニングショップなんかがあった物。
子供だった俺たちにとって、百円玉五枚を握り締めて歩くデパートの屋上は、某夢の国に負けずとも劣らない『遊園地』のような場所だった。
しかし近年は維持の大変さや、家庭用ゲームの普及なども相まって需要が減り、全国でも数える程しか残っていない。
ラジ館屋上のゲームコーナーと釣堀は、今では希少な生き残りの一つだ。
皮面がバリバリになったスポンジハンマーがぶら下がるモグラ叩き。
一定スコアを達成すると景品が出てくる落ち物ゲーム、ピンボール。
コインを弾いてゴールを目指すメダルゲーム、etc……。
何故だかたまに、無性にやりたくなったりする。
「ちょっと、離しなさいよ⁉」
「コラ! 暴れんな⁉」
「抵抗しても無駄だぞ‼」
屋上に出るなり、通気ダクトの出入り口で揉め事が起きているのが目に入った。
どうやら海保隊員の二人組が、ダクトからノコノコ出てきたダイバーをひつ捕まえたようだ。
声からして、相手は女性ダイバー。
かなり抵抗しているらしく、周囲にはギャラリーが集まり騒然としている。
(まさか、マナブか⁉)
居ても立ってもいられず、普段なら間違いなく敬遠するであろう揉め事の中心へ飛び込む。
時間を忘れ、ギリギリまで粘っていたマナブ自身も悪いが、そうなる事を予測しておきながら直ぐに迎えに行かなかった俺にも責任はある。
「マナブ!」
人だかりを押しのけて、海保隊員の背中越しにマナブの名を叫ぶ。
途端にざわめきが静まり、俺の声に驚いた隊員の一人がその場からたじろいだ。
ところが、床に組み伏せられていた女性はマナブではなかった。
警察で日々鍛えている筈のマナブとは似ても似つかぬ、だらしないダルマの様な体型で、年齢も俺とは一回り以上は違う。
髪型も顔も見たこともない、まったく赤の他人だった。
「な、何だ君? この人の知り合いか?」
完全な勘違いに唖然として固まっていたが、女性を捕まえていた隊員の困惑した声で我に帰った。
それと同時に、自分が物凄い人数に注目されている事に気付き、猛烈な恥ずかしさに襲われる。
「あ、いや…、ゴメンナサイ…、ヒトチガイデシター⁉」
『顔から火が出そう』とは正にこの事、俺は全速力でその場を離れた。
鏡を見たら、間違いなく耳まで真っ赤になっているに違いない。
無精髭男が焦り倒し、年甲斐もなく大声を上げた挙句に盛大な勘違い。
ギャラリーの中には端末で動画をとっている者も居たし、間違いなくSNSでおもちゃにされるだろう。
「…あれ? そこに居るのはぁ…、もしかしてガッ君?」
どれくらい時間が経ったか。
聞きなれた声がしたのは、羞恥心のあまりに物陰でうずくまっていた、そんな時だった。
灰色のスニーカーに紺のチノパン、分厚い白のフードパーカー。
灰色帽子から好き放題に伸びるボサボサ髪をツインに結び、ビンの底かと思わんばかりの分厚い眼鏡をかけた童顔の女性。
傾き始めた日を受けて立っていたのは、こんどこそ間違いなく俺の片割れ。
平賀 学だ。
「ど、どうしたの? そんな植木鉢の陰に隠れて?」
「ま、マナブ⁈ 今までどこに!」
「え、どこって…、更衣室だけど? 流石にウェットスーツのままウロウロするほどマニアックな趣味はないよぉ」
「なら、何で散々連絡したのに応答しない⁉」
「え⁇」
マナブはキョトンとしてタブレット端末を取り出し、画面の電源を入れる。
「あら、ホントですな。サイレントモードでバイブも切ってたから、全然気がつきませんでしたー。あはははー」
特に悪びれる様子もなくヘラヘラと笑うマナブ。
元はといえば、お前がちゃんと連絡に出ればこんな大恥をかかずに済んだというのに、人も来も知らないでよくもまぁ笑っていられる。
一瞬思いっきり怒鳴ってやろうかと思ったが、怒りを上回る呆れに何だか眩暈がして、立ち上がる気力すら湧かなかった。
「ホントに大丈夫?」
「何でもねぇよ…」
『便りがないのは無事な証拠』という言葉があるが、もう二度とマナブの心配などしてやる物か。




