《6》
はたして【旧・マンセイ橋】方向からやって来たのは、事件事故などに出向いてくる『水上警察』の、それも大型装甲船だった。
白黒モノトーンのボディには『地球警察機構』を現す、地球の上に桜の花を重ねたイラスト。
船橋の上部には暴徒鎮圧用のデカくて強力な放水銃が備え付けられ、船縁にはなんと武装した機動隊がズラリと並んでいる。
もちろん装備しているのは殺傷能力はない安全な銃だが、撃ちだされる弾丸は魔術によって《超圧縮された空気の弾丸【エアーシェル】》。
当たれば大の大人でも軽々吹き飛ばされる代物だ。
『コチラは『地球警察機構 アキハバラ支部』である‼ また貴様らかハーモニック隊⁉ アキハバラでのパフォーマンス行為は一切禁止だと何度言えば解る‼ 今日という今日は、もう勘弁ならんぞッ‼』
装甲船が光愛ビルに横付けするなり、船首に立った機動隊員の一人が拡声器を使って怒鳴り散らす。
他の隊員たちが目だし帽にゴーグルを付け、『A・P・D』のロゴの入ったヘルメットなのに対し、隊長格と思われる彼だけは素顔で無地のヘルメット。
ロゴは着ている厳つい赤ベストの背中に大きく入っている。
「おいおい…。許可取ってないとはいえ、たかがライブ活動だぞ?」
いくらゲリラライブの常習犯相手とはいえ、武装した機動隊が出向くとは随分と高圧的だ。
確かに現在のアキバでは、無許可のパフォーマンス行為が法令で禁止されている。
そもそも申請したところで、承認される事はまず無いが…。
今でこそ緩くなってきたが、俺とマナブが子供の頃はコスプレ姿で街中を歩く事はおろか、リュックサックからポスターなどの長物が飛び出しているだけでも警察には職務質問を受け、これで工作用のハサミやデザインカッターでも出てこよう物なら、交番へ連行される程に厳しい取締が行われていた。
だがかつての---と言っても精々十五、六年前までの---アキバは水路上のあちこちで歌や踊り、コスプレなどを披露するパフォーマンスの場としても有名だった。
ステップアップを目指す素人やアマチュア、既にプロとして活躍する者まで。
幅広い層のリアルな交流と修行の場としての役割を担っていて、実際にこの街からプレデビューを果たした者も少なくは無い。
アキバが世界的に注目されるきっかけになったのも、そのアングラ的雰囲気に魅力が見出されたからだ。
それを徹底的に取締り、毎日がお祭りのようであった街の魅力を潰す事がアキバにとってよい事なのか?
…と、規制が始まった当初は反発も多く、俺自身も疑問、というより憤りに近い物を感じてはいた。
しかし大人になり『社会』という物を理解するに従って、一概に否定も出来なくなった。
『盛り場』という場所は、良くも悪くも様々な思惑を持った連中が集まってくる。
思い返せば大なり小なりトラブルも決して少なくはなかった。
好いた好かれたなどがエスカレートして、世間を震撼させるような刃傷沙汰があったのもまた事実だ。
寂寥感はあるが事態を重く見た警察と自治体が、一定の規制を設けたのも仕方がないのかも知れない。
ある程度の『秩序』は必要なのだ。
……とはいえ、やはり機動隊はやり過ぎだとは思うが。
『やーやー、警察の皆々様! 今日もお勤めご苦労様です! お待ちしておりましたよー! 皆さーん、私達のアキバを日夜護ってくれる、お巡りさん達がやって来ましたー!』
奇妙な事に、警察を前にしたハーモニック隊の面々に焦る素振りがまったく見られなかった。
その態度は『危機』を感じているというより、むしろ『嬉々』としている。
ファン達の反応もどこかおかしい。
ライブを妨害されないように追い返そうとするどころか、サイリウムを振って口々に警察の登場を歓迎しているではないか。
これには機動隊員たちも満更ではないらしく、伸ばした背筋を丸まり照れている様子。
そんな隊員たちを見て『照れとる場合か、新人どもーっ⁈』と拡声器持ちは地団駄を踏んでいる。
どうにも状況と対応が噛み合っていないチグハグとした光景だ。
『さてさて? ようやく役者が揃った事だし、そろそろ一曲目行ってみよか⁉ ゼリー、オカちゃん準備はOK?』
アビーの問いに、二人のメンバーは言葉ではなくそれぞれの楽器を盛大に鳴らして答えた。
彼女は笑って頷くとマイクを握りなおし、右足でリズムを取り出す。
それに合わせてファン達も手拍子を始めた。
まさか、本気でこのまま演奏する気か?
『良い訳ないだろ! えーい、阿呆どもいい加減にしろ⁉ 何時までも腑抜けてないで、構え!』
当然ながら、警察がそれを黙って許す訳もない。
号令と共に気を取り直した機動隊が銃を構え、更には巨大な放水銃が土台ごと右回転。
ステージ上の三人へと狙いを定める。
『それでは道行く皆さんも聞いちゃってください‼ ハーモニック隊、その始まりの曲『Are you ready? It's a show time‼』』
『させるか! 一斉放水開始ぃ‼』
アビーによる曲名の宣言とほぼ同時に、装甲船から物凄い勢いで放水が始まった。
「うぅわ~、マジで撃ったよ。エグいな警察…」
「ガク、もう少し下がった方が身の為だぞ」
「へ? ・・ブオッ!」
ジョーンズの声に振り返ろうとした次の瞬間、俺は右半身に強い衝撃を受けて呆気なく吹っ飛ばされた。
幸いジョーンズの屋台を背にしていたのでカウンターの下に転がれたが、危うく真冬の海にドボンするところだった。
「…って寒⁈ な、何だ⁈」
しかしどういう訳か、海に落ちていない筈なのに全身ずぶ濡れになっている。
真冬の冷風に体温を一気に奪われ、全身がガクガクと震えてしかたがない。
「ハーモニック隊が警察に敵視されている最大の原因はコレだ」
カウンターの上から、大きな紙コップを持つジョーンズの手だけが伸びてくる。
中身はトマトをベースにして様々な豆や肉などを入れた熱々のピリ辛スープ。
ケバブと並ぶこの店の人気メニューだ。
寒い時にはピッタリのスープで、どうやら俺がこうなる事を予想して準備してくれたらしい。
俺は受け取ったスープをやや強引に流し込んで体温を復活させた後、何が起こったのか確かめる為にカウンターから這い出した。
「な、何なんだコレ…」
なんと不思議な光景だ。
アキバの街中を、数多の水の塊が縦横無尽に飛び回っている。
それらが海面や建物、船舶、そして見物人に次々とブチ当たり、あちらこちらで悲鳴と水しぶきを上げていた。
どうやら俺は、その内の一つに当たったらしい。
そんな阿鼻叫喚の外側とは対照的に、屋台の中にいるジョーンズは極めて冷静。
飲み物片手に、一仕事終えた一服タイムに入っていた。
「ジョーンズさん、何なんすかこの水⁈」
たまに飛んで水に二度と当たるまいと回避しつつ訊ねると、ジョーンズは金属製の赤いコップを口に近付けたままライブステージの方を指差した。
そこには大量の水をひたすら放水する装甲船と、ゼリー&オカザキペアによるアップテンポの曲に合わせて楽しそうに熱唱するアビー。
そして激しい水しぶきや波にも負けず、コールやヲタ芸を披露するオタクたちの姿が。
ただ問題なのは、装甲船から盛大に撃ち出された水の行方だ。
船から発射直後の水は確かに一直線に飛んでいるが、ステージの一、二メートル手前に迫った所で水流が急カーブ。
ベクトルがねじ曲がり、枝分かれした水が四方八方に飛び散っている。
「ハーモニック隊の演奏を妨害することは誰にも出来ない。彼女達の歌には《対象の移動を変更させる魔術【シフトチェンジ】》が込められている。放水は勿論、催涙弾だろとゴム弾だろうと『歌魔術』の力で全て弾き飛ばされる。ただ歌を増幅させているスピーカーが『魔術装置』なのか、それともヴォーカルのアビー自身が『魔術師』なのかまでは目下調査中だ。何にしても、その有効範囲はせいぜい五、六メートル前後と見ていいだろう。範囲外に出た物はコントロールを失い、周囲に撒き散らされる」
「め、迷惑この上ねぇ…」
「そうだな。…だが、そこが良い」
ジョーンズはコップの中身を飲み干したのか、おもむろに立ち上がるとエプロンを外し、戸棚から何やら布を取り出す。
それは今まさに、ハーモニック隊の足元でお祭り騒ぎをしている『団員』たちと同じカラフル半被だ。
「‥行くんすか?」
「当然だ。団員たる者、放水程度で臆する訳にはいかない。どの道、今日はもう商売にもならんからな。これはマナブに渡してやれ。いつものだ」
ジョーンズは法被を羽織ると、口を縛ったビニール袋を俺に差し出す。
受け取ってみると暖かいそれは、持ち帰り用のケバブサンドが入っていた。
この目や喉にくる刺激的な香り、中身は間違いなくマナブの好きなビーフマシマシ激辛ケバブこと『マナブスペシャル(マナブが命名)』だろう。
「代金は?」
「ツケておく。‥あと、そのスープ代も有料だ」
「げっ! おごりじゃないんすか…」
「当然だ」
しぶしぶ俺が差し出したスープ代を受け取ると、ジョーンズはハチマキを巻き、半被をたなびかせて歩き出す。
飛び交う水の中を怯むことなく進む彼の後姿は、さながら歴戦の戦士のようだった。




