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水没都市のオタク市場(初版  作者: 335遼一
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4/11

《4》

 アキバと聞くと、大抵の人はサブカルチャー、特にアニメや漫画、ゲームなどのメッカというイメージが強いだろう。

 しかし、アキバにはもう一つの顔がある。

何を隠そうアキバは、知る人ぞ知るファストフードの激戦区でもあるのだ。


 舌の肥えた、何かにつけて言及したがる我々オタクたちに認められなければ、この街で店を維持する事は難しく、逆に言えば、切磋琢磨を重ね、鍛えられたアキバグルメに外れはまず無い。


 マップ一号館ビルの屋上から伸びる橋を使って隣のビルに移動する。

 マップビルと比較して高さは二倍ほどあるガラス張りのこの建物は、元々大手不動産会社の賃貸オフィスだったらしい。

 現在は水没していない上層階が改装され、飲食店やメイドカフェが立ち並ぶ飲食店街となっている。


 内部に足を踏み入れた途端、空腹感を刺激する香りが一気に鼻腔をくすぐってきた。

 13時のタイムリミットを前に、下層の水没区域、あるいは外から直接ビルに入ってきたオタクダイバーで飲食エリアは賑わっていた。

 店先にズラリと並べられた新旧様々な潜水具には盗難、紛失、そして混乱防止のために一つ一つにカラフルなタグが付けられている。


 全身に着込む骨董品レベルのスーツ型から、最新型の小型ボンベを背負うタイプまで、まるでダイビンググッズの展示即売会のようだ。


(ラーメン…、カレー…、は並んでたらかなりの時間になりそうだし、ガッツリした飯はマナブと合流してからにするか。とはいえアキバまで来て、家の近所でも食えるハンバーガー屋ってのもなんかなぁ…。ここは軽めでアキバらしい奴にするか)

 人の間を縫うように歩きながら小型タブレット端末を取り出し、とあるドネルサンド屋のホームページにアクセスする。


 ドネルサンド---ケバブと言った方がお馴染みだろう。

 回転軸に串刺しにされた肉塊を回転させながら焼き、焼けた部分から削ぎ落として、野菜と共にピタパンと呼ばれるパンに挟んだサンドイッチのような料理だ。

 元々は海外の中東地域に伝わる郷土料理らしいが、手軽さとハンバーガーともサンドイッチとも違う味わいが大人気となり、アキバを代表するファストフードの一つとなった。


 さて目的のケバブ屋だが、この店は『屋台船』という形でこの水没都市を周遊しながら営業している。

 所在が曜日や時間ごとに変わるので、サイトで現在位置を確認しながら行動しなくてはたどり着けない。


 幸いなことに今の時間は、このビルを真っ直ぐ抜けて【旧・カンダ明神通り】を跨いだ【カルチャーズビル】周辺で営業しているようだ。


 ケバブ屋のより正確な位置を確認しようとした、その時だった。

 不意に『ブルンッ!』という大きな音と共に、水が巻き上げる音がした。

 視線をタブレットから前に向けると、ガラスが取り外され巨大な枠だけとなった窓の外。

 両側にスクリューの取り付けられた足場に向かって、周囲の人たちが走り出している。


(やべ、乗り遅れる!)

 あの足場は水中に設けられたレールを信号に従い一定間隔で行き来する自働装置で、一度対岸まで行くと往来する船舶が通過しきるまで戻っては来ない。

 ましてやココは交差点だ。

 特に交通量が多く、逃すと最低でも五分以上は待たされる事になる。


 たまに船を避けて深く潜水し、泳いで渡ろうとする猛者も見かけるが、装備無しでの潜水はかなり危険な行為だ。

 何よりこの寒い季節、ダイビングスーツも無しに入水しよう物なら、良くて風邪、最悪ショック死しかねない。

 流石に、そこまでのリスクは犯したくは無い。

 が、この寒空の下でタバコもなしに待たされるのも御免だ。


 マナー的にはあまり宜しくないが、ココは周囲に便乗して俺も既に動き出していた足場へと飛び乗った。


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