《2》
【承】
年に二回の一大同人イベントを間近に控えた、寒々しい空気漂う真冬のアキバ。
足元の海藻とフジツボのような生物が群生する外壁に、やってきた大波がぶつかり、弾けた。
それは今まさに目の前を往来する、船尾に簡素なエンジンを取り付けた無数のボートよってもたらされた物だ。
跳ね上げられた冷たい海水の飛沫から紙タバコを護るため、後ろに向き直り、柵を背にして空を見上げる。
ジェット機か、はたまた高速飛行船か……。
轟音と共に空へ無数の雲が次々引かれていく。
そう言えば少し前から何処かの国が主催して、飛行機器を使った国際エアレースが開催されているらしい。
なんでも世界全土を又にかけたレースで、それだけのために『空中都市』を始めとしたいくつもの浮遊施設が建造されたと言うから恐れ入る。
ココ最近は物騒な事件も無く平和続きの為、新聞もネットもそればかりを大々的に報じている。
本当の大地が水没した中でも人々がまともに生活し、そんな前代未聞なことが出来るのも、ひとえに魔術科学の発展と地球外文明との交流が盛んになったからこそ。
まったく、技術革命様々だ。
何となく飛行機雲に併走するように漂う紫煙を見つめていたが、タバコの灰が顔に掛かりそうになったので顔を正面に戻した。
電子タバコが大多数を占めている昨今だが、個人的にはやはり直火で炙られるタバコの香りや味に勝るものはない。
懐古的発想とも言えるが、事実そう思う奴が俺以外にも居たからこそ、紙タバコのみならず、パイプタバコなども廃れる事はなかったのだろう。
タバコの灰を携帯灰皿に落としつつ周囲を見ると、建物の屋上同士を、もしくは窓と窓を繋ぐ橋――『橋』とは名ばかりで、長めの金属板を適当に継ぎ接ぎにして《物体固定の魔術【ソリッド】》を施し、両脇に海への転落を防止する柵を備え付けた簡単な構造物――の上は、到着した時よりも多くの人で溢れかえっていた。
転落防止柵にトコロ狭しと、無許可で縛り付けられまくった看板群を眺めて立ち止まる人と、隣の建物に移動しようとする人が入り混じり、更にはランチタイムに突入したことが、身動きが取れないほどの大渋滞を引き起こしているらしい。
様々な人種、言語が飛び交い、ニホンであってニホンでない異国の様な独特の空気感。
この『カオス』としか形容できない光景こそ、正にアキバの風物詩と言えよう。
『機械部品各種取り扱い (ビンテージ真空管入荷!)』
『中古HDD、SSDあります』
『メイド喫茶バニーハウス この先三五〇m』
『アキバに来たならカレーを食え! 本格カレーの店【ライス・フェス】』
数多ある看板の中で一際大きく、周囲からも注目を集めている物がある。
そこに踊っているのは『スキューバー用品取り扱い、レンタルあり』の文字。
初めてアキバを訪れた一般人や観光客の多くは、コレを疑問に思う事だろう。
『どうしてアキバに来て、わざわざ海に潜る道具を揃える必要があるのか?』と。
もっとも、このアキバが『水没都市』であると熟知している俺たち『オタク』にとってすれば、潜水するのは極めて当たり前な事。
街の要所要所に設置されたフリーペーパーの観光MAPに書かれている言葉を引用するならば『真のアキバは水底にあり』だ。




