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「テレビや新聞の報道でも、水増し騒動の初期に取り上げられたのは、掛布高校の名前だけだった。異常な水増しをしている、といった内容だった。コメンテーターが「掛布高校の水増しっぷりは、お寒いギャグの領域ですよ」と笑いながら評した。そして、その時点では、ほかの高校や予備校の名前は挙がらなかったのだ」
「マスコミは、ほかの高校や予備校の水増しも把握していたんですよね?」
「完全に把握していた。掛布高校以外にも、酷い水増しをしている学校や予備校が多数あったとな。具体的な校名までも把握済みだった。だが、様々な圧力があったのだ。天下りの問題など、複合的な要素が絡んでいたのだ」
「政治的な圧力ですね。マスコミも天下りの役人が大勢いますからね」
「食品偽装問題と同じだ。みんなやってる、どこもやってる、定期的に話題になる、一番最初に名前を挙げられたところが一番叩かれる、ほとぼりが冷めてからどさくさに紛れちまえと自主申告が一斉に始まる。掛布高校が徹底的に叩かれた後、ようやくほかの校名が一斉に報じられたのだ。ニュースなどで、数百の高校や予備校の具体的な名前が挙がった。だが、一校一校の名前は、人びとの記憶には残らなかった。水増ししていた高校や予備校が多すぎたのだ。あまりにも多すぎて、世間の記憶に残ったのは「掛布高校とその他大勢」という構図だけだ」
「「掛布高校とその他大勢」ですか。教育関係者の目論見は成功ですね」
「大成功だった。だが、掛布高校からすれば困った事態だ。自業自得な部分があるとはいえ、自分ひとりだけが笑いものになったからな。世間によるリンチだ」
「掛布高校の名を聞いただけで、だれもが避けて通りますよ」
「そうだ。掛布グループが最初に困った事態は、在校生とのトラブルだ。当然の成り行きだが、在校生や保護者は激怒した。みなが掛布高校の宣伝を信じていた。いい大学へ進学できると信じていたのだ。それが裏切られたのだ。転校する生徒が相次いだ。報道されたあとの一ヶ月間に、全生徒の半分が転校するほどだった」
「掛布高校の在校生の総数は六百人でしたよね。つまり、一ヶ月のあいだに三百人が転校したと」
「その後も転校する生徒が相次いだ。結局、残ったのは百人前後の生徒だけだった」
「高校存続の危機ですね」
「次に困った事態は、掛布高校への入学者の激減だ。毎年、二百人前後の生徒を確保していたのだが、水増し報道後は十人未満になったのだ。入学希望者が一桁だったのだ」
「私が生徒だったならば、水増ししていた校なんて選びませんよ。もし希望したとしても、保護者が大反対するはずです。まっとうな人は、そんな校とは関わりたくないですよ」
「その数少ない入学者も、トラブルを抱えた生徒だけだった。素行不良や不登校など、普通の高校に進学するのが困難な生徒だけだった。学力的にも問題があるし、校風も悪化してしまうだろう。普通の高校は受け入れたがらない生徒たちだ。もちろん、掛布高校としても、入学して欲しくないタイプの希望者だ。普段ならば、入試や面接で落として終わりだ。それでも、問題生徒を受け入れざるを得なかったのだ。それほど経営は悪化していたのだ。これは後々、沖縄サンフラワー高等学校と、三波学園に繋がる。だが、少し後の話だ」
「様々な面で繋がっているんですね」
「生徒の激減に続き、さらに困った事態が発生した。裁判が起きたのだ。合格者水増しの件で、生徒から民事訴訟を起こされたのだ。裁判を起こしたのは、水増し当時に通っていた生徒はもちろん、過去に通っていた生徒からも訴えられたのだ。掛布高校に通っていた生徒たちによる集団訴訟にまで発展した」
「生徒からすれば、掛布高校の水増しは詐欺ですからね。裁判も起こしたくなりますよ」
「裁判は生徒側が勝訴した。掛布高校側は全面的に敗訴したのだ。最初から掛布高校側に勝ち目はなかった。裁判でも、賠償金の多寡を争点にしていたほどだ」
「お金だけでは解決不可能な部分もありますよね。時間を戻したり、勉強のやり直しは無理ですよ」
「そうだ。どんな物事でも、金だけで補償することは不可能だ。だが、金だけで補償できない物事は、それを金額に換えて、最終的には金で補償するしかないのだ」
「賠償額が高く付いたと」
「非常に高く付いた。生徒の人数が多かったし、掛布高校の宣伝の酷さもあった。それでも、賠償額だけならば持ちこたえられたのだ。それ以上の困窮に陥ったのだ」
「どんな問題ですか?」
「信用を失ったのだ。信用の喪失は、掛布高校だけでは終わらなかった。掛布の名を冠したすべての教育機関は、掛布高校と同じ末路を辿ったのだ。掛布小学校、掛布中学校、掛布予備校、掛布大学のすべてで、生徒数の激減、裁判での敗訴が相次いだ」
「経営も悪化しますね」
「一時的な赤字ならば耐えられた。あとから挽回すればいい。だが、信用を失ったのが痛かった。信用というものは、短期的には回復しない」
「信用とは、ひとつひとつの積み上げですからね。手間も時間も必要です」
「掛布グループの経営は悪化の悪循環だった。少子化や不景気などで、ただでさえ悪かったのに、一連の事件が追い打ちしたのだ。金の回りは非常に悪くなり、宣伝は激減し、生徒も激減し、収入も激減、さらに金の回りが悪くなった」
「経営が成り立たないレベルですよ」
「本当に成り立たなくなった。真っ先に倒産したのは、掛布予備校だ。予備校業界は競争が激しかった。次は、掛布幼稚園が潰れた。次いで、掛布小学校、掛布中学校、掛布高校が同時に廃校となった」
「残されたのは、掛布大学だけですね。そこも時間の問題でしょうけど」
「掛布グループは滅亡の淵に立たされたのだ。起死回生の手段が求められた。そして、窮余の策を考え出したのだ」




