エピローグ 幼い頃の約束
「ノワール、荷解きは終わった?」
ローズが、部屋の扉を開けた。
「ええ、だいたい」
ノワールが振り返り、微笑んだ。
「思ったより、荷物が少なかったわね」
「昔の名残かな。身軽な方がいいから」
ノワールが、笑いながら答える。
新しい部屋には――少しずつ、ノワールの暮らしの気配が馴染み始めていた。
「今度、街に出かけましょう。あなたの、好きなお店を案内して」
「先に、ローズさんの行きつけの店を教えてよ」
二人は、他愛のない会話を交わしながら――静かな夜の時間を過ごしていた。
その穏やかな空気の中――ふと、窓の外から、夜風が吹き込んだ。
「あ……」
ノワールが、小さく声を上げる。
風に押されるように――机の隅に、置かれていた写真立てが、静かに傾いた。
そして――床に、落ちた。
パリン、と乾いた音が響く。
「大丈夫?」
ローズが、慌てて駆け寄る。
「うん……ガラスだけだから」
ノワールは屈み込み――割れたガラスの破片の中から、写真を拾い上げた。
そこに写っていたのは――幼い頃の三人の子どもたちだった。
◇
――エスプリの片隅。まだ、何も起きていなかった、あの頃。
「僕さ、大人になったら――新聞記者になりたいんだ」
幼いノワールが、目を輝かせながら言った。
「世の中の悪いことを――全部、明らかにするんだ」
「お前なら――なれるさ」
幼いブランが、笑って答えた。
「ブランが相棒だよ」
幼いノワールが言った。
「じゃあ、私は」
幼いグリースが、二人の間に割り込むように言った。
「私は、二人のお手伝いする!」
「新聞社名は、もう決まっているんだ。『インク・オブ・トゥルース』!」
「かっこいいね」
「気取りすぎだと思うぞ」
三人の笑い声が――夕暮れの空に、静かに溶けていった。
その日の約束を叶えるのに、どれだけの苦難が待っているか――当時の三人は、知らなかった。
◇
ノワールは、その写真を見つめていた。
(この写真……)
(兄さん、なんで、僕に渡したんだろう)
その疑問は――答えのないまま、彼女の胸の中に残っていた。
「かわいい写真ね」
ローズが、隣に屈み込む。
「うん」
ノワールは、静かに微笑んだ。
「僕の、大事な家族なんだ」
その言葉には――兄への、そして、もう一人の兄への――消えることのない想いが、込められていた。
窓の外には――王都の静かな夜が広がっていた。
どこか、遠くで――何かが終わり、そして、何かが始まろうとしていることを――彼女は、まだ知らなかった。
ただ、割れた写真立てのガラスの破片が――照明に反射して光っていた。
~FIN~
ここまで『ブラザーズ・ロペス ~インク・オブ・トゥルース~』をお読みいただき、本当にありがとうございました。
今作の続編についてですが、読者の皆様の反応を見ながら決めたいと思っています。
まだまだ描きたい事件や、ロペス兄弟の物語はあります。
「この二人の続きを読みたい」と思っていただけましたら、評価やブックマーク、感想などで応援していただけると嬉しいです。




