第四十七話 金の卵の行方
ノワールが、貴族としての日々に追われる中――ブランは、一人で調査を進めていた。
もちろん、ノワールには、何も話していない。
◇
「組織は――グリースの存在を知っている」
ブランは、その確信を深めていた。
あの怪文書。あのメモ。
偶然では、説明がつかない。
(問題は……なぜ、組織がそれを知っているのかだ)
ブランは、ヴィクトル・グランジェのもとを訪ねた。
「これは、いつもの独り言だと思って、聞いてくれ」
ヴィクトルは、静かに切り出した。
「ヴィクティムズ・イン・リムボーの代表者は――買われた戸籍を使用していた」
「戸籍の、本来の持ち主は?」
「独り言に質問するなよ。……戸籍に関しては、まだ調査中だ。……だが、ヴィクティムズ・イン・リムボーは私書箱を利用していたことが分かった。――王都の私書箱ではなかった」
「どこの私書箱が使われていたんだ?」
「王都の北――国境近くの山の麓にある街だ」
ヴィクトルは、静かに、その地名を口にした。
「エスプリ」
その地名を聞いた瞬間――。
ブランの息が、止まった。
エスプリは――ロペス兄弟が、生まれ育った街の名前だった。
◇
ブランは、一人、故郷であるエスプリへと向かった。
大学進学を機に、二人で故郷を離れてから――もう十年が経っていた。
目的の住所へ向かう前に――ブランは、母の墓に寄った。
墓前には――ダリアの花が咲き乱れていた。
母が好きだと言っていた花だった。
(誰が……こんなに、たくさん)
ブランの脳裏に浮かぶのは――ただ、一人だけだった。
彼は、しばらく、その場に立ち尽くしていた。
やがて、墓前を後にした。
十年ぶりの故郷は――様変わりしていた。
いつも、兄弟三人で遊んでいた公園は――綺麗な遊具の揃った公園に、整備されていた。
そこでは、子どもたちが、無邪気に駆け回っていた。
ブランは、しばらく、その光景を見つめていた。
(あの頃の俺たちも――あんな風に無邪気にはしゃいでいたな……)
自分たちの幼い日の姿が――子どもたちの姿に重なる。
ブランは、静かに目を伏せると――再び、歩き出した。
◇
私書箱の指定された住所に辿り着くと――その一帯には、いくつもの工房が並んでいた。
(昔は空き地だったのに……)
ブランは、馴染みのない景色に戸惑いながら、建物を確認していく。
その一軒の店先で――ブランは、言葉を失った。
そこに、均等に並べられていたのは――金色に輝く卵だった。
(これは……)
ブランは、その一つを手に取ると店の中へと、入った。
「これは、何ですか?」
「お客さん、困るよ。それは、まだ乾かしている途中だ」
工房の奥から職人が出てきて答える。
「木製の卵に、着色を施したものさ。……復活祭の時期に、よく売れるんだ」
店内を見渡すと――確かに、金色だけでなく、様々な色に塗られた木製の卵が並んでいた。
(考えすぎ、か……)
ブランは、静かに息を吐いた。
あの日の記憶と――目の前の工芸品に過剰に反応した自分に、苦笑する。
だが――
ふと、視線を店の外に向けた、その瞬間――。
ブランの目は――釘付けになった。
馬車に、乗り込もうとしている一人の男。
その顔を、見た瞬間――ブランは、息をするのを忘れた。
(あれは……)
自分と――同じ髪の色。
自分と――同じ瞳の色。
ブランは、思わず、駆け出そうとした。
だが――体が、まるで、石にでもなったかのように動かなかった。
馬車が、店の前を通り過ぎていく。
その光景は――ブランの目には、まるで、コマ送りのように、ゆっくりと映っていた。男の横顔がブランの目に焼き付いていく。
「待っ……」
声すら、まともに出なかった。
馬車は、そのまま――街の雑踏の中へと消えていった。
ブランは、その場に――立ち尽くしたまま、動けずにいた。
(今のは……似た誰かだったのか?)
(それとも……アイツだったのか?)
ブランの手が、震えていた。
これまで、追い続けてきた真実が――今、初めて、目の前を通り過ぎていった。
それなのに――何もできなかった、自分に対する静かな怒りと絶望が胸の内に広がっていく。
ブランは、工房を後にすると――エスプリの街を目的もなく歩いた。
(あの男は……本当に、ノワールだったのか?)
確信は、なかった。
だが、確かめる術はなかった。
――故郷、エスプリの空が黄昏に染まっていく。家路につく子どもたちの声がただ響いていた。
◇
街を歩きながら――ブランは、幼い日の記憶を辿っていた。
あの公園は、変わってしまった。
生まれ育った家も――もう、取り壊されている。
故郷の面影が変わりゆく中――変わらない場所が一つあった。
(あの貯水池なら……)
街の外れにある貯水池。
子どもの頃――夏になると、あの貯水池の木陰で兄弟三人で、よく行った場所だった。
水面に映る空を眺めながら――水鏡の幻想的な美しさに夢中になった。
その時に、兄弟で秘密の暗号を作った。
水鏡からヒント得て作った、鏡写しの文字。
誰にも読めない兄弟だけの言葉――。
(アイツは、まだ覚えているだろうか?)
ブランは、私書箱の管理人に金を握らせ――一通の手紙を忍ばせることにした。
その中身は――たった、一行だけの鏡写しの文字だった。
『次の新月、貯水池で待つ』
誰かに、見られても――ただの判読不能な落書きにしか見えない。
だが、もし――あの男が『ノワール』なら。
もし――あの頃の思い出が、アイツの中に残っているなら。
『ノワール』にだけは、この言葉が届くはずだ。
手紙を託した後――ブランは、しばらく、その場を動けなかった。
(これは……正しいのか?)
(もし、あの時見たのが希望が見せた幻想だったら……)
(俺だけじゃなく――グリースにまで、危険が及ぶかもしれない)
それでも――戻れないあの日を何度も悔やんだブランにとっては、このチャンスに賭けたかった。
(グリースには……ローズさんがいる)
(もし、俺の身に何かあっても――グリースは、一人にはならない)
その事実だけが――ブランの背中を押していた。
◇
王都への帰路――ブランの心は重かった。
アイツが、本当に現れるのか。
そもそも、あの手紙がアイツの手に渡るのかすら――分からない。
今は、ただ、新月を待つしかなかった。
ブランは、夜空を見上げた。
月は、まだ満ちていた。
その光を見つめながら――ブランは、静かに決意を新たにしていた。
(必ず……お前を見つける)




