第四十四話 運命の共犯者
「話があるの」
ローズは、静かにそう切り出すと――ブランとノワールを交互に見つめた。
「まず、ブランさんに、聞いてほしいことがあるわ」
「なんだ?」
ブランが、静かに尋ねる。
ローズは、少しの間、目を伏せていたが――やがて、まっすぐにブランを見つめた。
「私は、同性を愛する人間よ」
その告白にブランは、一瞬、目を見開いた。
「公爵という立場ゆえに――これまで、ずっと、隠してきたわ。……調査の上であなたたちも気づいていたんでしょ? でも、あなたたちには、正直に言っておきたいのよ」
「なぜ、急にそんなことを?」
ブランの問いに、ローズは静かに微笑んだ。
「これから、私が提案することに――関係があるからよ」
「今日の新聞の怪文書、読んだわ」
ローズは、静かに続けた。
「『ロペス兄弟の弟はもう死んでいる』……。あれは、単なる嫌がらせじゃないでしょう」
ブランは、何も答えなかった。
だが、その沈黙が――ローズの言葉を肯定していた。
「ノワール」
ローズは、静かにノワールに向き直った。
「あなたに――結婚を申し込みたいの」
「え……」
ノワールが、目を丸くする。
「結婚ですか?」
「ええ」
ローズは、静かに頷いた。
「あなたを――守りたいの」
◇
「ローズさん……」
ノワールが、戸惑いを隠せない様子で口を開いた。
「僕は……」
「知ってるわ」
ローズが、静かに言葉を遮った。
「あなたが女性だってことも、気づいていたわ」
その一言に――事務所の中に、静かな緊張が走った。
「いつから……」
ノワールが、掠れた声で尋ねる。
「以前、あの夜会の後――オデットの件で、恋人のふりをしてもらった時から、よ」
ローズは、静かに続けた。
「あなたの女性を労る仕草。……裏のない紳士的な振る舞い。……何より、私に向けられる視線に――男性特有の圧がなかった」
「だったら……なぜ、あの時、聞かなかったんですか?」
「聞く必要がなかったからよ」
ローズは、静かに微笑んだ。
「私の中で――あなたは、ノワール・ロペス。それ以上でもそれ以下でもなかったわ」
「たとえ――あなたが、何かを背負って生きてきたのだとしても」
ローズの声が、静かに続いた。
「あなたが、私にとって、この世界でたった一人の異性であることは……変わらないわ」
◇
「だから――」
ローズは、静かに続けた。
「私と結婚してほしい」
「でも……なぜ?」
ノワールが、震える声で尋ねる。
「僕を守るためだけに――そこまでしてもらう、理由が分かりません」
「違うわ」
ローズは、静かに首を振った。
「あなたを、守ることは――同時に、私自身を守ることでもあるの」
「どういう……」
「私は、公爵位を継いでいる限り――いずれ、誰かと結婚しなければならない立場よ」
ローズは、静かに続けた。
「望まない相手と、結婚させられるくらいなら――私は、あなたを選びたい」
「あなたとなら――お互いの秘密を守り合いながら、生きていける」
「それに……」
「私、結構、ノワールのことを気に入っているのよ」
ローズは、悪戯っぽく笑って見せた。
◇
ブランは、しばらく無言のまま、二人のやり取りを見守っていた。
「ブランさん」
ローズが、静かに彼に視線を向けた。
「あなたに許可をいただきたいの」
「俺なんかの許可はいらない」
ブランが、静かに答えた。
「ノワールが、決めることだ」
その言葉にノワールは、驚いたように兄を見つめた。
「兄さん……」
「ノワール……お前の人生だ」
ブランは、静かに続けた。
「お前が決めろ」
ノワールは、一瞬、目を閉じた。
そして、覚悟を決めたように、ローズと向き合った。
「ローズさん」
ノワールが、静かに口を開いた。
「あなたは……本当にいいんですか?」
「僕と結婚することで――あなたの人生を犠牲に……」
「犠牲じゃないわ」
ローズが、すぐさま、言葉を遮った。
「これは、私とあなたが生きていくための最善策よ」
その声には、揺るぎない決意が宿っていた。
「私たちは、運命の共犯よ」
ローズは、静かに続けた。
「あなたと結婚することで――私は、初めて、自分自身の選択で人生を決められる」
「……私が、私自身のために、選択した結婚よ」
ノワールは、しばらく、その言葉を噛みしめるように、黙り込んでいた。
やがて、静かに顔を上げる。
「分かりました」
ノワールの声には、静かな決意が宿っていた。
「僕で良ければ――お受けします」
ローズは、静かに微笑んだ。
「ありがとう」
◇
ローズを見送った後の事務所では、劇的な一日を終えた二人が、ソファーに体を預けていた。
「兄さん、なんか、すごい一日だったね」
ノワールが、静かに口を開いた。
「ああ……そうだな」
ブランは、静かに頷いた。
「後悔してないか?」
「公爵家に婿入りなんて、現実味ないけどね」
ノワールは、静かに微笑んだ。
窓の外には、王都のいつもと変わらない夜が広がっていた。
だが、その静けさの中に――これまでとは違う、確かな絆が静かに芽生え始めていた。




