第三十七話 幽霊探知機と、名もなき帰還
「発明したんです!」
インク・オブ・トゥルース社に、興奮した様子で押しかけてきたのは、久しぶりのミステリウム研究会の三人だった。
「見てください! 『幽霊探知機』です!」
会長のエドモンが、誇らしげに小さな機械の箱を掲げた。
「幽霊、探知機?」
ノワールが、思わず聞き返す。
「はい! 霊的なエネルギーに反応して、音が鳴る仕組みです!」
副会長のクロエが、興奮した様子で続けた。
「これがあれば、どんな心霊現象も科学的に証明できるはずです!」
記録係のジュールが、せっせとメモを取っている。
ブランは、その、機械の中身を覗き込んだ。
(基板にコイルとコンデンサ……これは)
どう見ても、金属探知機の構造だった。
「試しに、実演をしてもいいですか?」
エドモンが、目を輝かせながら尋ねる。
「……好きにしてくれ」
ブランは、内心の確信を口には出さずに頷いた。
◇
エドモンが、幽霊探知機のスイッチを入れる。
装置を机の脚に近づけると――ピーと甲高い音が鳴った。
「霊が近くにいる証拠です!」
「机に霊が宿っているとは思えないけど……まぁ、興味深いね」
ノワールが、苦笑しながら答える。
続けて、エドモンが鍵束に近づけると同じように音が鳴った。
「ここにも反応あり!」
「……それって、金属に反応してるだけじゃない?」
ノワールが、静かに指摘する。
「い、いえ! これは、霊的な波長を検知する装置です!」
エドモンは、譲らなかった。
ブランもノワールも、それ以上、深くは突っ込まなかった。
その時、クロエが何かを思い出したように、声を上げた。
「そうだ! ラメント村の、あの案山子の服……あれで試してみましょう」
ロペス兄弟が、ラメント村から持ち帰った服の中には、経年劣化が激しくて、ボロ布のような物や色褪せた布の塊もあった。
長年放置され、劣化しきった案山子の纏った服の成れの果てだった。
「金属じゃないものに、反応したら――信じますか?」
クロエが、挑戦的な笑みを浮かべる。
エドモンが、幽霊探知機を、その布の塊に近づけた。
――ピー、ピー、ピー。
「な……!」
ブランとノワールが、思わず、顔を見合わせた。
「反応しました! 布に、霊の反応があります!」
エドモンが、興奮した声を上げる。
「そんな、はず……」
ブランが、静かに呟いた。
◇
「 これで、証明されました!」
エドモンは、興奮した様子で続けた。
「幽霊の居場所が判明すれば、霊との交信も夢じゃありません!」
三人は興奮冷めやらぬ様子のまま、荷物をまとめ、事務所を去っていった。
「え、依頼の要件は――」
ノワールが、慌てて呼び止めようとするが、間に合わなかった。
「それよりも、こっちだ」
ブランが、机に残された布の塊を見つめる。
◇
ロペス兄弟は、残された布を丁寧にほどき始めた。
劣化した繊維が、ぼろぼろと崩れ落ちていく。
その中心――幾重にも重なった布の奥深くに、何か硬いものが包まれていた。
「これは……」
ブランが、慎重にそれを取り出す。
そこのあったのは、薄い金属のプレートだった。
刻印された文字が、かろうじて読み取れる。
「名前……生年月日……所属……登録番号」
ノワールが、静かに読み上げていく。
「これは――」
「兵士のドッグタグだ」
ブランの、声が緊張を帯びた。
「なんで、こんなものがラメント村の案山子の服に……」
◇
ロペス兄弟は、王都軍務局の古い記録を辿った。
「登録番号……あった」
ブランが、埃をかぶった名簿の一ページを指差す。
「マルコ・ロッシ。……志願兵だ」
ノワールが、驚いた様子で覗き込む。
「ああ。数十年前の戦争で……この国のために、戦って戦死している」
ブランは、静かに記録を読み進めた。
「遺体は見つからず……ドッグタグだけが国に帰還した、と記録にある」
二人は、しばらく、その古い名簿を見つめていた。
「数十年前の兵士のものが……なぜ、ラメント村の案山子の服の中に?」
ノワールが、掠れた声で、呟く。
「分からない。……だが、これは調べる価値がある」
◇
折しも、王都では、戦没者を悼む慰霊祭が、近く開催される時期だった。
ロペス兄弟は、マルコ・ロッシの血縁者を捜すことにした。
軍務局の古い記録を丹念に辿った末――一人の五十代の男性に辿り着いた。
「マルコ・ロッシは、私の祖父の名前です」
男性は、静かにそう切り出した。
「祖父と、同じ名前をつけられた従兄弟が――このドッグタグを持っていました」
「その従兄弟の方は?」
ブランが、静かに尋ねる。
「……四十年以上前に、突然、姿を消したんです。彼の両親――つまり、私の叔父と叔母は、すでに他界していて」
男性は、静かに目を伏せた。
「祖父の名を継いだ従兄弟が――このドッグタグを首から下げていた記憶にあります。……それが、まさか、こんな形で見つかるとは」
ロペス兄弟は、持参していた案山子の服を男性に見せた。
だが、あまりにも、劣化が進んだその布は――もはや、服の原形を留めていなかった。
「これが……従兄弟の服かどうかは……」
男性は、しばらく、その布を見つめていたが、やがて、静かに首を振った。
「分かりません。……ただの布切れにしか見えなくて」
真相は確定しないまま、そこで途切れた。
◇
事務所に戻ったロペス兄弟の間に、重い沈黙が流れていた。
「四十年以上、前か……」
ノワールが、静かに呟く。
「僕たちは、手紙やロランさんの手帳から、組織の活動時期を、なんとなく予想していたけど」
「ああ」
ブランが、静かに頷いた。
「思っていたより、ずっと、古くから――この組織は、存在していたのかもしれない」
二人の間に、これまでとは、違う種類の重さが静かに広がっていった。
自分たちが、追いかけているものが――一世代や二世代では済まないほどの、長い年月をかけて、築かれてきたものかもしれない。
その事実の大きさに、二人はしばらく言葉を失っていた。
◇
数日後、王都に出回った記事には、これまでとは違う静かな筆致でこう記されていた。
『名もなき布の中に、一枚の、金属片が眠っていた。
その金属片に記された名前は、マルコ・ロッシ。この国のために戦い、命を落とした、一人の兵士だ。
その名は、やがて、彼の孫世代へと引き継がれた。
その名を受け継いだ少年もまた、四十年以上前に姿を消していた。
そのことで、家族は再び、曖昧な喪失に襲われることになる。
そして、長い年月の中で、少しずつ風化して、記憶は薄れていった。だが、忘れられたからといって、その人が、存在しなかったことには、ならない。記録されずに消えていった無数の死者たちへのレクイエムとして。
マルコ・ロッシを、決して、忘れないために――ここに、記録する。
――ブラザーズ・ロペス』
◇
その、数日後――ミステリウム研究会の三人が、再び、事務所を訪れた。
「記事、読みました……」
エドモンが、力なく肩を落としている。
「幽霊探知機じゃなかったんですね」
クロエも、しょんぼりと俯いていた。
「金属探知機に近いようなものだったって……ジュールが調べて……」
ジュールが、気まずそうに頷く。
「僕らの大発見……ただの、勘違いだったなんて」
三人の落胆ぶりに、ノワールが静かに微笑んだ。
「でも――君たちの幽霊探知機がなかったら」
「あのドッグタグは、見つからないままだった」
ブランが、静かに続けた。
「マルコ・ロッシという名前が――もう一度、世に出ることもなかっただろう」
「見つけてほしいっていう、訴えだったのかもね」
ノワールがそう言って、優しく笑いかけた。
エドモンたちは、しばらく、その言葉を噛みしめるように、黙り込んでいた。
「……そうですね」
エドモンが、静かに顔を上げた。
「じゃあ、僕たちの幽霊……いや、金属探知機も――無駄では、なかったということですね」
「ああ」
ブランが頷く。
「次は、本当に幽霊を探知できる装置を目指します!」
クロエが、拳を握りしめながら宣言した。
「……楽しみにしてるよ」
ノワールが、思わず苦笑した。
王都の空には、いつも通り、穏やかな夕暮れが広がっていた。
その静かな光の中に――ようやく、取り戻した名前の記憶が、静かに溶けていくようだった。




