第二十八話 消えた子どもの行方
その日、ロペス兄弟はローランドシャイアのアンリ・ヴォークランから渡された、七年分の資料を改めて読み込んでいた。
「これは……」
ブランの手が、ある一枚の証言記録で止まった。
当時、レオンの失踪直後に集められた目撃証言の一つ。
『レオン少年らしき子どもが、弟と一緒に、歩いているのを見た』
「弟?」
ノワールが、資料を覗き込む。
「アンリさんの息子は、一人っ子のはずだ」
ブランが、静かに続けた。
「ああ。だから、この証言は当時は『目撃者の勘違い』として処理されている」
「でも……」
ノワールの声に、緊張が混じった。
「もし、これが勘違いじゃなかったら?」
「それって、どういう意味?」
「例えば、レオンと別の行方不明の子どもだとしたら」
二人は、顔を見合わせた。
ロペス兄弟は、ロランの手帳とこれまでに届いた手紙を改めて照らし合わせ始めた。
「ローランドシャイア、近隣の行方不明者……」
ノワールが、地図を指でなぞる。
「あった!メドウブルック。子どもの失踪記録」
「失踪日はいつだ?」
「レオンくんが失踪する数日前」
ブランの目つきが、鋭くなった。
「その子どもは、何歳だ?」
「ロランさんの手帳では、失踪当時は四歳って書いてある」
「七歳と四歳の子どもが一緒にいたら、兄弟にも見えるかもな」
ロペス兄弟が導きだした仮説は、一般的には無理がある空論だろう。しかし、二人が追う事件には『偶然』という言葉はなかった。
「二つの失踪事件は、繋がっているのかもしれない」
二人は、さらに届いた手紙を確認していった。
ロランの手帳には、こう記されていた。
――『子どもが失踪した』
だが、届いた手紙には、まったく違う言葉が、書かれていた。
――『あの子の遺体について教えてください』
「……ちょっと待て」
ブランの声が、低く、響いた。
「失踪したのに……なぜ、生存安否の確認ではなく、『遺体』について聞くんだ?」
事務所に、重い沈黙が落ちた。
「行くぞ」
ブランが、静かに立ち上がった。
「メドウブルックへ」
◇
メドウブルックは、王都近郊にしては珍しく、貧しさが色濃く残る町だった。
手紙の差出人――子どもの母親を訪ねると、彼女は憔悴しきった様子で二人を迎えた。
「失踪されたお子様について、聞きたいことがあります」
ブランが、静かに切り出す。
母親はしばらく俯いていたが、やがて震える声で語り始めた。
「あの子を、悪い人に売ったんじゃありません……」
「売った? どういう意味ですか?」
ブランが、思わず、声を漏らした。
「当時、私たちは、その日暮らしで生活も苦しくて……あの子を預けて、お金を……受け取りました」
母親は、両手で顔を覆った。
「あの人たちは、ちゃんとした仕事をさせると言ってたんです!だから……私は、あの子を救うつもりで――」
話を聞いている間に、ノワールの表情が険しくなっていく。
「どんなにきれいな言葉を並べても、やっていることは『子どもの身売り』だ。子どもは、親の所有物じゃない!」
ノワールが、興奮気味に言った。
「ノワール!よせ」
ブランが、ノワールを静止した。
「そうですね……あの人たちの目……冷たい目をしていたんです」
母親が、震える声で続けた。
「本当は心のどこかで、分かっていたのかもしれません。まっとうな奉公先じゃないかもって……」
「それなら!なぜ……」
ノワールが母親に問う。
「それでも、他に道がなかったんです!育てなきゃいけない子どもは、あの子だけじゃないんです」
母親は、静かに目を伏せた。
「あの日から、ずっと、頭の片隅にありました。……もしかしたら、田舎の言い伝えの子消しにあったんじゃないかって」
「子消し?」
「田舎に伝わる昔話で、労働力にもならない子どもは消されるというやつです……」
「そこまで分かっていて、なんで……。いや、止めましょう」
ノワールの言葉が、続かなくなる。
ブランとノワールは、しばらく、何も言えなかった。
「これは……失踪じゃない」
ノワールが、静かに呟いた。
「ああ」
ブランが頷いた。
「金と引き換えに、子どもを引き渡していた。……だが、世間体を気にして『売った』とは誰も言えない」
「だから、取材に来たロランさんにも『失踪』って言ったんですよね」
ノワールの声が、静かに沈む。
「ちなみに……お子さんの遺体を、どうするつもりだったんですか?」
ブランが母親に尋ねた。
「……せめて、ふるさとで眠らせてあげたかったんです」
ブランは、持参した子ども服を取り出した。
「ラメント村には、遺体はありませんでした。お手紙でいただいた案山子の服は、こちらでお間違いありませんか?」
「……帰ってこれたのは、この服だけなんですね」
母親の涙の意味は、悲しみからなのか、後悔なのかは分からなかった。
貧しさゆえに、子どもを手放さざるを得なかった大人たち――。
その選択が、罪と呼べるのかどうか――断じることはできない。
だが、そこには、子どもの人権はなかった。
「子どもを守るはずの大人たちが、貧困によって、子どもを手放さざるを得なくなる。」
「そして、その子どもたちが社会から、『失踪者』として処理されていく」
ブランが、静かに言葉を継いだ。
◇
ロペス兄弟は、母親から聞いた仲介者の特徴――言葉遣い、身なり、渡された金の出所――を丹念に洗っていった。
辿り着いたのは、以前、資金洗浄の事件で見た、あの手口と酷似した金の流れだった。
「金の卵詐欺は、ただの詐欺じゃなかった」
ブランの声が、低く重く響いた。
「――人身売買の可能性もある」
二人の間に、これまでとは違う種類の重い沈黙が落ちた。
これまで、点在していた個別の事件。
その一つ一つが、静かに、一つの巨大な構造の断片だったのだと――ようやく、はっきりと見え始めていた。
◇
数日後、王都に出回った記事には、こう記されていた。
『子どもを守るはずの大人が、貧しさの中で、子どもを手放さざるを得なくなる。
その隙間を、狙う者たちが確かに存在する。
"失踪"という言葉の裏に隠されてきた、もう一つの真実。
我々は、その根をまだ掘り当てられていない。
だが、森の木々の奥から、確かに近づいている。
――ブラザーズ・ロペス』
メドウブルックを去る帰り道――。
「……兄さん。メドウブルックでは感情的になって、ごめん」
ノワールが、静かに口を開いた。
「気持ちは分かるよ」
ブランは視線を外したまま、話す。
「子どもの身売りなんて、許せなくて……」
「いや、お前が許せなかったのは『子どもが親の所有物』だったことだ」
「ちが……」
「……だから、お前の気持ちは分かるよ」
ブランは、それ以上は答えなかった。
ただ、静かに拳を握りしめていた。
王都の空には、いつもと変わらない静かな夕暮れが広がっていた。
だが、その静けさの奥に――二人は、確かに大きなものの、輪郭を感じ始めていた。




