第二十六話 精霊ブランシュ様の呪い
「よう、兄弟!」
明らかに、浮かれた様子の自警団長、ベルジェ・バルガスが、インク・オブ・トゥルース社の扉を勢いよく開いた。
「……ベルジェさん?」
ノワールが、目を丸くする。
「久しぶりだな!」
どういうわけか、ベルジェは明らかに浮かれている。
「何か、いいことでもあったんですか?」
用件を聞く間もなく、勝手に、話し始める。
「王都大学区立リベルタ小学校で、降霊術が、流行っているらしくてな」
「降霊術?」
ノワールが、眉をひそめる。
「そう! 子供たちが放課後集まって、『精霊ブランシュ様』とかいうのを呼び出してるらしい!」
「怪事件だ!こういうのはロペス兄弟の専門だろ?」
「あのなー、幽霊なんかはいない」
ブランが呆れ顔で言った。
「それは、分かってる!問題は、それをやってから『呪われた』って言い出す子どもが、何人も出てるってことだ」
ベルジェがニヤリと笑った。
「なぜ、あんたが、それを知っている?」
ブランが、静かに、尋ねる。
「決まってるだろう!」
ベルジェが、胸を張った。
「リベルタ小学校の女教師、ハンナさんから直々に、相談されたんだ!『ベルジェさんなら、頼りになるから』ってな!」
「……ハンナ先生?」
ノワールが、その名前を、繰り返す。
「まさか」
「そのまさかだ! 俺は、必ず、この謎を解いて、ハンナ先生に、良いところを、見せる!」
ベルジェは、鼻息荒く、そう宣言した。
「浅ましい……」
ノワールが、冷ややかに、呟く。
「まあ、いい。子どもが怖がっているなら、放っておくわけにもいかない。」
ブランは、げんなりした様子で、頭を掻いた。
「で、何人くらいだ?」
「今のところ、三人だ」
ブランは深く息を吐いた。
「それで、具体的に呪われたという症状は?」
ベルジェの表情が、少しだけ真剣になる。
「それがな――」
彼は、二人を見つめた。
「ハンナ先生から見ても『呪われた子供たち』は、他人の目を過剰に気にしたり、無力感を感じるそうだ」
事務所の空気が、わずかに変わった。
「子どもたちは『呪い』のせいだって言うらしい」
「これは、見てみないと分からないな」
ブランがそう言うとノワールが頷いた。
◇
ロペス兄弟は、ベルジェに連れられ、王都大学区立リベルタ小学校を訪れた。
校舎に入ると、放課後ということもあり廊下は、どこか静かだった。
ノワールが、教室を覗くと机を並べて、数人の子どもたちが、文字と数字の書かれた紙を囲んでいるのが見えた。
「これが、例の……」
紙の上にコインが一枚、置かれており、数人の子どもたちがコインの上に指を乗せていた。
「精霊ブランシュ様、精霊ブランシュ様……」
子どもたちが、声を揃えて、唱える。
「今日は、質問があります」
一人の少女が、真剣な表情で、続けた。
「どうしたら、テストで良い結果が出せますか?」
コインがゆっくりと動いた。
「やっぱり、勉強かー」
別の少年が溜め息混じりに言った。
「君たち、ちょっといいかな」
その声に子どもたちは鋭い目つきでロペス兄弟たちの方を見た。
「呪いの話を聞かせて欲しいんだ」
ノワールがしゃがみこみ、子どもたちの目線の高さで声をかけると、子どもたちは目配せをした。
「精霊ブランシュ様、精霊ブランシュ様……お戻りください」
ちょうど、その時だった。
ハンナ先生らしき女性が入ってきた。
「あなたたち、またやってるの?」
その一言で、子どもたちの中の一人が、ロペス兄弟たちに向かって言った。
「僕たちとブランシュ様やるなら、話してもいいよ」
ハンナが子どもたちに何か言おうとした時だった。
ベルジェがハンナを静止した。
「よし、この自警団長の、ベルジェ・バルガスが受けて立とう!」
大柄な体に似つかわしくない椅子に座り、子どもたちの輪の中に、中年男性が混ざった光景にロペス兄弟は言葉を失くした。
「精霊ブランシュ様、精霊ブランシュ様……」
「ハンナ先生の、好きな人は、誰ですか?」
しばらくの、沈黙。
やがて、コインが、すす、と動き始めた。
「ベ……」
「ル……」
「ジェ……!」
子どもたちが、大盛り上がりで、声を上げる。
「やっぱりー!」
「先生、絶対、ベルジェさんのこと、好きだよ!」
「 ベルジェさんに失礼でしょ!」
教室の隅から、顔を真っ赤にした、ハンナ先生の声が飛んだ。
一方、ベルジェは。
「そ、そうか……ハンナ先生が……俺のことを……」
感極まった様子で、目を潤ませている。
「(絶対、自分で動かしてる……)」
ノワールが、心の中で、冷静に、突っ込んだ。
「(コインの動き方が、あまりに都合よすぎる)」
ブランも、同じ結論に、達していた。
子どもたちが、示し合わせたように、コインを動かしているのは、明らかだった。
◇
ロペス兄弟は、「呪われた」と言われている子どもたちに、個別に、話を聞くことにした。
「精霊ブランシュ様を、やってから……夜、眠れなくなったんです」
一人目の子どもが、俯きながら、答えた。
「何か、怖い夢を、見るのか?」
ブランが、静かに、尋ねる。
「怖い夢っていうか……お母さんの、声が、聞こえるんです」
「お母さんの?」
「『どうして、そんな点数なの』『隣の子は、もっとできるのに』って」
二人目の子どもも、似たようなことを、口にした。
「僕、精霊ブランシュ様に、聞かれたんです。『お前は、本当に、頑張っているのか』って」
「それは……精霊ブランシュ様が、そう言ったのか?」
ノワールが、慎重に、問いを重ねる。
「分からないです。……でも、そう聞こえた気がして。それから、ずっと、心臓が、ドキドキして」
三人目の子どもは、もっと、率直だった。
「呪われたのかも、しれません。……だって、僕、いつも、お父さんに、『もっと、上を目指せ』って、言われても出来ないんです」
話を聞くほどに、ロペス兄弟の中で、ある一つの、共通点が、浮かび上がっていった。
「これは……」
ノワールが、静かに、呟く。
「呪いの、正体は、精霊ブランシュ様、じゃないね」
ブランが、頷いた。
「ああ。子どもたちが、本当に、怖がっているのは――」
二人は、廊下の掲示板に、目をやった。
そこには、成績優秀者の名前が、ずらりと、貼り出されていた。
◇
ロペス兄弟は、ハンナ先生から、詳しい話を聞いた。
「ここは、大学区の、エスカレーター式の小学校です。……保護者の方々は、皆さん、教育熱心で」
ハンナは、疲れたような表情で、続けた。
「小テストの点数一つで、家庭で、大きな問題になることも、少なくありません。子どもたちは、いつも、親の期待に、応えようと、必死なんです」
「降霊術が、流行り始めたのは?」
「ちょうど、中間試験の、結果が、返ってきた頃からです。……子どもたちなりに、不安や、プレッシャーを、誰かにぶつけたかったのかもしれません」
ブランは、静かに、頷いた。
「呪いの正体は、精霊なんかじゃない」
「では……」
「子どもたちが、本当に、恐れているのは、家庭の中にある、目に見えない、プレッシャーだ」
ハンナは、はっと、息を呑んだ。
◇
ロペス兄弟は、保護者会の場を借りて、事情を、説明することにした。
「精霊降霊など、存在しません」
ブランが、淡々と、告げる。
「ですが、お子さんたちが、怖がっているものは、確かに、存在します」
「どういうことですか?」
一人の母親が、不満げに、口を挟む。
「お子さんたちが、口にしていた言葉を、いくつか、お伝えします」
ノワールが、静かに、続けた。
「『どうして、そんな点数なの』『隣の子は、もっとできるのに』『もっと、上を目指せ』」
保護者会の空気が、一瞬で、凍りついた。
「そ、それは……子どものために、言っていることで……」
別の母親が、動揺した様子で、言い訳を、始めた。
「私たちだって、必死なんです! この学校に入れるために、どれだけ、努力してきたか……!」
その場に、重い、沈黙が落ちた。
誰も、悪意があったわけではない。
ただ、我が子の将来を、思うあまりに――知らないうちに、子どもたちの心に、重荷を、背負わせてしまっていた。
◇
沈黙を破ったのは、意外にも、ベルジェだった。
「あー……その、なんだ」
彼は、珍しく、言葉を選ぶように、話し始めた。
「俺の親も、そうだったよ」
「え?」
保護者たちが、一斉に、ベルジェを見た。
「小さい頃から、ずっと、『兄さんは、もっとできたのに』『どうして、お前は』って、言われ続けてな。わはは、今ではこの地区を守るヒーローだ!」
ベルジェは、胸を張って言うと、保護者たちの目が泳ぎ始めた。
「きっと、皆さんのお子さんも俺みたいな勇敢な人間になれる!」
先ほどより、重い沈黙が落ちる。
慌てて、ノワールが言葉を添える。
「こ、子どもの、点数とか、成績とか……そういうのだけが、全部じゃ、ないんじゃないでしょうか?」
保護者たちは、しばらく、言葉を失っていた。
一人、また一人と、静かに、目を伏せていく。
「……そうですね」
一人の父親が、ぽつりと、呟いた。
「私たちも、少し、考え直します」
◇
数日後、王都に出回った記事には、こう記されていた。
『リベルタ小学校を騒がせた「呪い」の正体は、幽霊でも、精霊でもなかった。
子どもたちが、本当に、恐れていたのは――家庭という、最も身近な場所にある、目に見えない、親からのプレッシャーという呪いだった。
期待は、時に、愛の形をして、子どもの心を、静かに、蝕んでいく。
期待が呪いになるのなら、それを解くのもまた、愛なのかもしれない。
――ブラザーズ・ロペス』
◇
事件解決後、事務所に戻ったベルジェは、上機嫌だった。
「見たか、俺の話!保護者たち、みんな、感動してたじゃないか!」
「……まあ、良い話では、あったね」
ノワールが、苦笑しながら、答える。
「俺の言葉、届いたよな!これで、ハンナ先生の評価も、うなぎ登りだ!」
その一方――保護者会の帰り道、何人かの母親たちが、こっそりと、言葉を交わしていた。
「……あの人の話、悪くはなかったけれど」
「ええ。……ただ、うちの子が、あんな風になったら、それはそれで、心配というか……」
「わ、分かります……自信過剰すぎるのも、ちょっと……」
誰にも聞かれないよう、小さな声で。
だが、確かに、彼女たちの本音は、そこにあった。
ベルジェだけが、その事実に、気づかないまま。
「よし! 今日は、祝杯だ!」
上機嫌に、事務所を、後にした。
王都の空には、いつも通り、穏やかな夕暮れが、広がっていた。




