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第九話 S.S.D.D.②

待ち伏せの基本は優位な場所をとること

Date: 2016年6月15日 6:36

Location: 前線作戦基地アンヴィル(FOB Anvil)

Person: 榊恒一中尉

---


出発時、空はやけに高かった。


重輸送車三両が、乾いた土を噛みながらゆっくり前へ出る。

その前後を、MRAPに分乗した第三小隊が固める。


榊は前寄りの車両に乗った。

助手席のハサンが地図板と無線機を抱え、後ろにはエリックが通信記録の板を膝に置いている。

振動が傷に響くのか、エリックは時折わずかに眉を寄せたが、音は上げなかった。


「どうだ、新車は」


ラジードの声が無線に乗る。


「静かだろ」


マックスが即座に返す。


「無駄口を減らせ」


「快適さの共有だ」


「いらん」


榊は口元だけで笑った。その程度のやりとりが無線に乗るうちは、まだ余裕があるということだった。

補給路の両脇には、焼けた車の残骸や崩れた壁が点々と続く。遠くに黒い結晶斑が見え、その周囲だけ地面の色が妙に死んでいた。


想定されたチョークポイント(道が狭い箇所)が近づく。


小橋。その先の残骸地帯。襲撃があるならここだと、誰もが思う場所だった。だが、何もいなかった。あまりにも静かだった。


「……妙だな」


ハサンがつぶやく。榊も同じことを考えていた。静かな場所は珍しくない。だが、静かすぎる場所はたいてい嫌な形で理由がある。

先行のラジード隊から無線が入る。


『橋が見えた。――待て』


短い沈黙。次いで、声色が変わった。


『これは……』


車列が順に減速する。榊はドアを開けて降りた。小橋は中央から崩れ落ちていた。

老朽化ではない。桁の折れ方が新しく、欄干には爆圧で飛んだらしい破片痕がある。アリアが舌打ちした。


「自然崩落には見えないな」


「どうやら行かせたくないやつがいるようだ」


ラジードが橋桁の断面を靴先でつつく。


「こりゃ最初からここを通らせる気がなかった」


マックスはもう迂回路へ目を向けていた。


「Bに切り替えるしかない」


榊はうなずく。


「そうだな。総員ルート変更だ」


エリックがMRAPの陰から橋を見ていた。


「襲撃地点をずらした……?」


「たぶんな」


榊は答える。


「少なくとも、行き当たりばったりじゃない」


その言葉のせいか、エリックの顔が少し硬くなった。迂回路は細かった。乾いた用水路跡に沿って南へ回り、崩れた石壁と低い丘の間を縫う。

重輸送車には窮屈だが、通れないほどではない。無線に短いノイズが混じる。エリックがすぐ顔を上げた。


「同一周波数に短周期の乱れがあります。弱いですが、妨害されてるかもしれません」


榊は前方の地形を見る。右に低丘。左に石壁の残骸。正面に緩い曲がり。撃つなら、あそこで車列の頭を止める。

実際のところ、嫌な予感というものほどよくあたるものだ。


「ラジード、先頭を詰めすぎるな」


『了解』


「マックス、左の死角を見ろ」


『見てる』


その返事とほぼ同時に、乾いた銃声が裂けた。


一発。次いで三発。低丘の上と石壁の陰から、ほとんど同時に火が走る。


「コンタクト!12時方向!」


ハサンが叫ぶ。重輸送車の先頭が急停止。

榊は即座に怒鳴った。


「止めるな!出せ!」


しかし先頭車両は停車した。MRAPの側面を弾が叩き、硬い音が返った。

ラジード隊が先頭で散開する。理由はわからないが先頭車両は動かない。小隊長の怒鳴り声が聞こえた。


「銃座に付け!頭を上げさせるな!下車散開して円周防御!」


『右高所、三、いや五!』


「第一分隊、丘を押さえろ!」


マックスの声が重なる。


『第二分隊、左の石壁を潰すぞ。荷台から目を離すな!』


榊は身を乗り出し、火点を探した。軍隊の撃ち方ではない。だが、狙いは分かっている。人ではない。積荷だ。


「補給品狙いだ!」


アリアが後尾から無線を飛ばす。


『後ろにも二。回り込もうとしてるぞ!くそ……テクニカルだ!3時方向!50m!50口径!」』


「止めろ。近づけるな!」


榊はそう言ってから、助手席のドアを蹴るように開けた。

激しい銃撃が側面を叩く。


「ハサン銃座に付け!エリックは頭を下げてろ!」


返事を待たず、榊は地面へ飛び降りた。


乾いた土に膝が沈む。ハサンが銃座から撃ちだす12.7㎜弾は土壁ごと潜んでいた結晶教徒兵を吹き飛ばす。

テクニカルが止まり重機関銃を撃ち始め、トラックから降りた男が一人、何かを叫びながら駆け寄ってくる。自爆ベスト着た兵士だ。


「させるか」


榊は短い火矢を二本放った。矢じりは男の手前で炸裂し、周囲に炎をまき散らす。

男のデッドマンズスイッチが作動し、大きな爆炎が上がる。爆発に巻き込まれて重機関銃を載せたテクニカルが冗談のように空へと舞い上がった。


「どれだけ爆薬抱えてんのよ……」


アイシャがうんざりしたような声を上げるのが聞こえた直後、重力にひかれたテクニカルが地面に突き刺さった。


右の低丘からは、ラジードの第一分隊が激しく撃ちあっていた。ジャクソンがM240を切れ目なく撃ち続けている。

賊徒と結晶教徒の襲撃は、最初の位置取りだけは良かったが、押し返された時の粘りが足りなかった。

トマスのBarrett M95により、結晶教徒が身を隠していた石壁ごと貫通した弾丸により吹き飛ばされる。

吹っ飛んだ姿を見た結晶教徒が意を決したように壁ら飛び出し、肩に担いだものをMRAPに向ける。


「RPG!」


ハサンが銃座から制圧射撃を行いながら叫ぶ。

12.7㎜の弾頭がRPGを担いだ兵器を血煙に変えるのと同時に、白煙をたなびかせロケットブースターに点火した弾頭が急速にMRAPに迫った。

RPGはMRAPに直撃して爆発したが、弾頭が粗悪品だったのか、装甲を焦がすにとどまった。

石壁の向こうから飛び出した男が、粗雑な魔獣の結晶片を胸から下げていた。

祈具か護符のつもりだろう。そいつは何か叫んだが、最後まで言い切る前にアレックスに撃たれ、もんどりを打って倒れた。

エリックの声が無線に割り込む。


『右後方、もう一人、荷台へ接近します!』


榊は振り返った。確かにいた。後部の輸送車へ取りつこうとしている。


「アリア!」


『見えてる!』


第三分隊の射撃が短く聞こえる。男は車輪の陰へ転がり込み、なお這おうとしたが、次の一発で動かなくなった。


榊は周囲を見回す。


まだ二、三残っているようだ。だが、もう主導権は失っている。賊どもは指揮官が倒れたのか、統制の取れない退却という名の壊走となった。


「すぐに移動するぞ!」


小隊長は怒鳴った。


「散ったやつは放っておけ!状況報告!」


ラジードがすぐ返す。


『第一分隊異常なし!』

『第二分隊もだ』

『第三はベフルーズが軽傷。だが支障なし』

『輸送隊だ。くそったれめ!一名KIA。当たり所が悪く即死だ。遺体の収容と片付けをする。5分くれ』


榊はゆっくり息を吐く。


輸送車には致命傷はない。だが最初の発砲で運悪く首筋に命中したらしく、輸送隊の運転手が即死。

遺体を回収袋に入れ荷台に移し、血まみれの運転席を水で洗い流している。 MRAPの車内にも50口径の空薬莢が山となっていた。

死に慣れすぎたのか、輸送隊も、榊たちも悲しみ方というものをうまく思い出せない。

あの時、車列が停車した理由が分かったが、わかったところで何も救われない。荷台の木箱が一つ砕け、容器が二本割れていたが、積荷全体はまだ生きていた。


命を懸ける価値があると信じたい。榊はそう思った。


「動けるうちに動く、IEDに注意しろ!」

「悼む時間は今はない。進むぞ」


---


再編地点は、少し先の崩れた石油施設跡だった。

壁の残骸が風を切り、遮蔽としてはまだ使える。車列を半円に寄せ、周辺警戒を置く。その間に、補給将校とハサンが物品の破損と欠落を数え始めた。

橋を落とし、迂回させ、その先で待つ。雑ではあるが、考えてはいる。ただの衝動で撃ってきたわけではない。そこが、いちばん腹立たしかった。

エリックはMRAPの側面にもたれ、息を整えていた。顔色はまた少し悪くなっている。それでも、倒れるほどではない。


「平気か」


榊が訊くと、エリックはすぐにうなずいた。


「……はい。まだいけます」


榊は水筒を投げた。


「飲め」


エリックは受け取り、少しだけ飲んだ。そのあいだに、補給将校が壊れた箱の中身を拾い上げ言う。


「北部戦線でも足りない。こっちも足りない。ないものだらけだ」


誰に言うでもなく、そう吐き捨てた。床に落ちた伝票の端には、北部方面向けの記号が見える。前回の墜落現場で見たものと、同じ匂いがした。

ラジードが、死体の一つを足先で転がした。ワレモノの結晶片が転がり出る。


「盗人に神様が混ざると、ほんと面倒だな」


マックスが低く言う。


「神様じゃない。現実逃避だ」


エリックは、その結晶片を見ていた。やがて、ぽつりと言う。


「……なぜ、人同士でこんなことを……」


誰もすぐには答えなかった。遠くでは、まだ別の戦場が動いている。賊と狂信と不足と融通が、一つの補給箱の中でつながっている。

榊は、崩れたコンクリート片へ腰を下ろした。


「S.S.D.D.だ」


エリックが顔を上げる。


「……何ですかそれ?」


「Same Shit, Different Day」


榊は弾が減った弾倉を抜きダンプポーチにいれ、プレートキャリアから新しいもの抜き、差し込んだ。


「日が変わろうが、クソはクソ」


風が吹き、砂が足元を撫でる。


「隕石が落ちても、人間はそうそう変わらん」


エリックはしばらく黙っていた。納得したわけではないだろう。だが、反論もできない顔だった。ラジードが、場を少しだけ軽くするように鼻を鳴らす。


「ありがたすぎて涙が出る標語だな」


「現実的と言え」


榊がそう返す。


「どっちでもいい。動けるうちに動くぞ」


マックスは立ち上がった。それで会話は終わりだ。


---


その後襲撃はなく集積ハブへ着いた頃には、日がだいぶ傾いていた。

中継兵站ハブ

監視塔、土嚢壁、燃料ドラム、雑な屋根、通信アンテナ、荷下ろし用の仮設クレーン。見栄えはしないが、ここで前線と後方がつながっている。

輸送隊はまださらに先で引き継ぐらしい。中継ハブからは別の隊が護衛を行うこととなっている。

榊たちの仕事はここまでだった。

荷下ろしは手早く進む。代わりに積み込まれる資材の伝票照合。持ってきたものの破損報告。引き渡し、そして署名。誰も笑わない。


一人の命が失われ、それでも届けた。


エリックは記録板を抱えたまま、最後まで立っていた。傷をかばっているのは見え見えだったが、途中で弱音は吐かなかった。

作業が一段落したところで、榊は声をかける。


「今日はここまでだ」


「まだ手伝えます」


「今日は、だ」


榊はそれだけ言った。エリックは少しだけ唇を引き結び、それからうなずいた。


「了解です」


遠くで、別の車列がエンジンを吹かす。それが北へ行くのか、南へ戻るのか、榊にはどうでもよかった。

積荷は渡せた。だが、橋を落とした連中も、人を撃って箱を奪おうとした連中も結局はどこにでもいる。

前線が地獄だとしても、戦争から遠い人間は何も変わらない。


日が変わっても、糞は糞だ。


ラジードがMRAPの車体を軽く叩く。


「快適な旅も終わりか」


「次はもっとひどい揺れが待ってるだろうな」


アリアが言う。マックスは荷札を確認したまま、顔も上げずに返した。


「黙ってろ。帰るまでが遠足だ」


ラジードが肩をすくめた。榊は積み替えの終わった空の荷台を見る。空になったからといって、軽くなった気はしなかった。

今日を繋いだだけだ。それで十分なはずなのに、まるで足りない気がした。


邪教との非正規戦闘はよくあること

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