第八話 S.S.D.D.
Mine Resistant Ambush Protected エムラップ 待ち伏せや地雷でハンヴィーが棺桶なのでそれに備えるために開発されたとかなんとか
Objective Gunner Protection Kit 銃座に付いた射手は集中砲火を受けるので、それを守るための防御版。
邪教もお約束
Date: 2016年6月15日 6:36
Location: 前線作戦基地アンヴィル(FOB Anvil)
Person: 榊恒一中尉
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兵站というものは生命線ではあるが実に裏方的だ。
勝った負けたの話は非常にシンプルだ。
誰が何を壊した、どこを取り返した、どんな化け物を仕留めた。そういう話は、兵士の口にも報告書にも残りやすい。
だが、弾、触媒、医療箱、識別袋、耐寒容器、燃料……
そういう地味なものが手元へ届かなくなったとき、一気にいろいろなものが死んだり壊れる。
榊は補給ヤードに積み上がる木箱を眺めながら、そんなことを考えていた。
いくらか涼しい朝だった。
フォークリフト代わりの雑なローダーが軋み、整備兵が怒鳴り、どこかで空箱が落ちる音がする。
木箱には国籍が混じっていた。英語。ロシア語。日本語。雑に上書きされた輸送記号。北部方面向けの識別印。
以前の墜落現場から拾われたらしい回収資材まで、何食わぬ顔で積み直されている。
八輪のHEMMET M977重輸送車が三両。。
その荷台へ、触媒容器、弾薬箱、医療備材、耐寒仕様の封入ケース、回収班用の資材が順に積み込まれていく。
北へ回す必要がある戦略物資だと、補給将校は苦い顔で言っていた。中東戦線も余力はないのだ。
その横で、白い煙を吹き上げている車両があった。第三分隊のAPCであるM113だ。
「ご老体が拗ねたな」
ラジードが煙を見上げてうんざり顔で言った。
「拗ねたんじゃない。死にかけだ」
整備兵がハッチから身を乗り出しながら言う。そして、周囲の騒音に負けないような声で怒鳴った。
「今日は無理だ!ラジエーターだけじゃない、あちこちガタが来てる!」
大声を出す整備兵を横目にラジードはいう。
「聞いたか、マックス。今日の俺たちは高級車だ」
ラジードは、少し離れた場所に停められた司令部手配のMRAPであるRG-31Mk.5を親指で示した。
運転手含め、総員10名を運ぶことができる。
角張った車体は砂埃にまみれているが、少なくとも白煙は吐いていない。
車内からの遠隔操作式のガンラックではなく、OGPK、有人の銃座にはおなじみM2重機関銃が取り付けられている。
「新しい車両はいいな。ケツが痛くならん」
「お前の尻の感想は報告事項に入らん」
「兵の士気は大事でありますぞ曹長殿!」
「ふざけてないで黙って乗れ」
ラジードが肩を揺らして笑う。少し離れたところでは、アリアが煙を吐くM113の鼻先を軽く撫でた。
「まあ、今日お前はおとなしく寝てろってことだ」
そう言ってから、彼女は整備兵へ向かって顎をしゃくる。
「帰ってくるまでに直しといてくれよ」
「無茶言うな」
榊は積荷の目録をめくる。前回の墜落物資から拾われた箱番号がいくつか混ざっていた。
本来ここにあるはずのない、多国籍な様相の墜落物資。そうやって戦争は繋がっている。
「榊中尉」
顔を上げると、エリックが立っていた。まだ顔色はよくない。
右肩から胸にかけての傷は治癒魔術と療養で塞がってきているが、軍服の下にはまだ厚い保護帯が巻かれているらしく、動きはわずかに硬かった。それでも、前よりは人間らしい顔をしていた。
ラジードが片眉を上げる。
「おう。治癒魔術万歳ってやつだな」
エリックは少し困ったように笑った。
「概ね間違ってはいませんね」
「笑ってるうちは大丈夫だ」
榊は積荷目録を閉じた。
「医者は何と言ってる」
「戦闘は不可。ですが、同乗と通信補助なら許可が出ました」
「つまり、無茶はするなということだ」
マックスが割って入る。
「する気はありませんよ」
そう答えたエリックの声は、少しだけ速かった。榊はそれを聞いて、それ以上は言わなかった。止める理由はある。
だが、ここで完全に後方へ置けば、こいつはまた置いていかれる側に戻る。強くなりたい。エリックはそう言っていた。
「乗るなら通信と記録だけだ」
榊は言った。
「撃ち合いが始まっても、前には出るな。分かったな」
エリックはうなずいた。
「了解です」
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ブリーフィングは簡素だった。
簡易テントの中。地図板の上には、アンヴィルから北東へ伸びる補給路と、そこから分かれる乾いた脇道が描かれている。
小隊長は紙を一枚持ったまま、いつものように必要なことだけを言った。
「任務は護送だ。北部方面の集積ハブまで、積荷を三台ぶん届ける」
誰も口を挟まない。
「そこで北部方面向け便へ引き渡す。俺たちの仕事は、そこまでだ」
ハサンが地図の端に到着予定時刻を書き込む。補給将校は腕を組んだまま、積荷の欄を睨んでいた。
「ルートAが最短だ」
小隊長の指が、細い線を叩く。
「小橋と市街だった場所を抜ける。襲撃があるならここが一番やりやすいだろう。」
次に、少し南へ迂回する線へ移る。
「ルートBは遠い。燃料も食う。路外機動も増える。よって、橋が生きていればAを使う」
「知っての通り、人心も治安もよくない。魔獣もいるのにご苦労なことだ」
マックスは短くうなずく。
「また奴らですか?」
ラジードが鼻を鳴らした。
「終末論者なのか知らんが、あんな化け物どもを崇めるやつらの気がしれん。結晶教徒め……」
榊が言う。
「警戒を怠るな」
補給将校が、乾いた声で付け足した。
「盗るやつは盗るし、おかしなものを祭るやつに関しても、今に始まったことじゃない」
エリックが顔を上げた。
「結晶教徒……あまり詳しくないのですが、実際なんなんですか?」
テントの空気がわずかに止まる。小隊長ではなく、マックスが答えた。
「賊より質が悪い。物を奪うだけで済まない。世界が壊れること自体に意味を見てる連中だ」
榊も続ける。
「魔獣に食われて世界が綺麗になると本気で思ってる手合だ。あるいは、人間の手で壊した方が早いと考える」
アリアが壁にもたれたまま言った。
「どっちにしろ、ろくでもない連中さ。信じるもののみが救われるってな。」
「なるほど……」
そう小さくつぶやく。理解したというより、覚えた、という顔だった。
小隊長が話を切る。
「第一、先導。第二、荷台側面の警戒。第三は車列後尾と予備だ。榊は全体の前寄りで見ろ。エリックは通信補助」
「了解」
声が重なる。
「質問は」
ラジードが手を上げる真似だけした。
「MRAPの座席、ほんとに柔らかいんだろうな」
「乗って確かめろ」
小隊長はそれだけ言った。
復帰すると一皮むけるのあるある




