第七話 回収の仕事②
魔術師を回収しなければならないのには、いくつか理由がある。
Date: 2016年5月30日 13:05
Location: 墜落現場
Person: 榊恒一中尉
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墜落現場は、最初の報告よりまだひどかった。
機体は完全な墜落というより、無理やり地面へ押しつけられたような姿で止まっていた。
胴体の一部は裂け、片翼は半ばから捩じ切れ、積荷が周囲へ散っている。
着陸できたこと自体が奇跡に近い。だからこそ、現場の惨状が余計に生々しかった。この状況で応戦するとはパイロットの腕がいいのか、魔術で衝撃を緩衝したのだろうか?
周囲には空薬莢が散っており、砂に吸われて黒いシミとなった血痕。止血に使った布、ローブの切れ端、焼けた通信機材が転がっている。
降りたあと、ここで戦っているようだ。落ちたところが獣どもの住処とはついてない。
榊はしゃがみ込み、砂の上に残った線を見た。人が這った跡。そして、獣の足跡と何かを引きずった跡。その擦過痕の縁に、黒い結晶粉がこびりついていた。
擦過痕の先をにらむラジードの横顔に話しかける。
「連れ去られてるな」
「ああ。あっちに一人生存者がいるようだ」
榊は包帯と血の乾き具合を見ながら答えた。
「まだ口が利ければいいが」
先遣隊は散開した周辺警戒を行う。第一が左、第二が右。榊は第二分隊のベフルーズを連れて、最も新しい血痕の方へ進む。
見つかった生存者は、瓦礫陰に半ば埋まるように倒れていた。若い将校だった。脚をやられ、胸から腹にかけて砂と血にまみれている。
ステイシスの破片がすぐ脇に転がっていた。やはり魔術師はいたようだ。
「おい」
榊が肩を叩くと、相手はまぶたを震わせた。
焦点の合わない目がこちらを見る。
「……味方か」
「そうだ」
「遅い到着だ」
「それだけ言えるなら死なないな」
榊はそう言いながらも、脚の傷を見てすぐに後方に搬送することを決める。
ベフルーズが膝をついて水を渡す。男は一口だけ飲んで、喉を鳴らした。
「ほかのやつらは」
榊が訊くと、男は瓦礫の向こうを見た。
「わからん。魔術師は魔術で俺たちを守ろうとしてくれたが……」
「そのほかの人間は?」
「でかいワレモノが出てきて、壊走して後はわからん」
呼吸が荒い。だが意識はまだある。
「積荷は何だ」
「補給……資材……」
そこまで言って、男は咳き込んだ。榊は一瞬だけ眉を寄せた。
それ以上は無理だった。止血帯を締め直し、触媒を使い治療を始め担架の用意を指示する。
「ハンヴィーに載せろ。1人付けてブラボー2まで下がり小隊長と合流してくれ」
そう指示をしようとした瞬間、無線から報告が上がる。
『コンタクト。北東。50m先の岩のところだ。』
ハサンが無線へ向かうより早く、マックスの声が飛び込んできた。
『デカいのが1匹。まだ気が付いてないようだ……待て、おいあれは……』
その一瞬の間が、嫌だった。
『中尉、こっちへ来い。術師を見つけたぞ』
榊は立ち上がった。マックスと合流しなければ。
「ベフルーズ、墜落地点で拾った遺体はハンヴィーに載せてある。生存者も乗せろ。LZまで下がって、小隊長が来たら合流しろ」
改めて指示を出す。
「了解」
「マックス、そちらに合流する」
『了解』
分隊を集合させ瓦礫を越える。やや高い位置にある岩陰から見ると、地面が少し窪んでいた。雨季の水たまりかもしれない。ワレモノがそこにいた。
そして探し人があった。
最初に見えたのはローブだった。
灰と血でまだらになった布の切れ端。次に見えたのは腕。その先は、黒い結晶が皮膚と装備の境目を曖昧にしていた。
人間はワレモノにはならない。しかし何も影響がないわけではないのだ。術者は汚染区域で死ぬことを恐れる。
なぜか。その答えが目の前にある。頭では分かっているが、何度見てもなれるものではない。人間はこういう場所で死ぬと……結晶化する。
そして、やつらはそんな結晶化した人間を王への供物として、あるいは自身の強化のためか喰う。
そして、それを1体のワレモノが運んでいた。
犬型に近い。だが生き物というより、割れたガラスを無理に獣の形へ集めたような異様さがある。
口吻の奥で赤黒い光が脈動し、脚が沈むたびに結晶片を地面へ落とした。結晶化が進んだワレモノがそこにいた。
ラジードが低く言った。
「二個分隊だけでやれる相手じゃないぞ」
榊は答えなかった。遺体との距離、ワレモノの脅威度、結晶化の進み具合を一瞬で測る。
確かにラジードの言う通り無理だと榊も思った。
この装備、この人数では、あれだけ結晶化の進んだ個体を仕留め切るには足りないが……それでいいのか……
そのときだった。
墜落した機体の方角で、鈍い爆発音が響いた。
遅れて衝撃が空気を叩く。ワレモノがわずかに身を引き、咥えていた遺体を取り落とした。
転がった遺体の目元から、ひとかけの結晶が剥がれ落ちる。陽に拾われて、きらりと光った。
すぐ横で、アイシャが息を呑む。
「……泣いてる」
その一言で迷いが消える。昏く、熱のある決意だけが残る。
「総員戦闘態勢。焼夷手榴弾、用意」
マックスが顔を向けた。
「中尉、本気か? あれとやり合うつもりか」
「あの結晶化を見ただろう。あれに食われ力をさらに付けられるのはまずい。彼は見た顔だ。」
「なんだって?!」
「たしか上位の魔術師だ。食われて強化されたら目も当てられん」
榊は目を逸らさずに言った。
「くそ……それはまずいな」
ラジードが眉をひそめる。
「さすがに遺体は回収できんぞ、それに先手を打つなら車両も寄せられない」
「ああ」
榊は窪地の縁と、その下の脆い足場を顎で示した。
「焼夷弾と十字砲火で注意を引け。足場が弱い。榴弾で崩せ」
「やつが体勢を崩した隙に、最大出力で魔術を叩き込む。ひるませて焼夷手榴弾で彼を火葬してやろう。スピード勝負。長居は危険だ」
ラジードが天を仰いだ。
「くそったれ……第一分隊、戦闘準備。ジャクソン、重りだったMGL-140の出番だ。新型榴弾のお披露目だ」
「アイシャ、ベネリにドラゴンブレスを入れろ。試合開始の合図はお前だ」
「アリレザー、LMGを持って右の瓦礫山へ。とにかく叩き込んでやつの脚を止めろ」
マックスもすでに動いている。
「第二分隊、配置につけ。アレックス、M240を持って西側の廃屋屋根へ上がれ。アリレザーと十字砲火だ。地面に縫い留めろ」
「トマス、M95で狙撃しろ。頭を押さえるんだ。」
さっきまで騒がしかった現場が、嘘みたいに静かになる。
ワレモノはまだ遺体のそばにいた。落とした獲物を前脚で押さえ、低く唸るように結晶の奥を震わせている。
榊は膝をつき、左手を地面に添え集中する。ワレモノを見据えている。ラジードの声が無線で低く数える。
『三』
アイシャがショットガンを構える。
『二』
M240の銃口がわずかに下がる。
『一』
乾いた破裂音とともに、ドラゴンブレスが火線を吐いた。
ドラゴンブレス弾の魔術触媒粒子と燃焼粒子が窪地へ降り注ぐ。このシェルは魔獣の表面結晶の魔力を攪乱し、通常弾頭が利きやすくなる。
ワレモノの表面層で粘着質な燃焼粒子が舞い踊る。驚き頭を上げた瞬間、トマスが放った12.7㎜弾が目玉に直撃し、爆発したように結晶がはじける。LMGの曳光弾が交差し、表面層にあたり、炎が上がっていない箇所は跳弾する。
榴弾が足元へ叩き込まれ、乾いた土と結晶片がまとめて吹き飛ぶ。窪地の縁が崩れ、ワレモノの後脚が沈んだ。
今だ!
榊は術式を詠唱する。収束した焼砂錐が碧い光芒を曳いて走り、肩口へと突き立つ。
焼砂錐は硬質な穿孔音を発し、潜り込んでいく。すぐさま内部で爆発し左肩に大穴を開ける。ワレモノはガラスを踏み砕いたような叫びをあげ、たたらを踏んだ。さらに榴弾が爆発し、ワレモノに振りそそぐ。
ワレモノが吠える。いや、空気を裂くような甲高い振動を吐き出した。まだ死んでいない。むしろ痛みに逆上している。次に来られたら、今度はこちらが追い込まれる。
「下がれ!」
マックスが怒鳴る。
榊は燃焼手榴弾を引き抜いた。短い起動句を叩き込み、結晶化した遺体の残された部分へ投げる。
次の瞬間、青白い火が風を巻いて広がった。
通称パラケルススの聖火。近距離のあらゆるものを焼き、回収不能遺体を弔うための火だった。
火は遺体だけでなく、その周囲の汚染組織ごと呑み込む。ワレモノがたじろぎ、裂けた肩を引きずるように後退した。
撃破には程遠い。だが、十分だった。
「追うな」
榊は低く言った。
「戻ってこられるまえに俺たちも下がるぞ」
そう言ったとき、遠くでエンジン音がした。第三分隊だった。遅れてきたMRAPの重い唸りが、乾いた地面を伝ってくる。
それと同時に、周囲の敵影も増え始めた。散発的だったマザリモノの鳴き声が、音につられたのか、匂いに寄せられたのか、数を増やしている。
榊は一瞬だけ現場の奥を見た。まだ別の遺体がある気がした。ラジードが横に来る。
「まだ……遺体が」
「見えてる」
榊は目を閉じ、わずかに考え決断する。
「だめだ。目立ちすぎた。すべては回収できない撤収する。」
ラジードは一度だけうなずいた。それで十分だった。担架と、墜落地点周辺で回収できた別の遺体、ケース、詰めるだけの物資を順に積み込む。榊は最後まで、送り火の残る墜落地点を見ていた。
俺の手は全部を拾えない……その事実を、受け入れるしかないということを昔から知っていた。
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FOBアンヴィルへ戻った頃には、日が傾き始めていた。
生存者は医務へ。墜落地点周辺で回収できた遺体は確認と収容へ。術者遺体は現地で焼却済みとして書類が処理される。
記録媒体は本部へ。現場で拾った書類は一枚ずつ乾いた布の上に並べられ、情報担当将校が回収していった。榊は回収された識別票をぼんやり見ていた。
泥と血を落とされた金属片は、かえって無機質で、持ち主の気配が薄く見える。
背後で、ハサンが本部の連絡将校と短く話している。
「シベリアでロシア軍が押されて、そのしわ寄せが南へ来てるって話だ」
「向こうは片手以上は持っていかれたらしい。どうも地形的に回収がむずかしいらしい。」
大した調子ではない。ただの噂話のついでの一言だった。それでも榊には、それがやけに重く聞こえた。
誰かが置いていかれ、誰かが拾いに行き、拾えなければ焼く。それが追いつかなくなっている戦場が、別にある。
野戦病院の白布が風に揺れる。その向こうに、まだ動けないエリックがいることを榊は知っていた。
後方に置いていかれる側の気分は、たぶん良くないだろう。だが、生きて後方に置いていかれる方が、死んで前線に置いていかれるよりましだ。
洗われた識別票が一枚、金属の盆の上で乾いた音を立てた。榊はそれを見下ろしたまま、何も言わなかった。
これがこの戦争の通常業務だった。
回収できない場合、無茶を押してでも焼き払う必要がある。
次回は追い詰められてなお一枚岩にならない、人類の愚かしさについて。




