第六話 回収の仕事
前線で死んだ魔術師の遺体は魔獣に与えてはならない。ろくなことにならないからだ。
Date: 2016年5月30日 10:15
Location: 前線作戦基地アンヴィル(FOB Anvil)
Person: 榊恒一中尉
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回収という言葉を、榊は昔からあまり綺麗なものだと思っていない。
生きている人間を連れ帰るだけなら、まだ救助と呼べる。
だが戦場で回収と言うとき、それはたいてい、もっと悪い意味を含んでいるからだ。
遺体。識別票。記録媒体。血のついた地図。燃え残ったローブ。
場合によっては、名前の分かる骨だけでもいい。持ち帰れないなら焼く。焼いてでも敵に渡さない。
そうしなければ、戦場はもっと悪くなる。特に術者は回収しなければならない。
魔術師は前線で死んだ場合、魔獣を引き寄せる。やつらは魔術師を食う。忌々しことに、食われた魔術師の魔術を不完全ながら再現するのだ。
この地獄では仲間の遺体は残せない。特に、力のある魔術師は。サミーラのような……
そこまで考え、思考をやめ地図版に意識を集中する。
簡易テントの中で、小隊長は地図板を指の背で叩いた。赤鉛筆で囲まれた地点は、FOBアンヴィルから見ればそう遠くない。だが、近いことと易しいことは別だった。
「輸送はUH-60L。前線哨戒点ブラボー2までだ」
誰も口を挟まない。
「現場へ直接ヘリではいかない。墜落原因が事故か攻撃かまだ分かっていないからな」
小隊長は一度視線を上げ、全員を見回した。
「魔獣か、あるいは結晶教の連中か」
ラジードが鼻を鳴らした。
「もっと景気のいい話を聴きたいぜ」
「そこになければないな」
返したのはアリアだった。腕を組んだまま、壁にもたれかかっている。
イスラエル軍以来の知己らしく、こういう軽口だけは二人とも妙に息が合う。小隊長は続けた。
「ブラボー2は触媒核の汚染域を監視する分散哨戒点だ。墜落地点の最寄りでもある。周辺哨戒点から車両を回させている。MRAP、なければハンヴィーで穴埋めだ」
ハサンが書き付ける。マックスはすでに持ち出し装備の一覧を頭の中で組み替えている顔だった。
「第三分隊は小隊本部と車両をまとめて後ろから追いかける」
「先遣は第一、第二、支援班の一部、分遣隊長は榊」
榊は顔を上げた。小隊長のコールは続ける
「回収に関してはお前が一番分かってる」
軍における魔術師は、ただ撃つだけの人間ではない。魔術使用のタイミング、規模、場所など広範囲に影響が出るため、一定の指揮権を有する。
「任務目的は三つ」
小隊長が紙を読み上げる。
「生存者の救出。物資の回収、そして」
そこで一度、言葉が切れた。
「術者が死んでいたら、回収か焼却までだ」
小隊長はそこまで言うと、紙を畳んだ。
空気が少し硬くなる。榊はそれを気配で感じた。回収。焼却。
その二語が入った時点で、この任務はもう普通の捜索救助ではない。汚染区域に関する任務は大体ろくでもないが、術者の回収はその最たるものだ。
魔術触媒を使った核攻撃が行われた場所では、隕石の影響か、力のある術者が死んだ場合ろくでもないことになる。
「質問」
マックスが手を上げるでもなく口を開いた。
「CSARの真似事ですか?」
「真似で済めばいいが」
小隊長が答えた。アリアが肩をすくめる。
「済まないからお鉢が回ってきたんだろ」
小隊長はそう言って話を切った。
「装備確認。燃焼手榴弾を増やせ。担架も持て。ハサン、墜落機の最終送信座標を榊と共有しておけ」
「了解」
「周辺哨戒点の連中がATVで先に見に出ている。地形と敵影の報告が上がってくるはずだ」
「了解」
榊は短く答えた。それから自分の装備に視線を落とす。
新しく支給されたブリーチングアックス。30発入り予備弾倉。封入触媒。
そして……燃焼手榴弾ー様々なものを焼くためのもので、化学反応と魔術のハイブリットの燃焼力の高いものだ。
血生臭いものばかりで、英雄譚に出てくるようなひかり輝くものは何もなかった。
小隊長が思い出したかのように言った。
「ジャクソン、MGL-140を持っていけ」
「了解」
「作戦本部からの指示で、開発中の試作弾頭を使ってみてほしいらしい」
「試作?」
「ああ」
「なんでも特殊な合金を開発したらしく、魔獣の結晶≪表面≫をいままでより攪乱するらしい」
「本当ですか?」
「ああ」
「使うことがないのが一番というのがなんとも……」
ジャクソンはそういうと、やれやれという顔をし補給担当将校の元へと歩いて行った。
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UH-60Lの機内は、騒音と振動で会話に向いていなかった。向いていたとしても、ろくな話は出なかっただろう。ドアガンナーはヘルメットで表情がうかがえないが、幾分緊張しているようだった。
榊は膝の上に置いたヘルメットの縁を指で叩き、ハサンから回された座標メモをもう一度見た。数字の列。時間。機体名。非常用発信機の最終送信位置情報。
地図に落とせば目安にはなる。だが目安でしかない。地上で引きずられ、散らばり、燃えれば、すぐ役に立たなくなる。
機体が不意に大きく沈んだ。腹がふわりと浮き、固定索がギリギリと耳障りな音を立てる。ラジードが向かい側で片眉を上げた。
「おいおい」
次の瞬間、気流に煽られた機体が横へひどく振れた。座席に体を預けていなければ、肩ごと壁にぶつけていただろう。
アイシャは座席をしっかりとつかんで小さくなっていた。普段あまり感情を見せない彼女にしては珍しい。高いところは苦手なのだろうか?
それでも搭乗員は何事もない顔で後ろを振り向き、インカム越しに言った。
「まもなくLZ。三十秒前。良い旅を」
ラジードがヘルメット越しに笑う。アイシャは恨めし気な顔を搭乗員に向けている。
「快適な旅をどうも!」
搭乗員は肩をすくめただけだった。冗談として受け取ったのか、聞こえなかったのかは分からない。
榊は外を見た。触媒核の汚染域外縁は上から見ると、地上で感じるよりずっと不気味である。
焼けた溶けた地表の上に黒い結晶斑がこびりつき、そこだけ別の病気が地面に根を張っているように見える。
遠くには、まだ煙を上げる墜落地点らしきものがある。だが機体はそこへ向かわず、少し外した乾いた一帯へ高度を落とした。
哨戒点ブラボー2だった。
着陸は乱暴だった。ローターの風が砂を巻き上げ、視界が一瞬白茶ける。
全員が屈み、順に飛び降りた。もう一機も少し遅れて接地し、人員を吐き出す。
地面は固く、風は乾いていた。ブラボー2は小さな土嚢壁、アンテナ、迷彩ネット。前線哨戒点に必要なものだけが押し込まれたような場所だ。
そこへATVが二両、砂埃を引いて戻ってくる。乗っていた兵の一人がヘルメットをずらし、息を切らしたまま榊たちの方へ走ってきた。
「墜落地点を発見した。どうも交戦した形跡があるようだ。注意してくれ」
もう一人が地図板の上へ指を置いた。
「敵影は散発。マザリモノ数体。詳細は不明ですが気をつけてください」
榊はその言葉で顔を上げた。
「ワレモノは」
「姿は見てません。ただ、いたとしてもおかしくない」
ハサンがもう一人の哨戒兵と、最終送信座標を地図へ重ねながら地図に書き込んでいる。
榊は地図をのぞき込み、しばし黙考する。そして全員の顔を確認するかのように見つめ言った。
「北から入る。近くまで行き下車。隊形は横隊。小隊長が来るまでに墜落地点に移動しておきたい」
ブラボー2の隅では、寄せ集めの車両がちょうど揃い始めていた。
あちこちにへこみがみられるMRAPが一両。M2を搭載したハンヴィーが二両。どれも新品とは程遠い。
だが走るなら十分だった。
榊は運転席に乗り込む兵を一瞥し、コッキングレバーを軽く引き、初弾が装填されていることを確かめてから言った。
「行くぞ」
次回は輸送機墜落現場での戦闘捜索救難回




