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第十一話 榊という男②

今回はかなり短め。

人を育てるのは難しい。でもやる気がある姿を見ると上の立場は嬉しいもの。

Date: 2016年6月17日 13:30

Location: 前線作戦基地アンヴィル(FOB Anvil)

Person: 榊中尉

---


いつの間にか午後になっていた。面談室から出ると、廊下でエリックと鉢合わせた。


「またカーターのところか?」


「はい。第一小隊のカーター大尉に、遮蔽越し支援について聞いてました。長時間の使用が困難なはずのクレアボヤンスを連続して利用するコツを教わりました」


魔術師の数だけ戦い方がある。俺のやり方に固執するな——そう言ったのは自分だ。素直に実行しているのだから文句はない。榊は一拍だけ間を置いた。


「カーターは視野が広く、詠唱が早い。距離が近くても戦える。そこは気をつけろ」


エリックの表情が変わる。榊が他班の魔術師の特性をここまで具体的に言うのを聞いたことがない。


「……了解です」


「教範と違うことを言われても、どちらかを捨てるな。なぜ違うかを考えろ」


榊は続ける。自分でも少し喋りすぎていると気づいているが、止まらない。


「教範は決して陳腐な資料じゃない。多くの兵士の血で書かれている。常に考え続けろ。あるのはベス……」


「あるのはベストではなくいつだってベター。ですよね。わかってますよ中尉」


そう言ってエリックは笑った。榊は一瞬だけ面食らう。台詞を先に取られた。そこまで言って、榊は自分が喋りすぎたことに気づいた顔をした。


「それでいい。なあ、珪素生物制圧圏という言葉を聞いたことがあるか?」


エリックが顔を上げた。記憶のとっかかりを探っているようだった。


「……名前だけなら。触媒核汚染域とは違い、やつらの生存に適した環境に変わってしまった地域と聞きました」


「ああ。厄介さの種類が違うようだな」


それだけ言って、榊は先へ進んだ。廊下の向こうで、エリックがその背中を少しの間見ていたが、榊は振り返らなかった。


---


夕方。日が傾いて、基地の端が橙色になる時間だった。

ラジードが基地の外壁に背を預けて立っていた。タバコを持ってはいなかった。ただ、空を見ていた。

榊が通りかかったのは特に理由のない経路だった。立ち止まったのはもっと理由がない。


「本部はどうだった」


「聴取だ」


「そうか」


ラジードは目線を落として、足元の砂を踏んだ。


「そういえば、シベリアの方に兵を回すという話、聞いたか」


「噂か」


「今はな。でも噂の段階でこっちに漏れてくるなら、もう上では動いてるんじゃないか」


「……そうだろうな」


ラジードはしばらく黙った。


「お前みたいな奴が必要になる場所だ、あっちは」


「俺より優秀な奴は腐るほどいる」


「……お前さ、なんで自分をそう低く見るんだ」


榊は答える前に少し間を置いた。


「適切に見ているんだが……」


生真面目に答える榊にラジードは短く笑った。否定する笑い方ではなかった。呆れたのでも、同意したのでもない。ただ、それ以上は聞かない、という笑い方だった。赤く焼けた空に、雲が浮かび北へとたなびいていた。


---


夜、書類処理室のテーブルの上に、AMARIからの通知が一枚届いていた。


> 照会にご協力いただきありがとうございます。

> 提出いただいた記録および本日のヒアリングを踏まえ、中尉の術式運用パターンおよび指揮判断は、

> 触媒核汚染域のみならず珪素生物制圧圏侵出時の戦術策定においても参照価値があると判断しております。

> 追って改めてご連絡する場合があります。


榊はそれを一度読んで、紙を折った。


参照価値。


何かの実験動物にされているようだ。分かっている。だがそれを止める理由がない、とも分かっている。

紙を折って、机の端に置いた。テントの外では、夜番の足音と発電機の低い唸りが、薄い壁越しに重なっていた。昨日と同じ音だった。それなのに今夜は少し違う重さで聞こえた気がした。


AMARIは榊の能力に他にないものを感じている。しかし、有効打を与えるが無双するものではない世界。中尉、あなたにチートはございません。

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