九月二十一日
午前八時五十五分、縞田夫婦はここ、第七南警察署に再び出向いた。
総合受付にて、二十代と思しき男性事務員に自分たちの名を伝えると、掴みどころの無い声で、「あぁっ、例のですねぇ」と言い、受話器を取る。
秋は受付カウンターで、ゆっくりと音を立てず、人差し指を、 トン、トン、と打つ。
語尾を伸ばすのが癖なのか、男性事務員は「縞田夫妻がいらっしゃいましたぁ」と、受話器の向こう側にいる人物に伝えた。
そして暫く相槌を繰り返し、「承知しましたぁ」と、受話器を下ろす。
男性事務員の眼が冬葉に向いた。
「担当者がお迎えにきますのでぇ、後ろのソファでお待ちくださぁい」
二人はこの事務員の話し方の癖に、若干の違和感を覚えつつも、言われた通りソファに腰をかける。
冬葉は事務員の方向に視線をやり、言った。
「公務員試験、通ってるんだよね」
「優秀なんだよ、きっと」
五分後、スーツ姿の男性が小走りで総合受付にやってきた。
男性事務員のカウンター前で立ち止まり、二、三言葉を交わすと、事務員は立ち上がり、二人に視線を送った。
スーツ姿の男性は、軽くお辞儀をしながら二人に近づく。
ピンとした背筋に、爽やかな笑顔でこちらに向かってくるのだ。
思わず冬葉は、「若いね」と、秋に言った。
秋も同じことを考えていたのか、「新米刑事さんってやつかな」と、こたえる。
二人の前で立ち止まり、爽やかさんはこう言った。
「縞田さん? でしょうか」
冬葉は「えぇ、はい」と言いながら、腰を上げる。秋も同時に立ち上がった。
「第七南警察署 情報調整室の蝶野と申します」
秋は、たどたどしく「じょうほう ちょうせいしつ、ですか」と復唱する。
蝶野は同調するように頷いた。
「ですよね、そうなりますよね。僕も配属されて三ヶ月目なんですが、この部署名、口に出すのが気恥ずかしくて」
冬葉は、「あっ」と、何かを思い出し、こう言った。
「ドラマのやつですよね。山居聡美が出演してた刑事ドラマで、全く同じ部署名が使われてた」
蝶野は苦笑し、「えぇ、はい」と答えると、一呼吸置き、軌道修正を行うように、両手をパチリと合わせて続ける。
「では、こちらへ」
蝶野に案内される道中、冬葉は、ドラマの映像を頭の中で再生する。
春に放送されていた刑事ドラマで、情報調整室が舞台となる。
公安の諜報部員が陰謀を暴いていく話で、山居聡美はその陰謀に加担させられた元研究員というキーパーソンを演じていた。
考察系のドラマで、視点が変わることで敵味方も変わっていく。
これがウケたのか、サブスクドラマが主流になりつつあるなか、続編期待の民放ドラマが生まれた。
確かドラマだと、使われてない地下室が部署の寝ぐらだったっけ…
部屋に通されると、四十代くらいの清潔感のあるジェントルが、開口一番、「違うでしょ!」と言った。そして続ける。
「地上三階、陽当たり良好、風通しもいい。仄暗さゼロ!一般の警察官で構成されておりまして、過去やらかし刑事も、偏屈インテリ刑事も、ウイルスを作れちゃうようなハッカー刑事もいません!
それがここ、情報調整室です」
二人は目を丸くさせた。
朗らかなジェントルは、秋を見て思わず握手を求める。
「子供の頃大好きだった野球選手と同じ身長じゃないか!体つきも手の大きさも、これは凄いな」
秋は戸惑いながら「あの…」と言った。
ジェントルは「これは失礼」と手を離し、自己紹介を行う。
「私、調整室の責任者、齋藤と申します」
名刺を二人に渡す。冬葉は名刺に視線を落とした。
-齋藤 肇-
齋藤の涼し気な目元は、微笑むと優しさが滲み出る。
その表情から、少なくとも悪い人では無さそうだと、冬葉は感じ取った。
計六名で構成されている小さな部署で、地上三階にあるこの部屋は、一般的なオフィスの一画といったところか。
ドラマと唯一同じなのは、ここが部署専用の部屋だということ。
齋藤は蝶野に言った。
「私お茶用意するから、お二人を客室にお通しして」
調整室には一つ、客室が設けられていた。
蝶野は、「どうぞ」と言い、その扉を開く。冬葉は「ありがとうございます」と、足を踏み入れた。秋も後に続く。
秋は視界に入る物を、何の気なしに追っていく。
合成皮革と思われる焦茶色のソファと、ローテーブルに、ん?子供?
すると冬葉が思わず声を上げた。
「君!大丈夫だったの!?」
秋は尋ねた。
「昨日言ってた子?」
「そうコノ子。あっ、でも日本語通じないか…」
褐色の肌をした、澄んだ黒い瞳をしている男の子は、紙パックのジュースを置き、こちらへ向かってくる。
冬葉はドギマギしながら、男の子に聞く。
「アーユー、オーケー?」
男の子は冬葉に抱きついた。
冬葉が羽織っているオーバーサイズのネルシャツが揺れる。
「I'm OK!大丈夫だよお姉さん!」
冬葉の胸から顔を覗かせ、満面の笑みをみせた。
「あーっ、良かった」と、肩の力を抜く冬葉とは正反対の、眉間を強張らせた蝶野が、男の子に注意する。
「タカ、お姉さんから離れるんだ」
蝶野だけにわかるように、戯笑してみせ、冬葉から体を離す。
男の子が無事だったという安堵に、冬葉はあることに気づけていない。
秋はそのあることを言葉にした。
「タカくんだっけ?日本語上手だね」
「あっ、日本語」
タカはこたえる。
「日本に住んでます。ママは日本人。パパも日本語できます」
齋藤がお茶を乗せたお盆を持ち、やってきた。
「なんだか賑やかでいいね」
お茶をテーブルに置き、「ささっ、おかけください」と言う。
冬葉と秋は促されるままソファに腰を下ろす。
タカは先ほど座っていた向かいのソファに、その横に齋藤が腰をかけた。
齋藤の表情は真面目なものに変わった。
「まずは、ご協力頂き、有難う御座います。お二人が通報頂いた後、対応した者から連絡がありましてね。然るべきルートで調査したところ、彼、タカくんのちょっとした悪戯だったという事がわかりまして」
冬葉と秋は顔を見合わせ、口を揃えて言う。
「「いたずら、ですか」」
齋藤は眉尻を下げた。
「えぇ、ご両親にお灸を据えられ、謝罪したいと。今日はパパも来署されてます」
冬葉は小首をかしげる。
「そのパパは今どこに」
「日本人より繊細といいますか、子のやらかしに朝から腹痛を。お二人がここに来る少し前にトイレに駆け込んで行きました。なので、パパが来るまで、私から経緯の説明をさせて頂きます」
冬葉はタカを窺う。頭を垂れ、膝の上で手をモジモジとさせていた。
両親の知人が主催のパーティーに連れられ、タカはそのホテルにいたそうだ。
タカは退屈なパーティーだと感じたんだそう。ホテルからは出れないし、大人は難しい事ばかりを話している。
そんな状況にフラストレーションが溜まり、つい悪戯してみたくなったと。
たまたま冬葉が前から歩いてきた。ただそれだけだった。
態とぶつかって、助けてのハンドサインをみせたらどんな反応をするのだろうと。
反応を見る限り、ハズレだと思ったようだ。
しかし状況は一変した。
一つのハンドサインで日本の警察は動き、大使館からパパに連絡が入る。降って湧いたような事態にパパは狼狽し、事情を知ったママは、この世のものとは思えない鬼の形相でタカを叱ったのだとか。
客室の扉が開く音が聞こえる。
二人が振り向くと、タカとソックリな瞳をした男性がそこにいた。それはタカの父と判る程だ。
秋のもとに駆け寄る。
「あぁ、あなたがタカの身を案じてくれた方ですね」
秋はソファの背もたれに寄りかかり、大きな体に隠れていた冬葉を見せた。
「僕の妻です。ここにいる誰よりもタカくんの身を案じていましたよ」
タカの父は床に両膝をつく。
その姿に、二人は慌てた。
秋は父親の肩に手を置き「いやいやいや」と言い、冬葉は「違う違う違う」と言った。
今どき日本人だってコンナことしない。と、冬葉は思う。
顔を上げた父親に、冬葉は言う。
「こうしてタカくんと警察にいらっしゃったのは、タカくんからの謝罪も兼ねてかとお見受けしますが、違いますか?」
父親は立ち上がり、タカに「来なさい」と言った。タカはバツの悪そうな表情で、父親の方へ歩み寄る。
父親は中腰になり、包み込む様な声でタカを諭す。
「タカ。タカがやった悪戯で、これだけの大人が動くんだ。本気でタカのことを心配してくれた方に、有難うという気持ちと、謝る気持ちをちゃんと伝えなさい。それと、警察官は限られた人数の中、この国の治安を守らなくちゃならない。この件で警察官を独り占めしたぶん、本当に警察の手助けを必要としている人への支援が十分にできなかったかもしれない。それをしっかりと心の中に留めておくんだ」
タカは溢れそうな涙をグッと堪え、父親の話に頷いた。
タカはこちらに向き、三人へ深くお辞儀をする。
「俺のこと心配してくれて、ありがとうございます。あと…騙すようなことをしてごめんなさい…」
タカの父親もタカの謝罪直後に、「本当に申し訳ございませんでした」と頭を下げた。
一件落着で幕を閉じ、秋と冬葉は調整室から退出する。無言のまま警察署を後にし、車に乗り込んだ瞬間、二人は大きく息を吐いた。
冬葉は、自身が履いているジーンズの後ろに片手を回し、腰回りに差し込まれた一枚のメモ紙を抜き出す。
メモを読む二人は目を見張った。
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花村ガルシア 鷹
080-××××-××××
助けてほしいのは、オレじゃない。
ホテルにいる4人の子。
サイトウはダレにも言うなって。
パパとママにも言えない。
命があぶないから。 -
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冬葉は最後の行を口に出して読んだ。
「- ハンニンは、パパとママのお友だち…」
花村 ガルシア 鷹
・八歳
・日本の公立学校に通っている
・パパはママに歯向かえない
夫婦はこれぐらいがちょうどいいってママが言ってた




