八月二十四日
バッタリと、という言葉がしっくりくる二人の再会は、当たり障りの無い亀丸の一言から会話が始まる。
「風邪でもひいたんすか」
「違う違う。ほら、例の事件に巻き込まれてぇの、都から受診の葉書が届いてぇの、今ここ」
「れい?例…あぁっ、そっか、アノ事件の」
例の事件、否、テロと言っていい。
鶴羽さんの家で観た、烏通り上空から映し出されたミニワンピースを着た女性。
やはりこの人だったか。
幸い、鶴羽さんは友良さんのことを知らない。
この人があのジジィの贄にならなくて良かったと、心底思う。
贄、と言えば…
「あの、夏くんは元気にしてますか」
友良はニッっと笑って、こう返した。
「亀ちゃん、小腹空かない?」
確かに昼休憩は取っていない。
しかし勤務中ということも忘れてはいない。
「いえ、俺は…」
亀丸の胃袋が鳴る。
「亀ちゃんはさ、擦れることなく真っ直ぐ大人になったんだね」
こうして二人は、病院からほど近いファミレスへ、小腹を満たしに赴いた。
ソファ席に向かい合わせで着席した。
テーブルの上には、ドリンクバーで注いだアイスカフェラテと、アイスコーヒーが置かれている。
友良は、アイスカフェラテにストローを突っ込み、マドラー代わりにかき混ぜると、一口吸った。
そして唐突に答える。
「夏生くんは元気だけど何かあった?」
亀丸は、落ち着いた様子でこう返した。
「いえ、何もないですが、元気っすか。良かったっす。そう言えば、芽生ちゃんは幾つになったんすか?」
「芽生は六歳になったよ、ピカピカの小一」
なんとも言えない表情で、亀丸は言った。
「あーっ、近所のオジサンってこんな感覚なんすね」
頷く友良は、共感する。
「あーっ、時の流れって奴はってぇ感じ」
十分後、注文した食事が提供される。
亀丸はパスタを、友良はサンデーを口に含んだ。
友良さんと話していると、何もかも見透かされているようで緊張する。
なんとか芽生ちゃんの話で逸らしたが、正直、誤魔化せているかどうかも判らない。
ていうか、この夫婦は昔から、思惑の底を覗くように、人の機微を読む癖がある。
友良は苺と生クリームを掬い口へ運ぶ。
日頃食べ慣れていないご褒美を舌が感知すると、頬から唾液が滲み出てきた。
亀丸は無難な質問を投げかける。
「友良さんは、今何してるんすか?」
友良はパフェを掬いながら答えた。
「九月から病院の看護助手」
「看護助手っすか、これまたキッツイ仕事選びましたね」
「いやぁどうなんかね、元は老人ホームの職員だったし」
亀丸は、パスタを巻く手を止める。
「“3K”職業からまた同じ様な所に再就職って、中々できる事じゃ無いっすよ」
アイスを飲み込むと軽く溜め息を吐いた。
「特にやりたい仕事もないし、てか労働したくないし。けど十八になった途端、責任がオプションで付いてくる。それなのに子供作って自ら責任を増やしたわけだよ」
「そう、なんすか」と、亀丸の声に戸惑いが隠せない。
「その責任を全うするには、持続性が非常に大事だと思うわけ。好き嫌いで仕事が持続する人は一握り。だから私は、出来るか出来ないかで仕事を選んでる。出来る仕事をしていれば、労働によるストレスも軽減できるし、一定の評価も貰える。だから、亀ちゃんの言う、そのキツい仕事は、私にとって、言うほどキツくない仕事ってことですなぁ」
口を開けながら聞いていた亀丸は、ついつい本音を漏らす。
「意外とロジカルなんすね」
「そう。意外とスマートなの」
「いやっ、すみません、そんなつもりじゃ」
「いや、そんなつもりだったろ」
そんなことを言うと、友良はふと、悪戯に微笑んだ。
その表情に不意を突かれる。
友良から視線を離し、パスタを口に含んだ。
女性の一挙手一投足に気恥ずかしさを覚える。そんな自分に気色悪さを覚える自分がいる。
亀丸は、その気色悪さを掻き消したい一心で、こんな質問をした。
「ダイバーシティ制度の活用は考えなかったんすか?」
「あー、ねぇ」
友良の言葉にならない返答に、亀丸はハタと気付く。
これは職務では無い。
世間一般的に考えて、非常にデリケートな質問だ。
ここは謝罪の一択しかないと、亀丸が口を開いた時である。
友良はこう続けた。
「確かに、最短で再就職先がみつかるかもねぇ。配慮もしてもらえて、今よりずっと働きやすくもなる」
「なら、どうして」
「まず給料が安すぎる」
「それは否めない」
「さっきも言った通り、一般雇用でも出来る仕事があるのに、わざわざ安月給を選ぶわけなかろう」
「至極真っ当です」
そして友良は、核心に触れる。
「それに私達は、長期的な観察が必要なテロ被害者、という体の監視対象者じゃん。
抗いたいんよ。少なくとも私は」
友良は優しく微笑む。
亀丸は、視線を真っ直ぐ友良に向け、「すみません」と言った。
その後、二人は駅で解散した。
友良は、このままの亀ちゃんでいてくれよと、がっしりとした亀丸の肩を軽く叩く。
友良の背を見送る亀丸は、
「やり甲斐、やり甲斐、やり甲斐かぁ…」と、心の中で独りごちる。




