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ダイバーシティ・ジャパネスク  作者: 月美 結満
ダイバーシティ制度
15/24

八月二十四日

東京第十八地区、穂谷ほやにある築四十年の賃貸マンションに加藤親子は住んでいる。


八月二十四日の昼下がり。


娘の芽衣は、フードファイターの如く、焼きそばを頬に詰め込み喉に流し込むと、水筒をぶら下げ、友達のランちゃんと遊びに出かけた。

母親の友良は、九月の入社に備えて、無職を謳歌している。


二日にいっぺん掃除をすれば、清潔さはある程度保たれるという考えを下に、友良は今日を遂行していくのだ。


朝を迎え、朝食をとり、洗濯物を干し終えたら、コーヒータイムを入れる。

昼食は素麺か焼きそばを食べ、食器を洗い、テレビを観ながら二回目のコーヒータイムを堪能する。


現在、二回目のコーヒータイムの真っ只中だ。

テレビをつけると、面白味のない昼のワイドショーが流れていた。


- 被害にあった十八歳未満の子供達につきまして、政府よりこんな発表がありました -


司会者の合図で、円グラフの映像にきりかわった。


- 頭痛などの症状を訴えた子は僅か0.6%、殆どの子が無症状という結果ですが、いかがでしょうか -


有名大学の有識者と呼ばれる男性教授に話を振った。


- そうですね。まぁまず、ザックリと言えるのが、二十一年前に使われた成分に別の成分が追加されたのではないかという予測がたてられます-


- 二十一年前検出された成分となりますと… -


- ボツリヌス菌になりますね。しかしですね、空気中から体内に入ったボツリヌス菌の潜伏期間は凡そ一日から三日、食物を介してでも早くて十一、二時間。数分もしない時間で死に至らしめる即効性はないと考えられている菌です 。しかもですね -


饒舌に説明する有識者に、「一旦CMです」と、司会者の淡々とした声が遮る。


友良はその光景に、乾いた声で「かわいそっ」、と呟く。


「あっ、そう言えば」


ヤバいヤバいと言いながら、冷蔵庫の上に置いてあるレターボックスの引き出しを漁る。


小学校のお便りの中に混ざっていた、一通の葉書を取り出した。


差出人は東京都からで、五月三日に起きたアノ事件の被害者宛てに発送されている。

葉書の圧着部分を剥がすと、無料受診・検査の案内が記載されていた。


政府発表後って、受け付けてんのかな。


文字を追っていく。

期限は半年間設けられていた。

そして案内には複数の病院が載っている。

そこには北多摩総合病院の名前も挙がっていた。


「いや、北多摩ここは無理」


と言い、友良は隣地区の総合病院に電話をかける。


都の圧力でもかかっているのか、受付が慌てた様子で対応する。

しかも今日の今日で予約が取れるそうだ。


「では、本日の十五時にお願いします」


そう言って、通話は終了した。


テレビを消し、コーヒーを飲み干すと、マグカップを台所に持って行き、水を張ってシンクに置く。


化粧はせず、日焼け止めを顔と首、それと、晒されている腕に塗りたくった。


自室の押入れを開け、ポーチとハンカチを取り出す。


「個人カードよし、財布よし、スマホよし、ハンカチよし、葉書よし」


そう言いながら玄関へ向かった。


靴箱の上にある、竹籤で編んだ籠の中に手を突っ込み、キーホルダーの輪っかに人差し指をかけ、鍵を取る。


スニーカーを履き、日傘を腕にかけて扉を開けた。


マンションの外に出ると、その眩しさに目を細める。

そして今日も、蒸発しそうなほど暑い。


徒歩八分の場所にある駅から、三駅先の乗瀦のりぬま駅に着くまでの間、二十一年前はどうだったかと記憶を辿る。


まだ小学二年生で、えっと…

あの時は珍しく、父さん母さんと一緒に映画を観に行く予定だったっけ。


当時は確か、今は広場になってる、烏通り沿いにあった映画館へ向かってたんだ。


映画館が見えてきて、そんでもって、あの甘い香りがして、男性の呻く声がして…


母さんがその男性に駆け寄って、髪を乱しながら心臓マッサージを施した。


鮮明に覚えているのはこれくらい。


その後、医者に連れて行かれた記憶は曖昧なものだ。


確か母に連れられて、医者に辛い事は無いかと尋ねられて…


友良は自分がどう答えたのかも忘れてしまった。


忘れるって事はだ、特に重要な記憶じゃない。

サヨナラするしかない。


今日のことも、いずれ風化する記憶となるんだろうと、電車のドアに寄りかかり、流れる景色を眺める。


電車は高架橋を渡る。

目線が高くなり、民家の屋根を見下ろした。


ふと友良は、民家に囲まれた母校に目を止める。


中学時代の、思い出したくも無いあの時あの瞬間は、こんなにも鮮やかに憶えているというのに–。


電車を降りて徒歩5分、総合病院に辿り着く。

亀丸大輔

友良と夏生が婚姻関係を結んでいない事を知らない

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