八月十五日
「今日、何月何日か知ってます?」
「八月十五日だろ」
「そうなんですよ。世間はお盆休みなんすよ」
「あぁ、俺もそうだ」
「因みに俺もっすけど。アンタ超元気じゃないすか」
家がお隣同士の気の知れた仲である。
それはいいのだが、自分の両親がお人好しのせいか、早くに妻を亡くしたお隣さんこと、鶴羽の爺さんを良く気にかけていた。
「何で祭りの話から、風邪を拗らせた爺さんの話しに繋がるんだよ」
八月終わりに開催する祭りの役員を毎年引き受ける父親は、当日の警備体制について鶴羽の爺さんに電話をかけた。
スマホの向こう側から聞こえて来たのは、鶴羽のガサガサとした声である。
父親は言った。
「熱は?…ほら!やっぱ有るじゃ無いですか!、いつもそうやって大丈夫って。何かあったら遠慮なく連絡してって言ってるじゃ無いですか」
聞こえてきた父親のその野太い声に、嫌な予感が走る。
「あぁ、でもこれから祭の集まりがあるから、母ちゃんは不在だし…」
その場を離れようとした時だ。
襟首を掴まれる。布が頚部を圧迫した。
「そうだ!ウチの恵輔行かせますよ!…そんなそんな、帰ってきても毎日ぐうたらしてるだけですから」
こうして夏休みの一日を潰された。
弟が部活で飲むスポーツドリンクと、妹が大切にとっておいたゼリーを袋にぶら下げ、お隣さんを尋ねる。
珍しくマスクをしていたため、ちゃんと体調は崩しているのだと判断はできた。
喉が辛いのだろう。
声を出さず、家に上がるよう手招きをする。
居間まで通されると、視線はダイニングテーブルへ注がれる。
そこにはPCモニターが二台並んでいた。
鶴羽の爺さんはモニターの前に座ると、隣の椅子を軽く叩き、座るよう促した。
言われるがまま着席すると、眼前のモニター映像を観て目を疑う。
鶴羽の爺さんはマスクを取ってこう言った。
「なぁ、これ観てどう思う?」
そして、今に至る。
そのモニターが映し出していたのは、
二十一年前の七月二十六日の午後三時十五分。
東京第一地区の繁華街、「烏通」、そして西側のオフィス街にある飲食店街、通称「煉瓦通り」で、甘い香りのするガスが撒かれ、多くの犠牲者がでた。
組織的犯行で、犯人は既に逮捕されており、今年の四月に二人、死刑が執行されている。
今回起きた五月三日の事件は、組織の残党が当時を模倣して起こしたものだと報道は伝えていた。
東京第一地区の成武烏通駅から急行電車で約二十分の郊外にある、築三十三年の一軒家のリビングにて。
目尻の皺が深く刻まれた鶴羽は、二台のモニター画面を齧り付く様に観ていた。
そして、モニターから視線を逸らすことなく、目を細めながら訊いた。
「模倣 模倣と騒がれているが。果たしてコレが模倣と思うかね恵輔」
亀丸恵輔は、その日本的な名前と対照的な濃い顔を持ち合わせている。
曽祖母が日本とアフリカンアメリカのミックスだとかで、亀丸にはその面影がある。
亀丸は呆れた顔で、「帰ります」と腰を上げた。すると、七十二とは思えない力で腕を引っ張り離席を阻止する。
「そんなこと言わずに、良いから観とけ」
「待て待て待て、俺はアンタが病気だって言うから来たんだわ。つかいい加減、俺を巻き込むのは止めてくれない?しかもその動画どっから引っ張ってきたの。素人の俺でも解るよ?どー考えても芳ばしい匂いしかしないのよ」
腕は掴まれたままだ。
鶴羽の手首を掴み、持てる力を込めて引き剥がそうと抵抗する。
すると鶴羽は、スウェットズボンのポケットから手錠を取り出し、自分の手首と亀丸の手首を繋いだ。
鶴羽は不適な笑みを浮かべ、脅しをかける。
「これ観たら、なっ?」
その手錠は現役時代の代物ですか。そもそも現役時代の代物は退職したら貰えるシステムなんでしょうか。
これ以上危ない話しは聞きたく無いので、亀丸は言われるがままモニターの映像を観た。
二台共に煉瓦通りが映し出されていた。
ただ違うのは、向かって右側のモニターには二十一年前のものが、左側には五月三日の映像が映っている。
「角度の問題かもしれんですけど、模倣にしては、酷似しすぎっすね」
亀丸の大きな手がマウスを包んだ。
映像を一時停止させ少し巻き戻すと、犯人の左手を拡大し、スロー再生させる。
そして亀丸は続けた。
「ほら、この左手の指の動き。この癖っつーか犯人独自のルーティーンの様なこの動き。生き写しみてぇな感じ」
鶴羽は鼻を鳴らしてフッと笑う。
「さすがだ。俺が見込んだ通り、今からでも遅くない。警察官になれ」
耳にタコができるほど聞いた年寄りのうわ言に、亀丸は溜め息を吐く。
マウスをクリックし、映像を再生させた。
五月三日の映像に、喫茶店から出て来る四人組が映し出される。
すると、亀丸の耳が肩に付きそうなほど、顔が横に傾いた。
「んんっ?」
「おっ、気づいたか」
映像を一時停止させる。
五月三日の映像の、店から出てくる四人組にフォーカスをあて、画面一杯に拡大した。
「ニュースで凛ちゃんが言ってたアノ四人だろ?」
「えぇ、噂の四人なんすけど。見知った顔が二人映っちゃってるんすよ」
鶴羽はモニターに指を刺す。
「因みに、どいつとどいつだ」
亀丸は渋い顔で答えた。
「チャラそうな、っていうか、この巨乳好きな下の緩い男と、真面目と誠実さの仮面を被った、この浅黒眼鏡男です」
鶴羽は確信を持った声で言う。
「そうだよな。やっぱりアイツらだ ー
巨乳好きの桧村 春と、浅黒眼鏡の埜本 夏生。
すっかりデカくなったもんだ」
鶴羽はデスクトップの上に置いてあるスマホを手に取り、通話ツールを開いた。
亀丸は、鶴羽が次に何を言い出すか、察知する。
「あーあーあーあー、待て待て待て待て。俺知らんですから、二人の番号」
鶴羽は手錠を嵌めている腕を突き上げると、自分の意思とは関係なく、亀丸の長い腕もくっ付いていく。
「恵輔、お前は育ちがいい。大前提で言っておくが、お前の父ちゃん母ちゃんの事は嫌いじゃ無いし、むしろ感謝しきれないほどの恩がある。二人とも真っ直ぐな人だ。だからだろうな、嘘が馬鹿正直に顔に出る。お前も然りだ」
輪っかを嵌められた時点で予期はしていた。
白を切れば切るほど、刻一刻と俺の貴重な夏休みは潰されていく。
亀丸は項垂れ、尻ポケットからスマホを取り出し、画面をタップした。
鶴羽はゆっくりと腕を下ろす。
画面を覗き込むと、「春先輩」の文字がそこにあった。
亀丸は再び溜め息を吐き、スマホの画面を鶴羽に向けて言う。
「俺が知ってるのは春くんだけ。夏生くんはマジで知らんです」
「その顔はマジだな」
春の携帯番号が表示されている画面を、自身のスマホで写真を撮った。
ようやく解放された手首をさすり、帰ろうと立ち上がる。ふと見た視線の先には小さな仏壇があった。
お世辞にも片付いているとは言えないこの部屋で、清潔さを保っている一画であり、それは丸で神聖な一画である。
「どうした恵輔」
「ん? あのさ、お盆でしょ。葵さんの墓参り行った?」
「それは、まぁな」
「そっか、じゃぁ俺、仏壇の方に挨拶します」
ローボードにちょこんと置かれた小さい仏壇は、この部屋の中で一番光を浴びる、窓と向かい合わせの壁際に佇む。
仏壇の横には、一輪の黄色い花が生けてあった。
それはお盆で見るような菊の花とは違う、一輪でもよく映える元気の良い花である。
亀丸は仏壇の前で正座し、背筋を伸ばした。
マッチを擦り、蝋燭に火を灯す。
線香を一本手に取り、先端を炙った。
手で風を扇ぎ、先端に着いた火を消し、香炉に立てる。
りんを二回鳴らし、目を瞑り、手を合わせた。
鶴羽はダイニングテーブルに頬杖をつき、その様子をぼうっと眺める。
特に恵輔は葵に懐いていたっけか。
小まい頃から俺の家に上がり込んでは、一、二時間くらい葵と雑談して帰っていく。
葵も嬉しそうに、常に菓子を揃えて待っていたっけ。
「…それにしても、長くねぇか?」
合わせていた手を下ろし、亀丸は言った。
「葵さんに報告してたんですよ。天翔さんの悪行を」
「おまっ、恵輔、下の名前で呼ぶなってあれ程言ってるだろ」
亀丸は蝋燭の火を消し、立ち上がると、玄関へ向かった。
後ろで文句を垂れながら送り出す鶴羽は、扉を閉めながら釘を刺す。
「いいか、鶴さん若しくは鶴羽さんな。絶対にその名前で呼ぶなよ、職場は特にだ」
「はいはい」
有難うの一言もなく、扉を閉められた。
亀丸は肩を落とすと、本日三度目の大きな溜め息を吐く。
亀丸恵輔
年齢:26歳
身長:186㎝
体重:76kg
職業:区役所庁舎勤め ケースワーカー
近況:職場で唾を吐かれた
鶴羽天翔
年齢:72歳
身長:173㎝
体重:63kg
職業:区役所庁舎 非常勤職員
(元警察官)
近況:亀丸に唾を吐いた迷惑クレーマーの相手をした




