忌み嫌う存在
『いつまでも、三人を待たせるわけにはいかない』
それが頭の中でグルグルしたまま、言いたいことがあるっていうでもなく勝手に待たせている気分を抱えていた。
ジュノをあのすごろくの中に閉じ込めて、終わらないゲームの中に放り込んだままにして。
(…それだけでいいのかな)
俺は元の世界も含めて、誰かに罰を与えるとか恨むってのに苦手意識がある…と思う。
だから、三人のように非情にならなきゃいけない時にそうなれない。
そういう意識へ気持ちを持っていくまで、どうしても時間がかかってしまう。
カムイさんと俺とは、一部の思考なりなんなりの情報が共有されている関係だ。
契約をしたからだけど、その仕組みも一部だけという括りにしていたのがよかったのかもしれない。
(俺の中に在る汚くて情けなくて、カッコ悪い感情や思考までも共有されないようにフィルターっぽい物で壁を作ってまでも隠すなんて。こういうの、浅ましいって言うんだっけ)
意識の中でとはいえ、自覚した上でカムイさんに壁を作ることに抵抗があったけど、カムイさんに見られたくない自分を隠したい方が勝ってしまったんだからしょうがない。
そういうことをすること自体、カムイさんに好まれなさそうだってなんとなく思うのに、どうしても違う選択は出来ず。
気持ちの落としどころをどこにどう持っていくかを、自問自答を繰り返しながら探していく。
自分と向き合わざるを得なくなったとも言えた時間の中で、自分がいかに優柔不断かを思い知る。
あのすごろくの中に閉じ込めただけじゃ、罰にはならない。
いつか、何かの拍子に魔法が解除されて飛び出してしまうかもしれない。
そうなった時に自分だけがその場にいるならどうにか出来るだろうけど、もしも…いなかったら? を想定しなきゃいけないだろう。
自分の大事な人たちを本当の意味で護れなきゃ、この世界に来てなりたくもなかったけれど大賢者とまで言われている能力を手にしたのが無駄になる。
この国を護るのが大前提ですと言われればそれまでだとしても、俺にだって護りたいものをそのついででいいから護る権利をと思うから。
(こんな俺のことを大切に思ってくれて、そばにいてくれて。俺にはもったいない人たちばかりで。感謝の気持ちをどう伝えればいいのかわからないくらいだ)
部屋の中、一人でぼんやり考える。
大切な人たちを護る方法を。
自分が納得できる方向を。
その中で考えついたのが、ファンタジー系でありありな封印という方法だ。
単純に封じるだけなら、俺の力だけでどうにかなるんだとしても、それこそ何かの拍子に解けてしまうような物じゃダメなんだ。
ジュノにかけた魔法がどうしてか一部なかったようになっているのが、その不安を煽ってくる。
大賢者だなんだって言われていても、完全じゃないってことだ。
それをいかに完全で完璧にするかを考えなければならない。
あの三人に相談をすればいいとなんとなく思いはすれど、何をどう提案しても甘いですねとかツッコまれそう。
そんな三人にも納得してもらえるだけの内容にしなきゃいけないな。
「もう、心配かけずにすみたいのに」
広場でのバカ課の連中への裁き以降、俺のあまりな様子にみんなに心配をかけた。
カムイさんみたいにあえてキツイ口調で叱ってくれたりもしたけれど、口にしてきた以上に心配をかけたんだと理解してたんだ。
ただ、その感情を受け取るのが俺は苦手で。
優しくされていい人間なのか、わからないんだ。
「だって……俺は、感情赴くままに…罰を与えたんだ、から」
広場でジャンクさんへの罰を行使した時。
今のジュノに成るに至るまでの、彼の中に在った記憶や感情を完全に知っているのは俺だけ。
その一部がカムイさんに伝わっていたとしても、深くは伝わっていないのだから。
彼がどんな思いで過ごし、どうしてあんな人に成ってしまったのか。魔法に固執した理由がどこにあったのか。
あの時間で覗いた彼の過去や感情、大事だった人への想い、それに連なる魔法への情熱が、いまだに胸の中を重たくする。
だからといって、何も罰を与えないわけにはいかなかった。
それは今も、そう。
危険分子は排除すべき。封じてしまった方がいい。
自分たちだけの話じゃなく、いつかの未来に何をしでかすかわからないんだからさ。
「…鍵の数は、一つでも多いに越したことはない」
元の世界とは違い、この世界の家の鍵は単純なものばかりだ。
鍵が単純だとマズいだろう場所には、王城然り警護をさせるなどして違う形で物理的にガードを固めるのが良しとされている。
元の世界のように鍵を二つつけてチェーンをして…だの、暗証番号形式だの、指紋認証だの、虹彩認証だっけ? 目を使って認証するやつ。
いろんな認証の方法があったよな。
それの組み合わせだったりで、解錠をするまでの仕組みを複雑にしてさ。
この世界で使える仕組みや何かしらを組み合わせて、封印という形でしまっておいた方がいいんじゃないか。
「なるべく複雑で、その方法は限られた人数にしか知らせない方法で。どこぞのバカが悪用できないように手を打った方がいい。…なら、誰にも真似ができないものを使うったら…なんだ?」
カムイさん、ジャンさん、サリーくん。そして、俺。
話を通すのは、やっぱりこの三人を含めるだけにした方がいい。
方向性どうこうもあるけれど、俺が一番納得できるのがこのメンツ以外にないんだろう。
それでも、どこかまだスッキリ出来る形にまとまらない。まとめられそうにない。
どれくらい時間が経ったのかを意識しなくなるほど悩み、考えを思い巡らせ、自分に出来ることが何だろうと思い出し始め。
ここんとこ、自分という人間が新しい魔法を作れることを忘れていた。
姿や声を変える魔法は、三日すぎても解除しなければその姿のままになってしまう。そういう仕組みだった。特にいじることなく行使していた。
それを逆手にとって、今の姿=元いた世界の俺の姿になっている。
全く違う系統の魔法を使えば、かからないはずの魔法もかかったのに近くなったりしないだろうか。
「っても、気づいたのを順に試してみるしかないけど」
トライアンドエラーだっけ、そういうの。
前に使ったのは、認識阻害系のイリュージョンだっけな。
上っ面をいじって、見た目を変えるやつ。あと声も変えてさ。
上っ面をいじるのがダメなんだったら、他をどうにかいじればいいって思うけど。
魔法が作れるとはいえ、元々ある魔法の中で使えるものがないかを確かめる。
よさげなのがなくても、ベースに出来そうなのが見つかればそれをアレンジすれば楽なはず。俺ならアレンジも出来るはずだから。
「………っっ!」
ある項目で指先が止まる。
「時を戻す…?」
時間系統の魔法がある。
時を止めるものに関しては、食べ物とか花とかその手のものに使えば保存するのにいいみたいだ。
時を戻す魔法に関しては、対象を広範囲にするか個別にするかもだし、個別にした場合の影響をどこまでにするかも細かく区分されている。
記憶をそのままに、だとか。
ただし、命が消えた場合には対象外。ギリギリでも生きているのが条件。
「これを応用したら、姿だけをあの時に戻して、時間設定すればその時間だけって出来るかもだな」
今、自分にかかりっぱなしになっているイリュージョンが影響しないように、イイ感じに調整しなきゃ。
「んー……魔法がかかる前の俺の時間軸に戻すのが都合いい…か。あわよくば、別人って誤認させられたらラッキー…ってなんないかな」
さらに読み進めていくと、回復魔法で傷を治したりできるのも、ケガの前の状態に戻すのとそれ自体を治すのとで分類されてる。
結果的に同じ感じだけど、意味が違う。
魔法をかける前の俺に戻せたとして、封印に問題はないのかな。もう、抜けがないようにしたい。
封印が二度と解けないように。
誤認ってワンチャンでいいから、バグおこしてよ! ってラッキーに縋るんじゃなく、確実にしなきゃなのに。
「またこうやって下手なこと考えるから、抜けが出来ちゃうとこだったな。…危な」
いつの日か封印を解かなければならない事態に陥ったとしても、俺が揺らいで…そう出来ないような縛りを仕込んだ魔法に。
そうなった時に、この魔法を使う意味が出てくるはずなんだ。
その魔法を行使して、封印を施し終えた後に今の自分に戻して。もうその魔法は使わないって固く決めて。
調べられる範囲で、条件に抜けがないかをさらに調べていく中で、あることに気づいた。
「…これ、知らなかったことだ」
指紋とかみたいに、魔力ってのがそれぞれで違うようで。
同じ系統の魔法を使っても、見る人が見れば誰が使った魔法だってわかるっぽい。
「イリュージョンで姿を変えても、俺ってベースは変わらないから、魔力も変化ないのかな?」
念のためでステータス画面を出して、細かく確かめていく。
「あー……、この辺が異世界から来た人間とこの世界の人間との差か」
自分が使う場合には、違う魔力の扱いになるよう。全くの別人扱い。だから、封印の時だけ戻した場合には初期装備のアペルの魔力で封印が可能ってことだ。
チートだとか、召喚者の特典だっけ? この世界でいうところの懐かしい響きに感じるあの言葉を思い出した。
「今期の決算前の漂流者特典、か」
大したお得感のないネーミングに、短く息を吐く。
召喚しといて、尻拭いばっかりさせてくるこの国で出会ったいろんな存在を思い出しただけでため息が出た。
国王や宰相のあのおじさんに対しては、いまだに信用どうこうを抱くことが出来ないままでいる。
信じて、任せて、大丈夫って…確証が一つもない。
大賢者だの、今期の決算前の漂流者だの。らしい名前だけ付いちゃいたけど、それだけの話だった。
最初に手にしていた日記めいたアレにだって、心と体を癒せとか書いてあったけど俺的には不十分。
「まあ、みんなに出会えてこうして一緒に過ごせているだけで満足しろって言われそうだけどな」
社畜だった時よりはいい時間の過ごし方が出来てる。間違いない。
一人でキーボード叩いてたあの頃よりは楽しくもあり、寂しさはかなり減ってるだろう。こんな風に閉じこもって考え事でもしていなきゃ、常に誰かしらがそばにいてくれる。
「……人間、満たされたらもっともっと…って欲しがりになるのは、いいことなんだか…悪いことなのか。…叔母さんにその辺、聞いてみたかったかも」
人生の大先輩として、その手の話をもっと聞いてみたかった。いつも、ただただ疲れて帰宅途中で飯食って帰るって感じだったもんな。
叔母さんの店の常連客とも、もっと話したかった。睡眠時間を削ってでもその手の話でもすれば、今の自分の背を押す知恵や経験でも聞けたかもなのに。時間の使い方、損したかもと思ってしまうほどに悔いる。
ある程度の時間が経ってくると、こうやって不意に思い出してしまうもんなんだな。
「思い出したところで、あの場所にはもう帰れないってのに。…マジで愚かすぎるな、俺。手に入らないって知ってんのに、納得してなかったじゃん。…やっぱ」
なんでもないフリをして、いつものように過ごしてきてて。
こうして誰かの思い出だったり感情や感傷に触れるたび、自分のこれまでと比較したりそれに引っ張られて意味のない想いに浸りそうになる。
「あぁ…。まーた、思考が脱線しちゃったな。カムイさんがここにいたら、きっとツッコミ入れてたあたりだ」
いつもの流れ。今の日常。それは俺にとってありがたいことばかりなのに。
ふ…と手のひらを見つめ、握っては開きを繰り返しため息を吐いた。
独りの時間が多すぎたからか、誰かからのプラスの感情を上手く受け取れない。素直になるならない以前の問題。
受け取ることに罪悪感が、重くのしかかってる感じになるんだから、めんどくさい人間だなと自分でも思う。
何かを返さなきゃ。何かを返したい。
そう思うものがあるのも事実だけれど、何か違う。
みんながいるだろう方へと顔を向け、頭の端によぎった言葉のせいで眉が下がった。
「………………あー…」
日本人の美徳の一つになかったか?
謙虚とか、謙遜。でも、今回のはちょっと意味合いが違う?
「どーなんだろな、頭まわってないのかも」
独り言が、静かな部屋の中で無駄に響く。
んー…と唸ってから頭に浮かんだのは、きっとどこか的外れな言葉。
誰に対してのって、あの三人にしかないんだけど。
「――――申し訳ない」
それと、もいっこ。
「俺のせいで――――」
マイナスの言葉ばっか。ダメダメだ。
(ジュノがすごろくの中でああなることになったのだって、俺が元々の罰をなんの不安もない状態で完璧に行使さえしていれば起きなかった事態だ)
殻に閉じこもった思考回路でしかない。
よくないことだってわかってんのに、思考がそっちへとグラグラ揺れていくのがわかる。
「カムイさんに叱られるしかないやつじゃん、これ」
お前のせいじゃねえって、絶対言う。カムイさんじゃなくても、ジャンさんでも、なんならサリーくんにも言われそう。囲まれて言われていそうな絵面すら浮かんでしまう。
「なんてったって……自分のこと…嫌いだから、余計にそういう思考になるよな」
こういう思考回路に入りこんで、狭っ苦しい場所ですでに何周回ってるのかわかんないくらいになってきた。
宙になにもないのに、手のひらだけブンブンと振って、「ヤメだ、ヤメ」と何かを払う。
考えなきゃいけないのは、自分のことが好きになれるかなれないかの話じゃない。
「話、脱線しすぎだろ」
そう言いながら自分を責めてみたところで、根深い思念がカンタンに消えてくれるはずもなく。
消せない思いを気にしながら、ジュノのことを考えに考え。
「やってみるしかないか。時間を戻すってのをやった場合のリスクってか、デメリットがどの程度なもんか。…考えるのめんどくさいし。それに……」
いいかけて、ためらう。
言葉は、言霊だ。
良くも悪くも影響してしまうかもしれない。
言葉にすればするほど、自分を貶めてしまうかもしれないじゃないか。
「きっとそれを、あの三人が許してくれるはずがない」
でも、だ。
元の世界にいた時にも、心の奥深いとこで、ずっと思ってただろう? 俺は。
『俺は俺を好きになれない。生理的に無理だと思う時だってあっただろ? …どっか、忌み嫌ってたよな』
一生懸命仕事をやってたところで、認められもせず。貶され、視界にも入れてもらえず。たまに入れた時には利用されるだけの、都合のいい人間だっただろ。
そうやって生きていた自分を認められたか? あの時。
頑張ってんじゃん、俺。って言ってやれてたか? あの頃。
心のどこかで、無駄なことばっかやってんだよ。お前は。って…言ってたろ? 長いこと。
社会人になる前からだって、両親がいなくなって以降の俺は…。
たくさんのことを諦めて、誰かから温度のある感情を渡されることなんかないって壁を作って。
「………そんな人間が誰かを罰するとか、烏滸がましい」
しばらくぶりの自分だけに向かうどす黒い感情をそばに置いたまんま、その魔法を使うことでのリスクなんかを考えることをやめた。
「どうせなにかあっても、あの三人には影響がないんだから。なにかあっても、自業自得。この世界の奴らと違って、自分のケツは自分で拭くだけだっての。…はあ」
今度は盛大にため息を吐き、ベッドに潜りこむ。
「明日にでも、三人に封印について話をしよっかな。…明日、話せたら…だけど」
やろうと決めたものの、即答でいいですよと言われるかの自信は半々。
「それでもみんなを護るついでに、この世界の人たちに迷惑が掛からないように手が打てるってことはいいことでしょ? とかなんとか話したら……うなずいてくれないかな」
まずは、カムイさんだ。
それから…。
「…それから」
夢の中に片足を突っこみながら、やるべきことを考える。
まずは、その魔法をどう組み立てていくか。行きあたりばったりでやれば、さすがにリスクが高すぎるから。
「叔母さん…」
夢の中でなら、またあの店に行けるような気がして、深く深く沈んでいく。
ここには無理に俺を起こそうとする誰かは、もういない。
今日はこのまま夢の中にいさせてくれたらいいな。
(カムイさんが気づいたら、ほっといてくれるはず)
こういう時には契約でつながった仕組みに感謝をし、同時に心の中で呟く。
(また心配かけちゃうかもしれないけど、ごめんね)
と、自分を雑に扱うなと叱られそうだと思いつつ、夢の中に沈みこんでいった。




