合わない鍵
「なら、風呂行くか。風呂」
カムイさんが人差し指を立て、上を指す。
いや、たしかに風呂はこの上だけど。
「なんで」
って、聞き返すでしょ。そりゃ。
「あそこで話した方が、話が進むぞ。あの掘りごたつがある部屋か、風呂場の二択だろ? 俺たちが話するなら」
「じゃあ、掘りごたつでいいんじゃない?」
と聞き返すと、ジャンさんがクスクス笑いながらカムイさんの肩の向こうから顔を出し。
「リラックスできる場所で話をした方がいい…と。カムイさんの優しさですよ、きっと」
からかうような声色でそう言い、カムイさんをチラッと見て、また笑う。
「俺は風呂入って、スッキリしたいから賛成!」
サリーくんが挙手制じゃないのに、勢いよく手を挙げる。
その手は、俺の涙で毛が濡れてビショビショのままだ。
申し訳なく思いつつ、そうしようと俺もうなずく。
こんな感じのやりとりが、前にもあったなとかボンヤリ思い出しながら。
四人揃って俺の部屋を出て、我が家自慢のバスルームへ。
「飲み物のオーダーとるから、飲みたいもの言ってね?」
いつもの流れでそう切り出せば、「アペルは何飲むの?」とサリーくん。
全員で髪を洗いながら、うーん…と考え。
「水」
とだけ返す。
飲んだ方がいろいろ吐き出しやすい気分に持って行けそうだけど、それはちょっと不誠実な気がして。
場所が場所だけに麦茶とも思ったけど、自分の働きで得られて溜めてある水を飲みながら話そうと思えたから。
髪についた泡を流し、次いで体を洗っていく。
「なら俺も水にしよっと」
「遠慮しなくていいんだよ?」
「あとでパッフェル出してもらうつもりなんで、そっちで目いっぱい甘えるつもり」
「ならいいけど。…二人は?」
体についた泡を流しつつ、左右をうかがう俺。
「俺も酒は後でのんびりだな」
カムイさんがそう返すと、ジャンさんもうなずきながら続く。
「俺も同じです」
って。
「え、でも」
「今は…ってことだ。ってことで、全員分の水を出してもらうか。キンキンに冷えたのがいい」
「それでいいならいいけど…」
肩まである濡れた髪をゴムでカンタンに結んでいると、横から手が伸びてきた。
「余分にゴムないか?」
「ひとつ?」
「ひとつだ」
出会った頃は肩甲骨くらいまでだったカムイさんの髪は、背中の中ほどまで伸びている。たいてい結ぶこともなく、そのままなのに。
「珍しいね」
そう言いながらカムイさんにゴムを渡そうとすると、背後からニュッと手が伸びてきてサリーくんが取っていった。
「俺が結ぶっすよ」
って。
「そういやアペルの髪結い担当だったな」
「髪結いって」
カムイさんの言い方にサリーくんが笑う。
二人のやりとりを目尻を下げながら見つつ、先に湯船へと向かうジャンさんの姿があり。
(この空気、好きだな)
クス…と笑っていると、サリーくんが不満そうに俺を見ている。
「アペルが結んじゃったから、カムイさんで我慢したんすよ」
なんて文句を言われちゃ、やっぱ不満だったんだとわかり。プハッとふき出すほかなく。
「俺の扱い、んなもんかよ。サァリーィ?」
案の定でカムイさんを怒らせたようで、睨まれながら浴槽の方へとサリーくんが早足で逃げていった。
穏やかな日常。
俺にとってだけじゃなく、みんなにとっての幸せな日々。
(それが護れるのならば、より強固に)
心を新たにそう思い、みんなの後を追って浴槽へと向かう。
ジョッキになみなみと注がれた、キンキンに冷えた水。
ジョッキは氷なしでも、ずっとその温度を保つようにしてある。
湯船に浸かってしまうとのぼせるので、足湯のようにして大事なとこだけタオルをかけた。
「今更んなもんで隠すような仲じゃねえのに」
「そう言ったって、育ってきた環境が恥じらいありきの場所だったんだから。慣れないもんは慣れないの」
そもそもで、みんなみたいに鍛え上げられたイイ体じゃないから、温泉地にあるようなこういうとこで着る服も本当は着たいんだよな。
そうなった時のことを想像してみれば、その中では俺がカムイさんに文句を言われている姿しか出てこない。
その時点で、それはやらない方がよさそうってなっただけの話だ。
いつもの流れで、ジョッキをあわせて乾杯。一気に半分くらいまで飲んだのはサリーくん。
「ああっ! いつ飲んでも美味いっすね」
水なのに、毎度嬉しそうに飲んでくれる。
つられてコッチも顔がゆるむ。
この世界に来てから出来た、肩が抜ける関係。
「…………俺さ」
そう切り出してから、残っている水を一気に飲む。
プハッと息を吐き、こぶしで口角を拭って顔を上げた。
三人に心配をかけない方法を考えた。
どうすれば、理解と納得を得やすいか。その方法を。
試行錯誤も何もなく、ステータスの一覧にあったあの魔法をすこし弄るだけ。
両手のひらを自分へ向け、わずかに指を折る。
(魔法の完成イメージは、ここに来たばかりの時の自分の姿に戻すだけ。外側だけ…。イリュージョンとは違うイメージを)
この世界に召喚されてきてすぐ、泉に映った自分の姿を思い出す。
アッシュグレイで、長くも短くもない髪の長さで、ウルフカットだっけ?
瞳は…淡い紫色!
今の年齢よりも幼く見えた、あの姿だった自分。
時間を戻す。遡る。でも、見た目だけ…。見た目だけの時間を!
(この世界で初めて見た自分の姿に…!)
一瞬の淡い発光の後、パチンと指でも鳴らしたような音が鳴る。
「アペ、ル…」
「アペル…ですか?」
「……」
三者三様の反応に、成功か失敗かを判断出来ずに苦笑いを浮かべる。
「あのね、俺…、合わない鍵を作りたいんだ」
自分のイメージに一番合った言葉を探したら、そういう表現になってしまった。
「合わない鍵、か」
姿を戻した瞬間には、無言でジーッと見ていただけのカムイさんが聞き返す。
理解はしてくれたかもしれないけれど、納得はいまだにしてもらえていないんだろうな。
口調はどこか低めのトーンになってはいるけれど、俺を見る目にはキツさを感じられない。
(出会った時から変わらずに心配ばっかしてくれちゃうんだから)
「この姿はね、この世界に来たばかりの時の俺の姿。まだ自分に何の力があるかも知らなかった頃の姿。この姿を確かめた後、自分の中にいろんな情報が流れ込んできて…やれることが増えていった俺の姿」
あの後、何度も俺は外っ面だけを変えながら過ごしていたけど、魔力の方まで意識したことがなかった。
この姿になるまで時間を戻してみて、体感した。
手をグッと握って、すぐに広げてみる。それから手のひらの上によくある簡単な魔方陣を浮かべてみた。
ジャンさんが時々使ってくれる風の属性の魔法。
猫舌の家族のために使っていた魔法を、髪を乾かす時にも使ってくれたりする。
今出している魔方陣の規模でいえば、頬をそっと撫でる程度の風が出る。
その魔方陣をカムイさんの方へ、指先で軽く弾いて飛ばす。
「なんで俺?」
カムイさんの髪の毛がわずかに揺れた瞬間、くすぐったそうに首をすくめた。
「……間違いないね。この姿まで時間を戻したら、魔力の質も変えられてる。この使い方で間違いないと思う」
そう伝えてから、すぐさま魔法を解除する。
さっきまでの自分の姿に戻すと、カムイさんが不機嫌さを隠そうともせずに俺を睨みつけていた。
「説明足りてない?」
今ので理解るのかと思ったんだけど、違ったのかな? とぎこちなく問いかけると、サリーくんがわざとらしいため息を吐いて見せる。
「いろいろ端折りすぎてない? アペル」
その表情は、呆れているのか怒っているのか、判断しにくい微妙なもので。
「あと、俺と話した中でお願いしたことがひっくり返されてんだけど。…ちょっと怒ってもいいよね」
どうやら後者の方だったらしい。怒らせたよう。
「えー…っと、その」
どう誤魔化せばいいんだろう。
実演した方が話が早いなって思いついちゃったから、ついやっちゃいましたって…言える? この空気で。
「どうせまたさ、いつもの思いつきと突っ走ったってやつなんだって知ってるけどね」
「…あ」
俺が言い訳にもならなそうなことを考えつく前に、サリーくんに痛いところを突かれる。
「ほら、合ってる!」
「いや…その」
「合ってるんだよね? 認めるところは認めなきゃ、後になればなるほど言い出しにくくなるよ? アペル」
さっきまでのサリーくんは、あんなにも話しやすかったはずなのに。
「サリーが容赦ない…」
どうしようと思ってしまうほど、攻撃的だ。まあ、そうさせているのは俺が原因なんだけど。
と、ここまで俺の名前以外は一言も発さなかったジャンさんがある言葉をこぼす。
「紫が多めの…オーロラ色とでもいうんでしょうかね。この色は」
その視線は俺の髪へと向いている。
「あ。ジャンさん! 俺、あえて言わなかったのに」
「言えばよかっただろう」
「いや、なんか言い出しにくかったし」
「何故」
「何故って…この姿は見たことなかったから」
「この姿はと言ったが、髪色が変化するところは見てきただろう」
「でもですよ? それでもなんか違うっていうのが…こう…あって。アペルなのにアペルじゃないのが」
サリーくんがジャンさんに何か聞かれるたびに言い返しているけど、なにか濁してるように聞こえ。
「???」
俺は首をかしげながら、サリーくんを見つめた。
すると小さく「…うっ」という呻き声に近いものをあげてから、視線を先に外したのは彼の方。
折れたとのその様子を黙って見ていたジャンさんが、呆れたように目を細めてサリーくんに告げる。
「寂しいのなら、寂しいと言えばいい」
俺からすれば、意外な言葉を。
「さみ、し? え? なんで?」
ジャンさんの方へ視線を向ければ、わずかにうなずいてからサリーくんの方へと視線を投げる。
聞けばいいとでも言わんばかりに。
「サリー?」
そう彼の名を呼んでから「俺は俺のままだよ?」と続けた。
こうして会話が成立してるように、外っ面だけの時間が戻せたみたいだ。そうじゃなきゃ、この世界に来て独りだったあの瞬間に戻ってしまっているはずだから。
サリーくんにしては珍しく、ハッキリしないな。
「言いたいことか聞きたいことがあるなら言ってほしいよ」
彼らしくあってほしいと願いながら、それだけ伝える。
大きな体の彼が、肩も眉もペショ…と下げてどこか凹んでいるようにも見えてしまう。
「言って? サリー」
これまで何度となく俺に向きあい、言葉をかけ続けてくれた彼に、今度は俺が向き合うための言葉をかけ続けたい。
「教えてよ。今、サリーが考えていること」
ジャンさんは、サリーくんが寂しがっているって思っていた。
もしもそう感じさせているのなら、一緒に考えたい。
俺がそう伝え、サリーくんが視線を彷徨わせ。それ以上の言葉をかけず、急かさない姿勢で待っていた。
すると、横からゴクゴクゴクッと勢いよく水を飲み干す音がして、思わずそっちへと意識が向いた。
プハッと息を吐いたのは、カムイさん。
どれくらいの量かわからないけど、結構な勢いだったと思う。
一気飲みして何か言うのかと思って身構えたのに、カムイさんがしたことといえばサリーくんの背中を思いきり叩いたこと。
毛で覆われていると言っても、かなりな勢いで平手でバシンと音が鳴ったくらいの勢いだった。
大丈夫? と言いかけた俺がサリーくんの方へ身を寄せた、その時だ。
俺の膝頭に、サリーくんの手のひらが乗る。
肉球が、ふに…と触れた。
そうして項垂れ、頭を上げないまま呟く。
「一瞬、焦ったんだよ? アペル。姿を変える魔法をアペル自身にはもう使えないって知ってて、今回どんな魔法をかけるかって話を聞いてても。時間を戻して、間違って記憶までも戻ってたら? って。――――俺たちのことを知らない時に戻って、俺たちとの時間も忘れてたら? って」
俺の話を聞いてくれていた時に、彼からその手の話は出てこなかった。
(もしかして、俺が説明をしていた時点で不安にさせていたのかな)
申し訳なく思うと胸の奥がギュッと苦しくなり、自然と手が胸元でこぶしになっていた。
項垂れていた頭をガバッと上げ、俺をまっすぐ見つめ、サリーくんが言う。
「ちゃんと構築した上で使ってよ、魔法。何かあったらどうするの? 俺たちには、アペルを超える魔法は使えないんだよ?」
訴えにも近いその声は、俺の胸の痛みを強くする。
「大事に思ってるって伝えてるよね? アペルも俺たちのこと同じように思ってるって言ってたよね? 全員が思いあってるのに、置いてけぼりにしないでよ。実行する前に話して」
サリーくんの言葉を要約すると、つまり。
「これが寂しい…ということかと」
俺が頭の中で思い浮かべた言葉を、ジャンさんが呟く。
ここでカムイさんが口を開く。
「おい、アペル」
と、まあ、いつも通りな感じで。
「フワフワするとか、グルグルするとか、ボーッとするとか。頭がおかしいって感覚はねえのか」
そしてこれもまたいつも通りに、どこか偉そうな顔つきで俺を心配していると伝えてくる。
「特にないよ。大丈夫だよ、カムイ。そろそろのぼせてきそうかもってくらいで」
あははと笑ってそう言えば、三人が同時に立ち上がってここから出るぞとタオル置き場へと腕を引かれる。
「説明がまだ」
足りてないよと言いたいのに、カムイさんが俺の体にバスタオルを投げつけて。
「合わない鍵のことなら、理解ったから…いい」
ぶっきらぼうにそれだけ返してくる。
「さっさと出るぞ」
「待ってよ、カムイ」
「あとな、アペル」
「なに?」
こんな感じで急かされながら、転移の魔方陣に乗らされる。
空間の歪みが一瞬あった後、カムイさんが俺を椅子に腰かけさせ。
「カムイさまが、髪を拭いてやる。ありがたーく思えよ?」
って言ったと同時に頭をバスタオルで包むようにしたかと思うと、乱暴にというか雑にワシャワシャと拭きだす。
前が見えないし、カムイさんの姿も頭を下げているせいで足元しか見えていない。
「痛いってば、カムイ」
「うるせえ。野郎の髪なんざ、これくらいで十分だ」
更に力を込め、ガシガシと拭いてくるカムイ。
「もう! カムイってば! 自分で出来るよ!」
あまりにもな力に、手を伸ばして髪を拭いているその手を掴んで体を起こした。
反対の手でタオルごと目にかかっていた前髪をかき上げ、カムイさんの方へと視線を向けると。
「……カムイさん?」
口調はいつも通りだったから、てっきり笑顔なんだと思ってたのに。
目は困ったように揺れ、下唇がわずかに出て、口を尖らせているのかと思え。
「ねえ…」
掴んでいたカムイさんの手を、そのまま離せずにいた。




