閑話 近くて遠くて
アペルからのお願いを聞くことにした俺たち三人。
「ジャンさん、ちょっといいスか」
カムイさんと話をしているアペルを視界の端っこにしたまま、コソッとジャンさんに声をかける俺。
「なんだ、サリー」
俺の声の大きさに合わせて、小声で応じるジャンさんに。
「さっきのアペルからの話についてなんスけど」
「ん?」
引っかかったことについて、意見を乞う。
ナンバーズにいた時にも、上司だからというだけじゃなく。
「なんか懐かしいな、こういう空気は」
顔を寄せた俺に、同じことを感じていたと言わんばかりに先に呟いたのはジャンさん。
「ッスね」
と口元をゆるめてから、言葉を続けた。
「さっきの封蝋の話。最低でも二人分の魔力が合致しないとって言ってたけど、甘くないスかね。いっそのこと全員分が合致しないとダメでいいと思うのに」
って。
「あー………まあ、ああ」
わかりやすく苦笑いを浮かべて、チラ…と視線をアペルへと向け。
「その甘さが穴になってる理由ではないのか? と思うんだが、自覚の上で二人分としているのか否か。そこをカムイさんが、どう…考えているのか」
「ッスね」
アペルに関しては、カムイさんの意見を優先している俺たち二人。
契約か信頼か信用か、何らかの理由でカムイさんのそれとは違う。状況の共有の範囲の差が、ぶっちゃけ切ないし寂しい。
もっともっと心を開いて、泣きたい時は泣きたいって言えるような場所に立ちたいのにな。
それは俺の気持ちだけの問題じゃないだけに、なかなかに難しい。
それプラス、もう…彼が自分を一番傷つけるような選択をしないように生きられるようになってくれたらと心底思う。
いや、もうさ、マジで思う。願うし、そうなれと祈りもしてる。本気の話。
(どんなキッカケがあれば、これまでの経験その他諸々すっ飛ばして考えを曲げてくれるようになるんだろうか)
その方が一番痛くなく、ツラくもなくなるはずなんだ。
アペルが自分以外のことで何かを決める時、まるで自傷行為めいた…一番それはナイと思うものを真っ先に指さすことが多すぎる。
なんつーか、アレだ。アレ。
誰かに罰を与えている自分にも、同時に罰を与えてる?
それか、アペルがアペルを赦さない……みたいな。
(それが一番しっくりくるな)
なんて堂々巡りっぽいことを考えていると、本当に小さな声で”それ”が聞こえた。
「ただ優しすぎるだけだろ」
何に対してとか、誰に対してとかもなく。それだけ、ポツリと水滴をこぼしたように。
ジャンさんがそうこぼしたのに俺が気づいたのか、俺だけに気づかせたのか。
チラ…と一瞬だけ目配せをして、すぐさま視線を向こうへと戻すジャンさん。
数日前、アペルが眠ってからした話を思い出す。
あの時に三人がそれぞれに抱いた感情はあれど、アペルが良しとしないことはしたくない俺たち。
なんで?
どうして?
そんな選択は、もっと辛いはずなのに。
とかも浮かばなかったわけじゃない。
出来れば何事もなく笑っていてほしいだけ。
けれど、どうしても、どうあっても……アペルは自分すら一緒に傷つこうとする。
(俺たちの中の誰も、それは望んじゃいないってのに)
そのいくつもの疑問への答えなんだろう、さっきのジャンさんの呟きは。
ただ、優しいだけ。
あまり褒められたもんじゃない場合もある。優しいだけじゃ、生きていけない。むしろ傷つくことが多い。
優しくする対象が何か、誰か……によって、展開は変わるんだとしても。
(アペルはいい意味でもよくない意味でも、万遍ない。本当に)
こうやって考えていると、いつの日か口にしてしまう気もしている。
否定をするという意味合いじゃなく、そうすることでアペルに危険が及ぶことを俺たちは望んでいないと知ってもらうために。
なんだかんだで頑固なところもあるから、コッチがどう話をしたところで方向性を変えてくれない可能性もある。
それでも、伝えないのは違う気がしている。
(ナンバーズにいた時に、こんな風に考えること……あったっけな)
あの組織の中じゃ、下の方にいた俺。
アレコレ考える暇なく、雑務ばっか押しつけられて走り回っていたこともあった。
その中でのあの任務でアペルと顔を合わすことになって、互いに知って、助けてもらって、一緒にいることを望んで。
ナンバーズの時には、そこまでこの手のことを考えるなんてなかったはず。
考える理由も意味もなかった気がする上に、答えを知って何が変わる? と考えることすらやめただろうな。
(じゃあ、今は……どうしてだ? どうして考えようとしている?)
そう考えながら、俺はアペルを視界に収めた。
*****
サリーと俺は、示し合わせたわけでもないのにあの二人を横目で見ていた。
互いに互いの行動に気づき、無言で視線を元に戻す。
サリーも俺も、想うことは同じようだ。
「「…………」」
無言のままで、心の中で呟く。
一番伝えたい相手には伝えないままで。何度となく彼に伝えてきたはずのその言葉たちを。
大事だ。
大切だ。
恩義だけで動いているわけじゃない。
そうなったのは、どうしてだ?
――――アペルをどうして護りたい? どんな形で、護りたいと願う?
ナンバーズにいた時は、アレコレ考えて動いたところで、あのバカ上司が全部無駄にしてくれた。潰されもした。いいとこを横取りもされた。一度や二度じゃない。
『どうせ無駄になるだけだって、知ってんじゃん?』
何かを考える前に、繰り返されるごとに早めに諦めるようになっていったのを思い出した。
俺にはこういう考えがあります、と伝えたところで肩を落とすハメになるだけだと。
あの頃の場所には、聞き流すのが得意な上司しかいなかった。俺の上ったら、あのクソ上司しかいないけど。
カムイさんとアペルが契約ありきでか知らないけれど、互いをどの程度まで理解しあっているのかを知らない。
(まあ、また飲んだタイミングで、アペルがなにかしらこぼしそうだけどな)
俺とサリーは、きっと互いのこともそこまで知らないはず。
俺たちですらこの調子なんだ。
アペルに俺たちのこと、どれくらい知ってる? なんて聞けるはずがない。
その逆も然り。
(だから、か)
知りたい。
知って欲しい。
「なんというか、歯がゆい……というんだろうな。アペルに対して感じるこういうものは」
アペルは以前よりも何かにつけ意見を聞いてくれるようにもなったとはいえ、完全に壁のようなものが無くなったわけじゃない。
俺たちを信じきれないとかそういうことだけじゃなく、甘えるのが悪いことのように思っている節がある。
出会ってすぐよりも、幾分マシになったかも……程度になっただけでも良しとすべきなんだろうなぁ。
自分の手のひらをジッと見て、短くため息を吐く。
アペルよりも魔力も才能も技術も、自分がこの手に持てていたのなら。
そうすれば、アペルの意にそぐわないことかもしれなくたって、アペルが封蝋に細工をしたところを俺が全員分の魔力と合致しなければって変えられたかもしれないのに。
ポツリとそれらしいことを吐けば、サリーが顔を歪める。
「でもですよ? もしもそれだけの力をジャンさんが持ってたって、やんないかと」
そして、そう呟く。
「なんでだ」
四文字で聞き返すと、人差し指を立ててこう返してきた。
「アペルの意にそぐわないってためらっている時点で、やんないですよ。もしも本当にやるつもりなら、アペル本人にも俺やカムイさんにだって言わず。問答無用で行動を起こすでしょ。ナンバーズの時には、んな躊躇いも悩みもせず、良しとしたことはやっていたじゃないですか。それが最善とばかりに。しかも、ジャンさんはナンバー1だった。あのクソ上司以外に許可どうこうを気にする相手はいなかった。現場に至っては、よほどの状況下じゃなきゃアレの許可を取る必要はなかったっすよね? それだけの権力っぽいのがあった人が、アペルに対してはアペルが自分の行動をどう思うか、負荷がかかるか否かを思い悩み、立ち止まる。……ね? あの場所でのイチさんと、ここでのジャンさんと。環境が変わっただけの話じゃなく、ジャンさんの気持ちも変わったんじゃないっすか? イイ意味で」
立てていた指で、宙に円を描き歯を出して微笑むサリー。
自覚がなかったわけじゃないとしても、自分でそう気づくのと誰かに指摘されるのと。
(後者の方が素直に受け取れないもんだ)
よくある話だなと思いながらも、今回に関しては受け取り認めるほかないなと肩を落とす俺。
「ナナだったはずなのに、本当はもっと上のナンバーズでもよかったんじゃないかと、今更だが感じさせられるな。お前の言葉や行動には」
「それって、褒めてます?」
「…一応な」
そうやって話をしている視界の端っこには、やっぱり二人の姿がずっとあり。
サリーとの話がひとまず終わった頃合いだった時、二人の空気が変わったのを感じさせられた。
「は? ちゃんと説明しろ。アペル」
「だからね? カムイさん。さっき、条件を付けたけどあってないようなものになるんだってば。だから、誰かに破られるとか心配はいらないよって話で」
「んなの、説明のうちに入らないだろうが。フワッとした説明で誤魔化すな! それと…っっ」
カムイさんが何かを言いかけ、「ああ! 畜生」と言いつつ頭を搔く。
アペルの前でやるには乱暴というか感情的な行動で、アペルに対してその手の威圧感が出そうな態度や発言を控えているだろう彼にしては珍しいことをやっているように見えた。
「ご、ごめ」
カムイさんのその行動に、即座に悪い方へと反応を見せたのがアペル。
「違…っ! そうじゃなくてな…」
ここまで言葉を選んでいるということは、カムイさんにとっては難題なことが二人の間に起きたということでいいのだろうか。
(口出しをするのなら、俺か)
サリーだと立場的にというか、カムイさんとは向き合いにくかろうし。アペルに対しては、キツイ物言いになる可能性が出た場合、双方への負担が大きくなりそうな気がしている。
「…どうかしたんですか? カムイさん」
つとめて声のトーンを穏やかな感じでキープをし、微笑みも浮かべず、まっすぐに彼を見つめて返事を待つ。
カムイさんはアペルの方をチラッと横目で見ると、もう一度だけ頭を掻き。
「サリー。悪いが、アペルを頼む」
と言ったと同時に立ち上がり、視線を廊下の方へと動かした。
俺がサリーの方へ視線を動かすと、サリーは大丈夫ですと言わんばかりにわずかに口角を上げてからアペルの方へと体をズラしていた。
先に出ていったカムイさんの後を追い、薄暗い廊下を進んでいく。
たどり着いた先は、カムイさんの部屋でも俺の部屋でもなく。
「キッチン?」
意外な場所にスタスタと入っていくと、明かりをつけ、水を飲み始めた。
アペルとの契約ので、全員にあの水がいつでも飲めるようになっているのにもかかわらず。
アペルと一緒にいるようになってから、こういった形で飲むことはほとんどなくなった。
とはいえ、元々この世界の住人としてここの水が十分飲めるものだと知っている。
「お前も飲め」
なみなみと注がれた水を、俺もカムイさんに倣ってゴクゴク飲んでいく。
ほぼ同時にプハッ! と息を吐き、グラスをトンとシンクに置いた瞬間だ。
「あのバカを…どうにか止めたい…と、思ってんだ」
唐突に結論だけが語られる。
「バカとは、アペル?」
念のためで聞き返せば「他にいるかよ」と言いながら、また水を注ぎ始めたカムイさん。
そうして一気に飲み干してから、口元をこぶしで勢いよく拭うと圧の強いため息を吐いた。
こんな風なカムイさんを見ること自体が初めてで、これまでに出会ってきた誰よりも圧を強く感じて目を瞠った。
こういう時に自分がどんな行動を取るとか考えたことがなかったが、シンクに置いたはずのグラスを手に取り、倣ったように水を注ぎ一気に飲む。
緊張していたのか、さっき飲み干したばかりのはずが水が体に滲みていく感覚があった。
カムイさんはその俺の様子に何か言うでもなく、無言で見ていただけ。
ふぅ…と短く息を吐き出すと、「じゃあ、いいか」とカムイさんが話を切り出す。
それに俺は目を合わせるだけで、応えた格好になった。
カムイさんの話では、アペルが直接的な言葉では伝えてこなかったが、さっき話に上がった封印の魔力について隠していることがあることに気づいたらしい。
封印の話がある三日ほど前の彼は、自分を酷く責めていた。
ジュノへと姿を変えたバカ課の課長を孤独にして、終わることがないゲームに閉じ込めてしまったことを。
「魔力について隠していることって、仕組みについてですか? 四人の魔力を使い、そのうち最低でも二人の魔力が合わないと封印は解けないというものですよね?」
「ああ。俺たちの魔力については問題ないだろう。問題は……アレの魔力についてだ」
アレとかバカとか、カムイさんにしてはいろいろと珍しいことばかりだ。
それだけ腹を立てているのか、アペルに対してはそうでなくともやろうとしていることに呆れているのか。
(それか、別の感情か)
などと思案しつつ、話の続きを待つ俺に、カムイさんがしてきた話は予想を超えたものだった。
「魔力の質だけを戻すっぽい」
「…え」
思わずマヌケな声がもれた。
「だって、質は」
驚きすぎると、そうなるんだな。初めて知った。他人のそれは見たことがあったが、自分もそうなるのは予想しておらず。
まあ、それだけ驚きを隠せなかった。それもそうだろう? この世界の理というものがあって、それから外れる奴がいるだとか…誰が予想できる?
「魔力の質だけは、変えようがないはずじゃないですか!」
この世界の理とは、人間の指紋のように魔力も同じ属性の魔法を使う者同士だって質だけは同じにならないと決まっている。
それぞれに割り当てられた存在のように、1:1でしかない。
1:2や、1:3など――――。
「ありえない! そんな馬鹿げた話がどこに」
思わず声が大きくなる。自分らしくないと思えても、声を抑えることなど出来ない。
その俺を見て「まあ、落ち着けよ」と言いつつ両手のひらで、宙を抑える仕草をして声量を落とせと示される。
いわゆる、まあまあ…とやる仕草だ。
カムイさんは俺と対照的にか、声の大きさをこれくらいだと誘導でもしているつもりか。声のトーンが、かなり穏やかな状態で話し出した。
「だから…な? ここにあんだよ、ここに。……つーか、アペルが非常識なのは今に始またことじゃねえだろ? やろうと思えば、きっとなんだってアリだ。なんせ規格外の大賢者様なんだから。そのアイツが今回のことで、そういう細工をしようとしてんだ。この世の理に逆らうようなことなんてよ、普通じゃねえだろ? 考えつくのも、実際にやろうとするってのも」
その言葉に、無言でうなずくだけの俺。相槌を打ったのを確かめてから、カムイさんも一度だけ顔を上下させてから言葉を続ける。
「ありえないことをやるってことはよ……アイツが軽く考えている以上に負荷がかかると俺は見ている。それが身体に対してか、メンタルの方にか。その両方かまでは、予想がついてねぇ。ただ、なんの負荷もなく事が済むとは思えなくてな。特にメンタルの方になら尚のことで、そこまでしなくていいと俺は止める方向で考えているんだが」
と、そこまでこぼしてから腕を組む彼。それにつられて、俺も気づけば腕組みをしていた。
カムイさんの言葉を聞くと、単にアペルのことを心配しているというだけで。
俺たちのそれがいつもの如くと言いたくはないが、アペルに理解してもらえないというか、理解されていても折れてくれないというか。自分にかかる負荷に鈍いというか。そうなった時の彼の姿を見て、俺たちがどんな気持ちで見守っているかを理解されないのがちょっと。
「アペル本人はそれをすることに利点があると思っている。だから、そうしたい。それに関しては最初に全員に話した時には、そうすると決めていなかった……が正解ですかね」
「…ああ。なにやら葛藤してたっぽいからな。封印すると決めるまで時間がかかったものの、またウダウダ悩んでたんだろ」
「先ほどカムイさんが口にしていたように、アペルの心身のどこかに負荷がかかるかまでは、アペルとの契約での情報共有には至れていないんですよね」
改めてカムイさんに確認をすれば、珍しく本気で参っているのが窺える。わかりやすく渋い顔つきになった。
「……アイツ、都合悪いとこだけ閉じてやがる。まあ、元々誰かと関わるのに、思考をこういう形で共有すんのは普通のことじゃねえからな。会話なりなんなりして、伝えあうのが正解だろ? 便利な契約だと思っていたが、んな感じで壁を作られたらよ。本音をぶちまけてくれるまで待つか、また酒の力でも借りなきゃってなんだろ? 酒が入ると本音をこぼしがちなのを知っててその手を使うってのは、アイツを信じていないようにも思えてな。どうしてそうしようとしているのかを話してくれりゃ、こっちも返しようがあるってのに。……いつだって力になりたいって思ってんのは、コッチばかりだな」
カムイさんのその言葉で、これまでのアペルを思い出す。
様々な事態に巻きこまれ、困り、戸惑いながらもまわりを捨て置けず。
いつも助けてくれるのはみんなの方とか彼から何かにつけ言われるが、どう考えても誰かの力になっているのはアペルの方なのに。
「……メリットがないのなら、魔力の質を変えずに封印する…で頼みたいとこですね」
「メリットどうこうは判断材料に入れないからな、基本的に」
「ですよね…」
魔力の質を変えた方がいい理由を考えてみる。
うーん…と小さく唸りながら思考を巡らしていると、カムイさんが「ん?」と声をあげる。
「魔力の質どうこうっていうけどよ、前にやってた姿を変えるってのが関係してんのか? 方法として」
「可能性はあるんでしょうけど、その手段に関しては今の姿に成った時点で他の姿になれなくなったんじゃなかったですか?」
「そのはずなんだよな。なら、姿を変えず、魔力だけ変える魔法でも作ったとか、か」
魔法を作るという言葉で、そういえばと思い出す。
「アペルにはその方法がとれますからね。元の世界での仕組みに近い効果を得るために、魔法同士の組み合わせなど……この世界で過ごしてきた人間からすればありえない組み合わせだとしても、どうにか出来てしまう」
「コッチの方が予想としちゃあ、近いのかもだな」
「…とはいえ」
と、俺が切り出すと、カムイさんがふぅ…と短くため息を吐き。
「だな。ここで俺たちがどんな予想を立て、アペルをどう説得しようか悩んでみたところで、頑固なアイツがそう簡単に折れるとも思えない」
カムイさんのその言葉で、これまでのアペルの頑固さを思い出す。
苦笑いしか浮かべられない。
「…だろ? 俺だけじゃなかったか。アイツのことをそう思ってたのは」
「誰がどう見ても頑固でしょうね。魔法や料理に関しての発想は柔軟なはずですが、人間関係あたりは特に不器用なくらい譲らない時がありますね」
「…ああ」
ここでこうして話をしたところで、結局結論はアペルにしか決められないだろうに。
それでも、こちらの意見も取り入れてほしいと思わざるを得ない。
「アペルが傷つく状況は、ひとつでも少ないに越したことはないからな」
その言葉が胸をギュッと絞めつけていく。
彼に護られたあの日から、彼という一個人を大事にしたいと思うようになった。
それはサリーも同様に。
この世界に召喚されたとはいえ、つかなくてもいい傷を負いはしたものの、可能ならば彼があの日以降に望んでいたように、好きに過ごしてほしい。他国に行くでもなんでも。
一緒に旅にでも、他にしたいことが浮かんだら他愛ないことだってなんだって楽しみたい。楽しんでほしい。
「ただ……笑っててほしいだけのことが、彼相手だとこんなに難しい。アペルが望むことを叶えてあげたいはずなのに、我々には叶えられることがささやかすぎて」
切なさが胸の奥で小さくシミのように滲み、じわじわと浸食されて拡がっていくのがわかる。
浸食といえば言葉は悪いが、決してマイナスばかりじゃない。
ナンバーズのイチとして過ごしていた頃。
それよりも過去の、故郷で皇子として過ごしていた頃。
その時その場所で、同じように切なくなるような出来事がなかったわけじゃない。
けれどアペルが与えてくれる切なさは、よくある人としての感情の奥深さを思い出させてくれている気がした。
喜怒哀楽を、作ってみせるのではなく。自分の中からあふれ出す感情として、自然と生まれるという。
薄皮一枚かぶって取り繕って、自分であって自分ではない俺として過ごさねばらなかったことの方が不自然だったんだろう。
今考えれば、の話。
彼と出会う前の自分よりも、今の自分の方が好ましい。自然と口元が緩んでいることが多いのも、自覚している。
愛想笑い程度しか浮かべずに来たのに、彼によって変えられた。
それだって、好ましく思えているというのに。
「アペルは……俺たちのことが」
信用や、信頼ではなく。
(ガキみたいだけれど、言いたくもなく)
「嫌い…なんでしょうかねぇ。心配かけて、困らせて。こんなにも…胸を痛くさせて」
そんなはずがないとわかっているのに、嫌いなんじゃと言いたくもなる。
そのガキのような俺の言葉を拾い、カムイさんが一瞬目を瞠ってから相好を崩した。
「くっくっくっ…。ああ、そうだな。俺らのこと嫌い、なのかもな。それか」
それか、と言いかけてから、こぶしをゆるく握ったものを口元にあててから告げた。
「俺らをイジメるのが好きか、俺たちをドMとか思ってるのか」
そう思ってもいなさそうな空気を纏いながら告げた彼は、アペルがいる方向へを振り向き。
「…ったく。どんな反応すりゃ、そこまでMじゃねえって伝わるもんか」
無意識でか、カムイさんはアペルからもらったピアスを親指と人差し指で挟むように触れ、石の部分を人差し指の側面で撫でていた。




