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俺は自分を曲げた

「へ、へえーそうなんだー。ジ、ジークはどう思ってんだ?」


「そりゃ、そもそも悪い噂の方がおおよそ人間がしていい行為じゃねえからな。最初から信じていなかったさ、実際に会ってみりゃそんなに悪い奴じゃなさそうだしな。大方、聖女様のお付きとして旅をしているお前に嫉妬している誰かが悪い噂を流したってだけだろ」


 いい笑顔で言ってくれる所非常に申し訳ないんだが、君達の目は節穴なのかな。悪い噂の方があってるんですよ。


 でも、俺がしてきた悪い噂の方を考えると確かに常人がしていい事じゃねえってのは一理あるかもしれねえ。逆にこんな奴がいるわけないじゃんって感じで信憑性がなくなっちまったんだな。


 だけどな、俺はお前らにどう思われようが興味ねえから、エクレアみたいに態度を変える気なんてねえけどな。


「あいつが聖女様と二人旅をしてるって奴か」

「羨ましい……クソッ、聖女様のお世話で同じ部屋とかで寝てんだろ!!」

「憎い、憎い、この肉切り包丁も殺せとつぶやいておるわ」


 おやっ、そこにおられるのはイリステラ教の過激派信者様御一行ではありませんか!? 久しぶりですね、火の大地以来ではありませんか!! 


 二度と会うつもりなんてなかったんですけど、その肉切り包丁で何をするつもりなんですか!? まさか、俺の方に向けて振ろうとしていませんか!?


 やめろぉ!! 素振りをして感触を確かめるのはすぐにやめろぉ!! そういうのは魔王とか六魔将とかに向けたらどうだい。君ならいい戦士になれると俺は思うよ。


 上手く水の大地に逃げて事なきを得たので俺はすっかり忘れてしまっていた。エクレアの過激派信者との相性がすこぶる悪いのだ。


 悪いって言うか、殺戮対象として見られている気がする。ここにいると命の危機に晒されるな。さっさと移動しなくては。


「ジーク、そろそろ聖竜様の所に行かなくてはならない時間じゃないのか?」


「んっ、まあ確かに時間は押しているな。だが、聖女の状態があれじゃあな」


 俺達の目の前には先ほど見た時よりも大きな人だかりが出来ている。中央にいるのは我らが聖女のエクレアだ。


 俺の命の為にも急いでこの場から脱出するためにはエクレアが必要だ。俺は人々を掻き分けながら、エクレアの元まで何とかたどり着いた。


「エクレア、そろそろ時間だ……」


 俺がいつものようにエクレアに話しかけたのだが、そこで言葉に詰まってしまった。だってね、そこで盛り上がっていた人々が急に押し黙って全員が睨みつけてくるんだぜ。


 恐怖以外の何者でもないですよ。この世界に転生してきて一番の恐怖を味わったかもしれない。


 全員の目からわかる、人々はなんだこの男は軽々しく聖女様に話しかけやがってって感じだろ。うん、ごめんねでもさ時間も押してるし、俺の命の危機も押してるんだよ。


「こ、この方は私の旅のお付き合いしてもらっているアリマと言います。女神イリステラ様の加護を受けた唯一の人間あり、勇者様と共に魔王を倒さんとする救世主なのです」


 異常な空気を察したエクレアがフォローしようと頑張ってくれた。頑張ってくれたのは嬉しいんだけど、嘘に嘘を重ねていませんかね。


 いや、一応全て噓はついていないのか。悪い所を全て無視して良い所のみを抽出したらこんな感じになるって感じだな。


 エクレアの言葉を聞いて、人々が俺の方に注目する。えっ、何? ああ、もしかして俺の言葉待ちをしているのか。俺は素の状態でしか喋らねえから、喋らせたら終わりだと思うんだが。


「聖女様からご紹介にあずかりましたアリマです。少しの間だけこの国に滞在しますのでよろしくお願いします」


 腹の底から思った事がある。この言葉を吐いているのは一体誰なんだいって話だ。そうだよ、俺だよ!! 自分でも自然と丁寧な言葉がでちまったんだよ。


 俺は自分を曲げた。お前らにどう思われようが興味ねえから、エクレアみたいに態度を変える気なんてねえみたいな事を言っていた気がするのだが、そんなの無理だ。


 いつもだったら、何見てんだぐらいは言うと思う。だけどさ、恐怖が勝っちゃったんだもん。もう人々の目線が怖すぎるんだよ。全員、戦士の目をしているんだ。それか、暗殺者。


 なによりも誰よりも驚いていたのはエクレアだ。誰だこいつは見たいな態度を見せている。まあ、そうなるのも無理はねえ。自分でさえそんな感じだからな。


「あれが、噂の救世主様か」

「聖女様をいつもお守りしているという」

「悪い噂があったが、あの様子じゃあ気のせいだったみたいだな」


 人々も俺の事を称賛してくれている。嬉しさよりも早くこの異常な空間から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


「じゃあ、行こうかエクレア」


「ええ、そうですね」


 俺はエクレアを引き連れて、この人々の集まりから何とか脱出した。手を握ったのだが、お互いに冷や汗が止まらないのがわかる。


 エクレアも久しぶりに猫被っていたから、いつボロが出るのか心配だったんだな。俺は次に喋ったらボロを出す自信があるから早い所ジークに合流だ。


「待たせて悪かったなジーク」


「いや、面白いもんが見れたしいいぜ」


 こいつ、他人事だと思って楽しんでいやがるな!! 俺も他人事だったら楽しんでいたから気持ちは分かる。


「それにさ、今の光景を見ていてわかった。お嬢ちゃんもお前さんも素の状態が一番だってことだな、居心地も悪そうだし早速だが聖竜様の所へと向かうとするか」


 ジークに案内されて俺達はついて行く。


 とりあえず決めた事がある。俺が老後までこの世界で生きていたのだとしたら、絶対にアステリオンには二度と近寄らんから。


 小さな島を買って優雅に過ごすわ。アステリオンにだけは何があっても近づかん、早く土の宝玉を見つけて脱出しなくてはならない。

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